母に捧ぐ

@tonoyamato

第1話

父親は碌でもない男だった。


俺が物心ついた時には、殆ど働きもせずギャンプル三昧。


「あんたまたこんなに使い込んでっ!今月どうするんやっ!」


「うっせえ!ごちゃごちゃ言うな!」


家ではこんな言い争いが頻繁に行われており、頭がどうにかなりそうだった。


因みに母は関西の出身、父と結婚した後、北関東に引っ越してきたらしい。


その母は気の強い人だったので、手を上げられても怯んだ所は見た事が無かった。


「ごめんな誠司。お母ちゃん仕事行ってくるから、気を付けて遊ぶんやで。」


働かない父に代わっていつも朝早くからパートに出掛けて行く母を見送った後、家では父が酔っ払って寝ているので、二人きりになるのを避けて一人で外をぶらつくのが日課だった。


時が経つ毎に父は更に荒れていき、俺が小学校高学年になる頃には度々母に手を上げる様にさえなっていった。


そんな男の血を引いている事がどうしようもなく嫌で、時折体を掻きむしりたい衝動に駆られる。


あの頃はどうしたら自分と母が幸せになれるのかをよく考えていた。


そして小五の時、考えて出した結論を告げる。


「お母さん、お父さんともう別れようよ。お爺ちゃんの家に住むのは駄目なの?」


母は悩んでいたが、その気持ちだけは今でも全く理解できない。


「誠司はそう思うんやな?……分かった、お母ちゃん決心したわ!」


そうして話し合った後、母は役所から書類をもらってきて父がパチンコから帰るのを待ち、


「あんた!これにハンコついて!」


帰ってきた父を台所に引っ張ってくると、バンッとテーブルに書類を置き腕を組みながら睨みつける。


「…んだよこれ、離婚届?苛ついてんだよ、後にしろ。」


どうやら負けて帰ってきた様で虫の居所が悪いらしい。


だが母はそんな父に構わずまくし立て、ハンコを押す様に迫る。


「うっせぇぞ!ぶっ殺すぞてめえ!」


ついに我慢出来なくなった父が、母の頬を殴り青々とした痣が出来上がった。


「どうしてもハンコ押せへん言うんやな?ほなら、この痣証拠に警察行ったるわ!」


正直、この痣一つで警察が動くのかは疑問だったが、色々後ろめたい事がある父には効果覿面だったらしく、観念してハンコを押していた。


「はぁ~ぁ、疲れたな誠司。おじじの所行ったら少しゆっくりしよか。」


流石にこのやり取りは疲れたらしく、母にしては珍しく弱気が漏れていた。


住んでいたのは賃貸マンションだったのだが、その後、父がどうなったかは知らないし興味も無い。


そして間もなく、母方の実家がある関西に居を移す事になった。


「よお来たな。これからはここがお前の家じゃ。遠慮なんてしたらあかんぞ。」


祖父はそう言って温かく迎えてくれたのを覚えている。


苗字も変わり、母方の旧姓である谷口を名乗る事になった。


祖母は俺が物心つく前に他界しているので会った事はないが、遺影を見る限り優しそうな人に見えた。

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