ないしょの話

雨世界

1 あの高い場所まで、行けるかな?

 ないしょの話


 登場人物


 山瀬麗奈 小学六年生


 望月健太郎 小学六年生


 プロローグ


 今日のことは、二人だけの内緒にしようね。


 本編


 あの高い場所まで、行けるかな?


 時刻は、夜の十二時になった。


 小学六年生の山瀬麗奈は真夜中の時間に、月を探しに町に出かけていった。それは麗奈の通っている小学校で行われる行事の一つで、みんなで夜に月を見に行く、と言うこの地方独特の秋に行われる『お月見祭』と呼ばれる歴史と伝統のある学校行事だった。そこで麗奈は同じ小学校に通っている同級生の望月健太郎くんと初めて出会った。


 それはもう、一年も前のことだった。麗奈と望月くんが小学校五年生だったとき。


 望月くんは、町の公園にいた。(お月見祭は町全体で行われていた。山でもいいし、川沿いでもよかった。家族や友達と一緒に、みんなで夜の中を散歩するようにして、月を見ることが目的だった)


 小高い丘の上にある、町の公園。

 そこは、お月見公園という名前の公園だった。(先生の話だと、お月見祭の起源と関係のある公園ということだった)


 そんなお月見公園の小高い丘の上にある、周囲に広がる芝生の上にあるお城みたいな大きな遊具のてっぺんのところに望月くんは一人でいて、そこからじっと綺麗な星の光る秋の夜空を眺めていた。

 その望月くんの見ている視線の先には、確かに星の空の中に小さな月があった。半分だけの月があった。


「こんばんは」

 そう言って、麗奈は望月くんに声をかけた。

「え? あ、こんばんは」

 ずっと星空を見ていた望月くんは、麗奈に声をかけられて、ようやく麗奈に気がついたようで、自分の横にいる麗奈を見た。


「私、麗奈って言います。山瀬麗奈です」と麗奈は言う。

「どうも。僕は望月です。望月健太郎。よろしく」と望月くんは言った。


 二人の見上げる、月は半分だけしかなかった。


 半月。

 半分の月。

 ……ハーフムーン。


 まるでなにかの出来事を暗示しているような、そんな不思議な月だった。


 その暗示は、その当時はわからなかったけれど、結局、本当のことだった。

(少なくとも麗奈には、そう思う心当たりがあった。望月くんは、もう忘れてしまったかもしれないけれど……)


「月を見ているんですか?」と麗奈は言った。

「はい。月を見ています」とにっこりと笑って、望月くんは言った。


 望月くんは麗奈とは違う小学校に通っている小学生のようだった。二人は今日、初めて会った。話を聞くと、望月くんは麗奈と同じ小学校五年生だった。(四年生のときに引越しをしてきた転校生だった)

 望月くんも月を探して、いろいろ考えた結果、この場所にたどり着いたのだということだった。

 月を見ながら話をしていると、麗奈と望月くんの家庭の境遇はよく似ていた。


 そのせいなのかもしれない。


 麗奈はそれからすぐに、望月くんと友達になった。


 ……悩みも、ほとんど同じだった。


 麗奈はお月見公園の小高い丘のような場所を歩きながら、そんな一年前の思い出を思い出していた。

 望月健太郎くんは、あの日と同じ場所にいた。お城みたいな大きな遊具のてっぺんにある、同じ場所に座って、同じように、一人で美しい星を眺めていた。


 麗奈はなにも言わず、望月くんの隣に座った。

 望月くんは、麗奈に気がついたみたいだったけど、麗奈を見たりはしなかった。


 静かな時間が流れた。

 

「僕ね、夢があるんだ」望月くんが言った。

「夢?」

「うん。どうしても叶えたい夢があるんだ」


 それから望月くんは麗奈を見た。


「今は、あの月みたいに、全然手が届かないけれど、絶対に叶えたい夢があるんだ。絶対に。絶対に叶えたい夢」


「その夢ってなに?」麗奈は言う。


 望月くんは恥ずかしそうに顔を赤くして、下を向く。それから麗奈を見て「笑わない?」と言う。

「もちろん。笑ったりしないよ」と真剣な顔をして、麗奈は言った。


 すると望月くんはその顔を麗奈にそっと近づけて、(最初、麗奈は急に望月くんが顔を近づけてきて、ちょっとびっくりしてしまった)それから耳元で囁くようにして、小さな声で、望月くんの夢を麗奈にそっと教えてくれた。

 それから顔を離して、元の距離に戻ってから望月くんは「今の話はみんなにはないしょの話にしてね。僕と山瀬さんだけの秘密にしてほしんだ」と照れ笑いをしながら麗奈に言った。


「わかった。絶対に秘密にする」と麗奈は言った。

「あ、じゃあ、えっと、私だけ秘密の話を聞いていたんじゃ、不公平だから、私の秘密も、望月くんに教えてあげるね」と麗奈は言った。


「山瀬さんの秘密? 山瀬さんにもなにか絶対に叶えたい夢があるの?」と望月くんは言う。

「私の秘密は違うよ。私の秘密の、ないしょの話はね……」

 そう言って、麗奈はその顔を望月くんに近づけて、さっきの望月くんと同じように、自分のないしょの話を望月くんにした。


 麗奈が望月くんにした、ないしょの話とは、自分のずっと好きだった片思いの恋の相手の話だった。

 その麗奈のないしょの話を聞いて、望月くんは「え?」と言ってすごく驚いてから、その顔を真っ赤にした。

 そんな望月くんの顔を見て、麗奈はその顔を真っ赤にしながら、いたずらっ子の顔でにっこりと笑った。

 そんな二人のことを、空から半分の月がじっと見ていた。


 それから、その日、望月くんと笑顔で、さよならをしてから、山瀬麗奈は懸命に夜の中を走り続けていた。


 麗奈の家族や、友達のいるみんながいる場所まで。

 懸命に走り続けていた。


 やがて一度、麗奈はお月見公園の芝生の上で思いっきり、転んでしまったのだけど、すぐに立ち上がって、麗奈は走った。泣きながら、一生懸命、走った。麗奈は走ることをやめなかった。


 きっとどこかにあると信じている、半分だけじゃない、丸い形をした明るい月を探して。


 望月くんと見た、あの半分の月の残りの半分の月を探して。


 麗奈の見上げる夜空には、あの日の夜と同じ、大きな半分の月があった。


 あなたは私のもう半分。

 ……あなたは、私の、もう半分。


 綺麗な半分の月を見ながら、星の輝く夜の中を一生懸命になって走りながら、そんなことを泣きながら、山瀬麗奈は思った。


 望月くんが、麗奈の知らない遠くの街に引越しをしたのは、それからすぐのことだった。


 ……君と見た月を探して。

 ……ずっと、私は月を探していた。


 ないしょの話 終わり

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