――――おわりに――――

Translucent Marchen トワトワト編をお読みいただきありがとうございました。

カラカシス編とは異なり、本編にはプロット自体を借りた作品はありませんが、イメージやアイディアを貰った作品をいくつか紹介します。


(1)Julie of the Wolves シリーズ

Jean Craighead George 著


”ミャックスは、あざらしの毛皮のフードを背中のほうに押しやり、北極の太陽を見つめた。

太陽はライムグリーンの空に浮かぶ黄色な円盤であって、色合いは夕方6時のものだった。

それは、おおかみたちの一家が活動を開始する時刻でもある。”


先史時代から人間が暮らす土地としては最も高緯度のひとつ、アラスカ。

伝統的なエスキモー(※)の狩人カプゲンの一人娘であり、同時に現代っ子であるミャックス(クリスチャンネーム:ジュリー)は、

父が行方不明になり・希望の持てなくなった結婚から逃れ・ペンパルのエミーがいるサンフランシスコを目指して・というシチュで、

アラスカ最北端の荒野「ノーススロープ」に迷い込んで迷子になります。

※「エスキモー」という呼称は一時差別用語扱いになりましたが、いや実際そうでもない&この作品で使われている言葉なのでそのまま使用します。


ノーススロープ郡:”2010年国勢調査での人口は9,430人”by Wikipedia

要は人間なんてほとんど誰も住んでいない、ただただ広大で絶望的に不毛な大地で、リアル餓死の脅威に晒された彼女に、生きる道筋を示してくれたのは、、なんということでしょう✨荒野に棲息するおおかみの一家でした。


しかしミャックスは、心優しくも冷淡であるおおかみ一家に依存することなく、あくまで彼女自身として、

父親譲りの、彼女の民族の伝統的な生存戦術を駆使して荒野での生活を模索します。

北極地方の夏、白夜の季節にはじまり、極夜の冬になっても続く、なんならいつまでも続けられそうな彷徨のはてに、ミャックスがたどりついたのは・・・


シリーズの第1作であり、1973年のNewbery Medalを獲得した「Julie of the wolves」・からずいぶん経って、1994年に「Julie」、1997年に「Julie's wolf pack」

作者のJean Craighead Georgeはその生涯で、この3作を含め100作以上を上梓した現代の文豪でした。


日本語訳は、小学館から「極北のおおかみ少女」の邦題で(てか、タイトル。)

徳間書店から「狼とくらした少女ジュリー」として出版されていますが、いずれも絶版となって久しいようです。

筆者が原著を手に入れたのは30年ほど前、ハワイ旅行の折に、ふらっと立ち寄ったショッピングモールの本屋さんでした。

こういう本が普通にそこらの本屋の棚にあるって、悔しいけど文明国としての格の違いを見せつけられた気がしました。


Translucent Marchen[2]では、主人公アマリリスがひたすら”異界”の森を彷徨う展開、そしてもうひとりの主人公といえる「アマロック」のネーミングは、この作品からもらいました。


(2)Island of the Blue Dolphins

Scott O'Dell 著


こちらも、1961年のNewbery Medalを獲得した児童文学であり、

”Lone Woman of San Nicolas Island ”として知られる、実在のネイティブアメリカンの女性Juana Maria(her Native American name is unknownなのだそうです)をモデルにした小説です。


Scott O'Dellが描く物語によれば・・・

カリフォルニアの沖、「サン・ニコラス島=”青いイルカの島”」には、何千年にもわたって続く孤島の民族の生活がありました。

しかし19世紀に到り、ラッコの毛皮を求めてシベリア>アラスカ>と渡ってきたロシア人が、青いイルカの島にやってきます。

両者の接触は典型的に類型な不幸なものとなり、島にいた男たちは、主人公カマラ(彼女の言語で「黒髪の娘」の意味)の父でもある族長を含め、ほとんどが侵略者との抗争で死んでしまいます。


悄然とする女子供に老人たち。

大陸(北アメリカ大陸)からやってきた別の異民族=アングロサクソン人に促されて、”青いイルカの島”の一族はもはや彼らを養いきれない島に見切りをつけ、本土への移住を決断します。

当然、カマラ少女もその船に乗るはずでしたが、思いもよらぬ弟のやらかしに付き合う形で島に残り・

予想だにしなかった長い年月にわたる、孤島=青いイルカの島での孤独な生活を送ることに・・・・


日本語訳は、理論社から「青いイルカの島」という素直なタイトルで、こちらは新刊書が入手可能なようです。


Translucent Marchen[2]では、主人公アマリリスの弟がひょんな経緯で入手し、

その後アマリリスの孤独を慰める書籍として登場します。


(3)利己的な遺伝子

リチャード・ドーキンス著、日高敏隆訳、紀伊國屋書店


新ダーウィン主義と総称される、伝統的なダーウィン進化論を、ダーウィン以後に得られた知見、

特に遺伝学の知識に適合させる形で発展させた思想体系を一般向けに解説した書籍であり、

作者リチャード・ドーキンスを世界的に有名にした処女作でもあります。


生物はみんなそれぞれ工夫を凝らして懸命に生きているけどそれはためなのか。

個体の生存のため?種の保存のため?人間はそう考えがちですが、実はそうではなくを次世代に残すためではないのか。

むしろ主語は遺伝子であって、遺伝子が生物の身体を支配して、乗り物のように運転して、自分自身=遺伝子を次世代に残させるように仕向けているのだ。

それが本書の根幹をなす主張であり、生物の、主に作者の専門である動物の様々な行動に当てはめて持論を展開してゆきます。


トワトワト編、ひいてはTranslucent Marchenシリーズそのものの執筆を思い立った書籍であり、

当初はこの本から得られた知見だけでストーリーまるごと書き上げられる気でいましたが、いやいや。そんなことはありませんでした。



以下、いくつか思いつくまま列挙を、、


(4)狼少年(原題:Gabriel Ernest)

作者はサキ(本名はヘクター・ヒュー・マンロー)、不気味でブラックユーモアな雰囲気の短編で人気の作家です。

日本でも「サキ短編集」などのタイトルで各社から出版されている書籍に収められている本編は、タイトルの通り人狼と思しき少年をめぐる、なんとも後味が悪くも魅力的な小品です。

Translucent Marchen[2]では魔族の少年アマロックのキャラデザの参考にしました。


(5)ディカ―ニカ近郷夜話

ウクライナ出身のロシア作家ゴーゴリの初期の作品であり、故郷ウクライナの民話を題材とした短編集です。

邦訳は岩波文庫のものが、絶版状態ではありますが、青空文庫で読めます。旧字旧仮名づかいで慣れるまでは読みにくいですが、それが逆に味になってもいます。

Translucent Marchen[2]では、2年目、孤独な冬を過ごすアマリリスに訪れる幻想は主にこの作品を参考にしました。


(6)シートン動物記

言わずと知れた動物文学の名作であり、子ども時代に読んだ方も多いと思われますが、

集英社から全集の出版されている全訳版は、大人になっても・むしろ大人の荒れた心にこそ染みる、悲しくも作者シートンの優しい眼差しが伝わってくる傑作です。

Translucent Marchen[2]では、アメリカウズラが主人公の” Redruff”、シートンには珍しく不気味で後味の悪い、裏切りの忠犬の物語”Wully”

そして作品集の中でも有名な、ハイイログマを主人公とした”Wahb”などを、作中で引用もしくは参考にしています。


(7)聖伝-RG VEDA-

CLAMPによる、古代インド神話の世界をベースとしたマンガ作品です。

Translucent Marchen[2]では、「幻力マーヤーの森」という表現、魔族アマロックのキャラデザの一部はこの作品に借りました。


(8)サフラン・ゼロ・ビート

高河ゆんによる、ロボット少女と人間の少年の恋愛模様を描いたマンガ作品で、

現代で言うところのBL要素の強い作者にしてはめずらしく、ほんわかしたストーリーです。

Translucent Marchen[2]では、作中でアマロックを束縛する魔族の習性「パブロフシステム」は、この作品から借りました。




他にも、上げはじめたらキリがないですが、参考作品紹介はこれくらいにして・・・


作中では「自然」を、人間目線で美化したり、寓意的なメッセージを伝えることのないよう、感傷は抑えた視点からの描写につとめました。

けれど自然の世界はあるがままにして美しく、自由で強靭であり、人類が築いたいかなる栄華や、芸術や技術も到底足元に及ばない精緻さ、崇高さを感じます。

今日、地球上のいたるところで、人間の利益のために多くの、ほとんど全ての生物の生存が脅かされ、破滅的に損なわれているのはじつに悲しいことです。

いずれは人類自身も破滅に導く自殺行為を再考すべきだと主張はしても、その一員としてあまり期待できない気がするのは残念ですが、

その一方で、この惑星の歴史を省みるに、たかだか人類ごときの仕業で、この偉大な自然をどうにかするなど、出来ようがあるまいとも思うのです。

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Translucent Marchen [2] ぷろとぷらすと @gotaro

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