ワタリガラスになったパパ

1.


 女の子の名前は『シャルロット』といいます。


 でも、それだとちょっと長いので、みんなからは『シャル』と呼ばれています。お絵かきもお外で遊ぶのも大好きな、元気いっぱいの女の子です。


 そして、ワタリガラスのパパは『シモン』といいます。


 もちろん最初から鳥だったわけではなく、元はふつうの人間です。


 パパは、風景画から人物画まで、なんでも上手に描けると評判の絵かきでした。ですが数年前、とあるお金持ちの家に招かれて肖像画を描きに行ったとき、帰り道で乗っていた馬車が崖から落ちて、その拍子に鳥になってしまいました。


 今は、鳥になったことを活かして、お手紙を配達したり、空から見た風景を描いたり、地図を作ったりするお仕事をしています。


 ただ、このお仕事のせいで、パパはお家にいないことが多いのでした。シャルはパパが帰ってくるのをいつも楽しみに待っています。


 なぜなら、遠い国のできごとや、お仕事であった面白いことを、色々とお話してくれるからです。



「いやー、やっぱりわが家は落ち着くなぁ」


 お家のリビング。


 パパ専用の背の高い椅子に座って、翼をパタパタさせながらパパは言います。


 お家の中なので、ネクタイは外して、トレードマークのシルクハットも脱いでいます。見た目はふつうのカラスと変わりません。だから外出するとき、ふつうの鳥とまちがわれないように、パパはおしゃれをしているのです。


「今回は、すっかり帰るのが遅くなっちゃったよ」

「ほんとうよ、あなたったら。シャルもわたしも心配してたのよ」


 キッチンで朝ごはんの用意をしながら、ママが「めっ」と怖い顔をして言いました。


 ママは『アリッサ』という名前です。


 パパと同じ絵描きで、お花や植物の絵を得意としています。パパと結婚したあともお花の絵を描いたり、家具に植物の絵を描くお仕事をしているようです。


 栗色のくるくるしたくせっ毛がチャームポイントで、シャルの髪のくせっ毛は、ママに似たんだね、とよく人からは言われます。ちなみにパパは、今でこそ真っ黒なカラスですが、人のときは金色の髪の毛でした。シャルの髪色はパパゆずりなのです。


「帰るのが遅くなるかも、って手紙で送ったんだけど……鳥じゃなくてふつうの人に頼んだから、どうやら手紙より先に、ぼくの方が着いちゃったみたいだね」


 心配かけてごめんよ、とパパは羽をちぢこまらせて、小さくなりました。


「ふふっ。いいのよ、こうして無事に帰ってきてくれたんだから」


 あんまり責めちゃかわいそうだと思ったのか、ママは表情を和らげてにっこりと笑いました。なんだかんだ言って、ママもパパが帰ってきてくれて嬉しいのです。


「パパ、なんでこんなにおそくなっちゃったの?」


 シャルはりんごジュースを飲みながら、首をかしげてたずねます。予定ではあと何日か早めに帰ってくるはずでした。


「ん、それはね。おとなりの『いぬのくに』と『ねこのくに』の人たちが……またケンカを始めちゃったんだ。めんどうなことに巻き込まれないように、遠回りして帰ってきたんだよ。手紙も、そのせいで遅れてるのかな」


 専用のコップ――というより、水差しにくちばしを突っ込んで、同じようにジュースを飲みながらパパは教えてくれました。


「あら。また『いぬのくに』と『ねこのくに』が?」


 カットフルーツとサラダのボウルをテーブルに運んできながら、ママ。


「そう。まだこっちには伝わってないのかい?」

「パパより速く届くニュースなんてないよ!」


 シャルは、自分のことのように自慢げに言います。


 ワタリガラスになったパパは、ものすごく遠いところまで、あっという間に飛ぶことができます。おとなりの国のニュースも、パパの翼には敵わなかったようです。


「ぶっそうな話ねえ。いつまで続くのかしら」

「どうせ、『ねこのくに』の人たちが飽きたら終わるよ」


 不安そうなママに、パパは何でもないことのように言いました。


「ねえ、パパ、なんで『いぬのくに』と『ねこのくに』の人たちはケンカしてるの?」


 もともと、あの二つの国は、あまり仲がよくありません。それにしてもなんでケンカしているんだろう、とシャルはふしぎに思いました。


「それはね、シャル。二つの国の間には大きな山脈があるんだけど、それを『ワンニャン山脈』と呼ぶか、『ニャンワン山脈』と呼ぶかで、争ってるんだよ」

「あははっ、なにそれ~!」


 思ったよりくだらない理由だったので、シャルは笑ってしまいました。


「どっちもかわいくていいのにね!」

「本当にね! パパもそう思うよ。でも、どちらの国の人たちも、あの山脈は自分たちのものだと思ってるんだ。だから名前にもこだわっちゃうのさ」


 それにあの山はきれいな宝石がたくさんとれるからねえ、とパパ。


「あっ、そうだ。それで思い出したけど、二人におみやげがあるんだ」


 パタパタと椅子から飛んでいったパパが、小さなカバンを口にくわえて戻ってきます。


「ほら、開けてごらん」

「なになに!?」


 シャルはさっそく、カバンを開けてみました。ママも興味津々な様子で、後ろからのぞきこみます。


「……うわぁ、きれい!」


 なんと、カバンの中に入っていたのは、色とりどりの宝石でした。


「まぁ、すごい! あなたこれは!?」


 ママも大喜びで、きらきらな宝石を指でつまんで、おひさまの光にかざしています。


「仕事ぶりをほめられてね、『おうさまのくに』で、褒美としてもらったんだ」


 ぱちんとウィンクしながら、パパはいつになく得意げです。


「『おうさまのくに』?」

「そう。パパが今回のお仕事で行ったのは、『いぬのくに』と『ねこのくに』の東にある、『おうさまのくに』なんだ」


『とりのくに』の東には、『いぬのくに』と『ねこのくに』があります。そしてその二つの国をさらに越えていくと、『おうさまのくに』に着くのです。


「そこには『おうさま』っていう、とっても偉い人がいて、国のことは全部その人が決めてるんだよ」


 パパの説明に、シャルはまた首をかしげました。


「どういうこと?」

「ほら、ぼくたちの『とりのくに』は、長老の鳥たちが国のことを決めるでしょ?」

「あ、知ってるよ! 『ぎかい』っていうんでしょ!」


 この間、学校で習いました。シャルは授業でするように、パッと手をあげて答えます。


「そうそう、そのとおり! 議会では長老たちが何羽も集まって、話し合いながらこの国のことを決めていく。たとえば、どこかに学校を建てようだとか、新しい郵便局を作ろうだとか……」


 そうやって国のことを話し合いで決める仕組みを、『共和制』というそうです。


「でも、『おうさまのくに』では、そういう大事なことも、おうさまが全部ひとりで決めちゃうんだ。だからおうさまは国で一番偉いし、一番お金持ちなんだよ」

「へぇ~。パパは、その『おうさま』に会ったの?」

「うん。おうさまは、ものすっごく大きなお城に住んでるんだけど」


 パパはお城の大きさを表すかのように、翼をめいっぱい広げてみせました。


「その大きなお城を空から見て絵に描くのが、今回のお仕事のひとつだったんだ。パパががんばって描いた絵に、おうさまはとっても感動してね。その宝石をくれたんだよ」

「あなた、やるじゃない!」


 お花や植物の絵を描くのが大好きなママは、きれいで美しいものが大好きなのでした。とっても嬉しそうなママを見ていると、シャルもなんだか嬉しくなってしまいます。


「パパ、ありがとう!」

「あなた、ありがとう! ん~チュ~~!」


 パパを抱きかかえたママが、キスの雨をふらせました。「わっはっは」と嬉しそうに笑うパパは、ふつうの人間だったら、きっとニコニコと表情もゆるんでいたことでしょう。


 それから、ひさしぶりに、家族そろって朝ごはんを食べたあと。


「それじゃあ、パパは『郵便ギルド』に行ってくるよ」


 帰ってきたからあいさつしないと、とパパは再びおめかしし始めます。


 ママにネクタイをしめてもらって、シルクハットをかぶって、小さな肩かけカバンも持って。お仕事のための『いっちょうら』だ、とパパは笑いながら言っていました。


 郵便ギルドとは、郵便屋さんたちの集まりのことです。


『ギルド』とは『同業組合』、つまり同じ仕事をする人たちの組、という意味です。手紙を運ぶ鳥だけではなく、手紙を整理する人や、配達員に手紙を振り分ける人たちなんかも、いっしょに働いています。


 パパは、空から見た風景を絵に描くのが本業ですが、手紙を届けることもあるので郵便ギルドに入っているのです。


「あっ、パパ。朝から飛んできてつかれてるでしょ? シャルがつれてってあげる!」


 そのままパパは飛んでいこうとしましたが、シャルはそれを引き止めました。パパは、よその国から飛んで帰ってきたのです。朝ごはんを食べたくらいで、ほとんど休憩もしていませんし、まだ疲れているに違いありません。


「ほら、パパ、乗って!」


 シャルは自分の肩をポンポンと叩きました。


「だ、だいじょうぶかな? 乗っても」


 パパはちょっと心配そうです。パパはワタリガラス――翼をめいっぱい広げるとシャルの背の高さくらいもある、大きな鳥だからです。


「だいじょうぶだよ! ほら早く!」

「じゃあ、えんりょなく……よっと」


 パタパタと飛んできたパパが、シャルの肩に止まります。


 大きな鳥なので、ずしっ、と肩が重くなりましたが、シャルは平気でした。


「シャル、いつのまにか大きくなったんだねえ。パパが乗ってもビクともしないなんて」


 どこか、しみじみとした様子のパパ。シャルはえっへんと胸を張りました。


「これくらいならへっちゃらだよ!」

「ツメは痛くないかな?」


 足のツメが肩に食い込んでいないか、パパは気にしているようです。


「だいじょうぶだよ! パパこそ、しっかりつかまっててね!」


 それじゃあ行ってきまーす! とママに告げて、シャルはパパを『肩車』しながらお家を飛び出しました。


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