第4話 所詮過去の話

 ベイクは旅籠の主人に1週間分は足りるであろう金貨を払い込み、往路に出て胸一杯に深呼吸すると、商店で林檎を買ってかじった。


 昨夜はフカフカのベッドで久しぶりに熟睡した。水浴びも出来たし、夜に洗っといた白装束も乾いた。真新しい気持ちだ。朝日が気持ち良すぎて、この村に問題があるなんて嘘みたいだ。この半分寝ぼけたまま全て忘れ去りたい、そんな気分だ。


 昨夜ベイクは眠りに着きながら大事な事を忘れていたのに気づいた。えてしてし忘れは寝る前に気づく。

 あのミーガンという男の住所や連絡方法を訊くのを忘れた。どうしていいか、分からない。


 ベイクはとりあえずミーガンを探す事にした。


 通りは本当に立派な作りで、4頭立ての馬車が走ろうとびくともしないほど石が敷き詰められている。歩き心地が良い。


 とりあえず、すれ違う中年の男にミーガンについて訊いてみる。すると男は驚いた様に一瞬目を見開き、知らないと呟いた。次は若い女性2人組。2人は立ち止まる事なく、素っ気なく知らないと言った。次は...と無作為にまあまあ数のある地元民を選んで質問して行った。すると15人中5人が少し驚いていた。


 なるほど。まあまあの数の人々が監視しているな。


 昨夜感じた視線もそうだが、多分ここの人達はお互い監視しあっている。それがアッチェラの指示では無さそうだが、彼の利益になるには違いない。彼らはもちろん正真正銘の地元民で人間。普通の人以上の悪意は感じられないし、むしろ何かを恐れている様に感ぜられた。


 何に怯えているのか。自分達の利権を脅かしそうなものにだろうか。アッチェラがもたらした彼らの収入源を確認する必要があるな。


 「よう」太陽の下では増して日焼けしてみえるミーガンが細い路地から出てきた。山羊を連れていた。「昨日、家を教えてなかったな。わはは」彼の太い健康的な腕で引かれた山羊は品素に見えた。「こいつを売りに行くんだ。来てくれ」


ベイクは山羊の出荷に連れ添って、ミーガンの家に向かった。

 

 その道すがら、「なあ」とベイク。


 「どうした?何か感じだか?」


「皆、平然と仲良しそうにしているが、監視し合ってるな」


「ああ。いつも見られてるよ。アッチェラが何と説くと思う?幸せでない者は生きる価値がないと説法するんだ。皆内心怯えているのさ。幸せに恐怖している」


「強要じゃないか」


「手始めにどうする?」


「アッチェラが村にもたらした恩恵を見てみたいね」


「あそこは少々厄介だな。出来れば行きたくない」


「厄介?」


「例のお告げの鉱山さ。あそこに不法侵入した者は死罪だからな」


「アッチェラが決めたのか?彼が処刑しに来るのか?」


「違う。村人同士で決めて、村人が死刑を実行する」途中ミーガンは村人にすれ違ったので黙った。


 「話し合いで刑罰を決めるのか?」


「まあそうだな。アッチェラが直接支配しているわけでは無い。彼は自治を見守るが、村の政治に干渉する事はないんだ」


ミーガンの家は独り身のせいか見た目が綺麗でも中は雑然としていた。けして汚れている訳ではないが、テーブルの上に洗った食器が積み上げられていたり、服はタンスにしまわれず、その辺に畳んで置かれていた。


 「鉱山に行くなら、俺の仕事場に向かうフリをしなければならない。俺は村から離れた所で山羊の放牧と、作物を少し作っている。村から仕事道具を持って出て、迂回して鉱山に行こう」ミーガンは服を着替えていた。


 救うべき村人の目を気にしなければならない。なんて話なんだろう。

 2人は小さな馬が引く帆の無い馬車に乗って、村をゆっくり静かに出た。なるべく人目につきながら。


 原っぱの轍後の道を進み、三叉路を曲がって森に入る。そこからは普通の人なら方向感覚が無くなりそうな程入り組んだ道を進み、やがて小川に着いたので小さな馬を休ませる事にした。

 2人は靴を脱いで水に浸す。鳥のさえずりと水のせせらぎが気持ちいい。


 「あんた、獲物は何を使う?何も持っていないみたいだが」ミーガンが訊いた。


 「俺は刀剣や槍みたいな金属が使えないんだ。袖に石の刃物を仕込んでいる」そう言うとベイクは袖を上げて左右3本ずつの獲物を見せた。


 「ほう。金属を使えないとは?」


「金属アレルギーさ。昔呪いをかけられてな」


「それは難儀だな。俺も今は表向きは農夫だから農具を改造して、もしもの時に備えているよ。あそこに積んであるが、クワの芯に鉄を仕込んだり、先を鋭利に研いだり。鎌とか、ある物を武器に出来る様にしている」


「昔対峙した蛮族みたいだな。俺もそうだが。やはりなんでも武器にする民族が居て圧倒されたのを思い出すよ」


「剣と鎧を着て、馬を駆っていた時は、そういうのを正直蔑んでいたよ。でも、何処かでそのたくましさに言い表せない畏敬の念というか、自分なんかより優れているんじゃないかなんて思ったりもした。果たして素手でやり合って勝てるのかってね」ミーガンはにこにこして言った。


 「わかるよ」


「スペル・ブレイク(術潰し)は使えるのか?」ミーガンは足を出して拭いた。


 術潰しは人の五感を最大限に鍛えて、超自然的な力に対抗する能力。匂い、温度変化、気圧変化、音、風景などを探知し、回避したり発生源を潰す。生まれつき術を習得出来なかった人間や、人ならざる相手になすがままにされないための人間の英知なのだ。


 「使えるよ」ベイクは言った。「君は?」

「国家認定Sだ」


傭兵団の棟梁クラスだな、とベイクは思った。彼はSSSなのだが。


 「それは凄い」


「あんま驚いてないな。まあ、あんたが出来るってのは分かっているぜ。なんか秘めてる」

ベイクは笑って誤魔化して支度し始めた。2人にとって経歴はどうでも良かった。今は肩書きの無い1人の男なのだ。


 森が無くなるかどうかという所で木の無い山が見えて、ミーガンは車を停めた。降りて、ミーガンは藪に馬を引いていき、木に繋いで目立たなく隠した。

 2人は歩いて森を抜け、無言で砂地の傾斜を歩き、岩山をぐるっと回る。

 岩陰に背をつけてミーガンは覗き込んだ。そしてベイクにも見るように促した。


 「見張りが居るだろう」ミーガンはひそひそ喋る。「あいつはただの村人だ。どうにかしなければならない」

 

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