第8話 相談

 「公表されていなかった?」ベイクはミーガンの言葉に驚いた。


 「そうだ。俺も知らなかった。みんな知らない。燃え尽きたのか、邸宅には誰も居なかった。との噂だ。ただの火事だと」ミーガンは紅茶を入れながら言った。徐ろに窓を見る。誰か聞き耳でも立てていないか。


 「奴に家内がいた事を誰も知らんのか?奇妙な話だな」


「家から出なかったのだろう。人間に化けられなかったのか。あんな風体じゃ人間の村を散歩出来んだろうしな」ミーガンはカップをテーブルに2つ置いた。別れた妻のカップと自分の。


 「好都合じゃないか。奴も表だって仇討ちができん」


「でも、怒り狂っていると仮定したら、何をしだすかわからんがな。今夜はミサだ。何を言うか見てみよう」


「ちょっと怖い気もするがな」ベイクは笑いながら青いアザのある首を摩った。一晩寝て腫れは引いたが鬱血していて、布でも巻かないと目立って仕方ない。


 久しぶりに人ならざる者の猛威にさらされた。先手を打つのが常套手段だが、いくらスペル・ブレイクを極めても人間のリミットは超えられない。奴らはそれより上なのだ。羽交い締めにでもされたら命は無い。


 「あのドラゴン様が、言っていたな」


「ああ」ベイクは紅茶を一気飲みした。「骸を使えとな」暫く考えた。「どう使えば良いんだ」


「御頭を盗むか?」ミーガンが訊いた。「手に入れないとどういう意味か分からん気がするな」


夜になった。前と同じ様に松明の群れに紛れるようにベイクとミーガンは別々にミサへ向かう。肌寒く、今夜は心なしか暗い夜。座席には離れた位置に座った。念の為だ。昼間2人は一緒にいる所を変に隠しはしないが、あまり目立つ事もしなかった。警戒するし、疑いがかかれば直ぐに礼拝堂に乗り込むつもりではいた。


 ベイクはアッチェラの居ない壇上に祀られた邪悪なるホーリードラゴンの首を見る。赤い目に白い鱗。神聖騎士団の象徴にして、主の使い。あの浄化の炎は神聖魔法最高位の御技。神に代行して全てを焼き払う、選ばれし者にしか使えない。人間等には到底.....ベイクは瞳孔が開いた。血が燃える。ならば。

 

 その時ここの主が現れた。いんちきで厳かなローブは数えきれないローソクに照らされる。家が災難にあって、村人達は哀れみと慈しみの目を向けていた。4つを除いて。


 「この度はせっかく皆さまの頑張りで建てて頂いた邸宅が燃えて残念に思います」アッチェラは目を閉じている。「最近鉱山の件といい、不審な事が立て続けに起こっています。私は、思い過ごしだと良いのですが、何か良からぬ事が起きているのでは無いかと考えます」


皆静まりかえり、司祭の話に耳を傾ける。幼い子供からお年寄りまで。


 「私は聖職者。貴方方何人も疑いません。貴方方の家で無くて良かったと思うのです。普段の祈りは主に届いているのです。さあ、祈りましょう」


「陰険な奴だ」ミーガンは灌木に立ち小便を引っ掛けながら呟いた。


 「怒りは伝わったな。綺麗事を並べすぎているのが、逆逆喋ってるみたいで気持ち悪いぜ」ベイクも立ち小便を始めた。「あの御頭は盗まなくっていい」


「あん?」ミーガンは身震いした。「どうするんだ」


「あそこにあっていい。それだけさ」


「そうか。どうする?奴はどうやって見つけ出すと思う?」


「何を?」ベイクは訊き直した。


「犯人探しさ」


 「家を燃やして家内を殺した犯人か。しかし、あいつも相手がただの人間では無いと考えたら。うかつには動けんだろう。明後日の昼に死刑だ。それを見て何者かの動向を見るかも知れない。自分に仇なすならば死刑を邪魔してくる確率があるからな」


「いつやる?」


「明日の夜だな」ベイクはキッパリ言った。


 「夜は奴らの時間じゃないのか?」


「だからいいんだよ。正体が現れる」


ミーガンにはベイクの言う事がよく分からなかったが、指示に従う事にした。それだけ彼には力がある。白も彼が黒と言えば黒に見える事だろう。


 その夜更、アッチェラの小間使いが護符を村の八方の外壁に貼り付けるように命じられた。アッチェラは怒りに震える身体と脳を鎮めながら、暗黒の魔法陣に鎮座して、結界を広げる術をかけていた。まるで村が自分の背中の様に感じられる結界を。

 

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