第9話 姑息な司教

 明くる日の早朝、村の皆が起き出す頃、往路に人集りができた。その模様をベイクは旅籠の窓から見ていたし、ミーガンも騒つく表が気になって出てみた。


 群衆は教会を取り囲んでいて、側には大きく立派な、やはり村から献上された馬車が停めてある。白と紺色のコントラストの色に、金色の立派な彫刻に冠にはあのよく分からない紋章。アッチェラはそれを、村の外に出かける時にだけ使う。

 人が群がる理由はどうやらアッチェラの体調が悪いらしい。皆心配で集まってきたのだ。これから3キロある隣町の診療所に向かうのだという。


 老婆が心配そうに馬車を拝む。


 若い母親に連れられた幼児も表情が暗い。


 司教はもう乗り込んでいたらしく、馬車は割れる人混みを、見送られながら村の正門へ向かい、村を出て視界から消えた。

 

 ベイクはそれを冷ややかな目で2階の窓から見ていた。何から何まで嘘をつく邪悪な奴だ。ベイクもミーガンも術破りのエキスパートだ。アッチェラが教会に貼っていた結界を村全体に広げたのは気付いていた。


 ややするとベイクの部屋をノックする音がした。ミーガンだった。


 「あぶり出しだな」ミーガンが言った。


「まさしく」ベイクが言った。「俺たちが動けば罠にかかる、俺たちが動かなければ手練れを相手にしているか、取るに足らん相手だという事と解釈するだろう」


 「この結界ならば盗聴までは出来んが、村で人がどういう動きをしているか分かるだろうな」ミーガンが言った。


 「ならば」と、ベイク。「俺たちの動きはアッチェラにバレている。打って出ようじゃないか。罠にかかってやろう。死刑が終わるまで帰らんだろうしな」


「やはり死刑を邪魔する奴を探しているのか?」


 「もう1つ罠がある。教会に忍び込む奴を監視しているだろう。乗ってやろうじゃないか」


 月も無い夜更、村は真っ暗で何も見えなかった。往路にも裏路地にも人っ子1人居ない。2人は誰も居ないかのように静かに教会へ向かった。中は明かり1つ無い。しかし恐らく気配はする。小間使いか、何か違う者か。


 裏口を見つけた。正門の他に入り口はそこしか無い。今度は窓も月も無いので、蝋燭に明かりを持った。2人がデジャブを感じながら、いくつかあるロッカーの脇を歩いていくとまた扉に行き着いた。開ける。2回目なので速やかだった。


 中は工場だった。作業場。村人から回収した宝石の原石を仕分けする場所。部屋の真ん中に大きな台があり、ハンマーや虫眼鏡の様なもの、明るく灯す燭台がいくつも設置されている。中は石造りで出来ていて無駄な物は無く、何か牢獄の様なぞっとする場所だった。


 「こんな所で毒を仕分けしていたら、作業員も寿命が縮まるだろうな」ベイクは静かに哀れんだ。


 ミーガンは隣の部屋を開けてみた。細長く両脇に棚がある部屋。壁に3段ずつ所狭しと瓶が並べられていて、肩がぶつかりそうになる。


 「倉庫だな」ベイクは瓶の蓋を少し開けて中を覗く。「ナスポアゾンだ」


「何?」 ミーガンは後ろから覗き込んだ。


 「あの猛毒の名前だ。この量は...」ベイクは奥に行って戻って来た。「国にでも売る気か」腰ほどの瓶がおよそ50はある。


 「兵器利用か。おぞましい。何人が死ぬんだ」


2人はおぞましい倉庫を後にして次の部屋に移った。長い赤絨毯の廊下を歩くと、そこは礼拝堂だった。小さな月明かりで安置された聖獣が微かに見える。赤い目に白い鱗や角。広い室内は静まりかえり、自分達のよく知る礼拝堂と何ら変わる事が無い。それが2人には恐ろしい気がした。


 「回収しなくていいのか?」ミーガンが訊いた。


 「構わない。2人で持てる様な大きさでも無さそうだしな」


ベイクとミーガンは階上へ向かう事にした。ここまでの廊下にいくつも扉はあり、1つずつ調べてようやく階段を見つけた。

 2階は書庫と簡単な炊事場、あとは他の人間と何ら変わらない寝室。書庫にもベッドの枕元にも、2人が期待するような禁書や錬金術の本などは無く、1人の聖職者が過ごす最低限の物しか無い。


 と、ざっと何事も無いかのように述べたが、ベイクとミーガンには礼拝堂に居た時から気になる音が聞こえていた。


 じゃらじゃらという鎖の音。どうやら、3階から聞こえるらしい。

 2人は顔を見合わせて、どうやらいくしか無いと覚悟した。


 3階には窓が無い。なので思いの外暗い。上がると右側に乾草の束、左側に桶があり、水が入っていた。やはり3階も石造りなのだが、所々傷がある。どうやら狭いワンフロアになっているらしく、か細い火を照らしていくと、敷かれた藁の上に鎖で繋がれた、四つ足らしき何かが居る。

 

 ベイクは蝋燭を落としそうになるのを堪えて駆け寄った。首輪には防音の護符が貼られており、声が吸い込まれる様に細工されていた。


 がぶっと、子犬程のそれはベイクの腕に噛み付いた。


 「大丈夫か!」ミーガンも駆け寄る。


 「大丈夫だ。子供だから怯えている」ベイクは怯えきった体を撫でた。鎖を外して声を出されると逆にまずい。とりあえず落ち着くまで待つことにした。


 「まさか聖龍の言っていた姑息な手とは...だかしかし、一言も助けてくれとは言わなかったな」ミーガンは立ち上がり、来た入り口に仁王立ちになった。


 「もう、死んでいると思ったか、誇りがそうさせたんだろう。やはり神の使い、人間に子供を助けてくれとは言わない」ベイクに噛み付いた歯の勢いが弱まる。ホーリードラゴンの子供は次第に落ち着いてきた。「1人でやれるだろう、ミーガン」


「ああ、大した事なさそうだな。姿も見せられない様な臆病なやつだ」


階段をのぼり口の天井から、暗闇が大きな滴になって床にぼとりと落ち、黒い塊は上に伸びて細長い人間の影となった。立体的な影。


 「待ち伏せは貴様か」ミーガンは背中からナタを出した。


 「われわれだ」黒い影は高い声で喋った。

 

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