第11話 死刑不執行

 夜が明けて、昨夜の破裂音騒ぎと壊された教会についてはちょっとした物議を醸し、村の有力者たちの議論の的となった。壊された壁の真下、破片の周りで人だかりが出来ていたし、村中が話をしていたが、今日の死刑執行は取り止めにはならないだろう。そう皆考えていた。


 司教アッチェラも帰って来ない。鉱山発掘事務所のジュエラは申し渡された通り、段取りをし始めた。


 予定は正午。村の人間がほぼ全員観に来るだろう。死刑はイベントだ。皆が思い思いにその様を観にくる。絞死刑のため、職人がそれ用の材質で決められた結え方で、いつも通りの長さに紐を仕立てた。人程もある高い台の上で、村の有識者が台の後ろに伸びた紐を切ると、罪人が釣り上がり絞殺される仕組みだ。


 しかし、昼までベイクは寝ておくつもりだったし、実際そうした。ミーガンは少し早く起きて、窓の外を眺める。アッチェラを乗せた馬車はやはり帰ってこなかった。

 恐らく我々が今までの事件の犯人で、死刑の邪魔をする事には、アッチェラは感づいているだろう。何処にいて何をしようとしているのか。

 

 正午近くになり、ミーガンはベイクを起こしに旅籠に来た。


 「どうやる?何かあるみたいだが」ミーガンは余り語らないベイクの考えが知りたかった。信用して無いわけでは無いが、群衆が集まる中、絞死刑をどうやって止めたものか、想像がつかなかった。


 「アッチェラは何処かで見ていて伺っているはずだ。こちらが次はあぶり出す」ベイクはあくびをしながら起き上がり、支度を始めた。


 ミーガンには彼が使う術の事は分からなかったが、どうやらあの白い光は特殊で見たことも無い。それに正反対の術破りや剣術が使えるとなると、彼は只者では無い。


 2人は既に騒つく往路にうんざりしながら、旅籠を出て群衆に紛れた。人の流れは教会の前の特設ステージへ続き、それを囲むようにひしめき合った。


 「どうなるか、ずっとここで見ていてくれ」ベイクはミーガンに耳打ちした。


 群衆はひそひそ話すが静かだった。3つある絞死台の合間から出てきた死刑進行係は、群衆が鎮まるのを待たなくても話し出す事が出来た。


 「それでは罪状に従いまして、ネザ・メスト、マーカ・ロイ、ウスター・キミヒの処罰を執り行います。罪人前へ」


腕を後ろで縛られた3人の男に小さな騒めき。3人とも会った事はないが酷くやつれているのがわかる。泣いているとも絶望しているとも取れる表情は、些細な事で極刑になる恐怖を群衆に、十分に植え付ける。


 「今日はアッチェラ様が不在です。神の祝福も御言葉も、天によりてきっと得られるでしょう」進行係の素っ気ない言葉。「では台へ」


1人ずつ人がつき、輪のついた縄へ誘導する。鉱山会社のジュエラ、その他2人の有力者と思しき中年の男が壇上に上がる。そして美しく日光を反射する刃物を手に位置についた。


 ミーガンは横目で、ベイクが居ない事に気付いた。皆が壇上に集中する瞬間を狙ったのだとわかった。


 進行係が台の脇にどく。3人の男の首には縄がかけられ、3人は震えていた。真ん中の男は小便を漏らして涙を流していた。右隣の女が小さく鼻水をすすった。親類か何かか。


 無言で合図をし、執行人がナイフを振りかざす。決まり通り、利き手でない、左手でナイフを振りかざした。


 その時。


 まるで巨竜が泣く様な轟音が轟き、ステージ背後の礼拝堂が白い光の後、けたたましい炎を上げて燃え上がった。


 あまりに至近距離だったため、群衆は耳を痛め、皆両手で押さえた。熱風で木のステージが揺れ、絞死台が2つ倒れ、執行係の1人は台から転げ落ちてしまった。


 あまりにも激しく教会が燃えているため、熱い風が群衆を退避させる。爆発で石造りの壁が崩れ、女が悲鳴を上げながら逃げる。


 流石にミーガンも呆気にとられ、逃げ惑う群衆に逆らい、ぶつかりながらも燃え上がる教会を見つめるしかなかった。死刑は中止された様だった。

 

 ベイクは隣に居た。鼻にススが付いている。


 「どうやったんだ」2人は人目の付かない所までやって来た。


 「ホーリードラゴンの言うままさ。俺の神聖術は大した事無いが、頭部を媒介して力を増幅させた。罰当たりだが、爆弾になった」


「神の使いの頭を爆弾にしたのかよ」ミーガンは口が塞がらない。


 「教会の留守番係も、蓄えた毒も皆焼き払ってやった」ベイクはからから笑った。


 「なんて奴だ。本当にアッチェラをあぶり出しやがった」


「わからんぞ。このまま逃げるかも知れんし、仕返しに帰って来るかもしれん」


「後は待つだけ、か?」


「あの穴も爆破してやろう」

2人はまたからから笑った。


 アッチェラは怒りで、自分で生み出した従者を破壊してしまった。なので森の真ん中で馬車を降りて、1人で歩いて帰らなければならなくなった。

 

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