第5話 魔法空手・白雪姫 後編

 交易路が交差するターイの街は不思議の国の西部における交易の要です。毎日のように多くの人々がこの街を訪れ、そして旅立っていきます。

 そのためかターイの街は武闘会が開かれるたびに、西部の武闘姫プリンセスが数多く集まっています。

 武闘姫プリンセスの試合はとても激しく、周囲に被害が及ぶことも少なくありません。

 

 そこでターイの街は被害を少しでも抑えるため、街のあちこちに武闘姫プリンセスのための試合場を作りました。

 試合場はとても頑丈に作られており、この中でなら武闘姫プリンセスが全力で戦っても、街に被害は出ないようになっています。

 

「私と勝負なさい」

 

 シンデレラがターイの街にたどり着くと、いきなり勝負を挑まれました。


「いいわよ」


 シンデレラは挑んでくる武闘姫プリンセスたちと戦い、そして全員を一瞬で倒します。

 実力差は明白かつ圧倒的でした。弱体武闘姫プリンセスたちは、シンデレラに一撃も与えられず敗北します。

 そのせいで、数時間後にはシンデレラの存在はターイの街にいる武闘姫プリンセスに知れ渡りました。

 

 彼女たちは一様にこう思います。

 シンデレラには決して勝てない、と。

 夕方にはもう、誰もシンデレラと戦おうとする武闘姫プリンセスはいませんでした。

 

「次の街に行くわ」


 倒した武闘姫プリンセスから手に入れたドレス・ストーンがちょうど10個になった時、シンデレラはハピネス371に言いました。

 

「もうちょっとこの街にいようよ。それに待ってるばかりじゃなくて、シンデレラの方からも誰かに挑戦したら?」


 しかしシンデレラは話を聞いておらず、あさっての方向を見ています。

 

「どうしたの?」

「いえ、なんでも無いわ。いずれにせよ、この街にいても私の望みは叶わない」

「武闘会に優勝して女王様になるんじゃないの?」

「いいえ。私の望みは唯一つ。強い人と戦うことよ」

「この間戦った、アリスみたいな?」


 シンデレラは一瞬沈黙した後、「ええ、そうよ」と答えました。

 

「なら、なおのことこの街にいたほうがいいんじゃないの? もしかすると明日になれば強い武闘姫プリンセスがやってくるかも。もうちょっとだけ様子を見よ。ね?」

「まるで私がこの街にいてほしいような口ぶりね」


 ハピネス371は驚いてしどろもどろに言います。

 

「そそ、そんなことないよ。それに今から出発したら今夜は野宿だよ。もしかすると野党や魔物に襲われるかも知れない。そんな無駄な戦い、したくないでしょ?」

「……しかたないわね」


 シンデレラは小さくため息を付き、ひとまず今晩の宿を探しに行きました。

 


(なんて勘が鋭いやつなの)


 先程シンデレラが見つめていた方角に彼女はいました。

 

(この距離で、しかも姿を消しているのに気づいていた)


 忌々しげにつぶやく彼女の体は不思議なことに透明になっていました。よく目を凝らせば、風景が人形に歪んでいるので誰かがいるとわかりますが、物陰に潜んでいれば誰も彼女の存在には気づけません。

 にもかからず、シンデレラはかすかな殺気のみで彼女の存在に気づいたのです。

 

(私の流派は暗殺術、武闘礼装ドレスだって身体強化の力はない)


 多くの武闘礼装ドレスは強固な鎧であったり、着者の身体能力を強化しますが、中には特殊な力を持つのもあります。

 彼女のは姿を消せる力を持つ代わりに、身体能力の強化はありません。

 相手に気づかれないよう近づき、不意を打つ。それが暗殺術の武闘姫プリンセスの必勝法であると同時に、唯一の勝ち筋でした。

 

 ここで読者の皆様は武闘会において不意打ちが許されるのかと疑問に思うでしょう。

 結論から言えば、武闘礼装ドレスを着用した状態かつ単独での攻撃ならば、武闘会規則第1条及び第2条の拡大解釈として公認されています。

 流石に食事に毒を入れたり、寝込みを襲おうとすれば同行する審判役のハピネスが止めますが、それ以外の状況では油断する側に落ち度があるとみなされます。

 

(シンデレラは試合中ですら私の殺気に気づいていた。せめて強敵と戦っている時なら、殺気に気づく余裕もないのだろうけど……)


 暗殺術の武闘姫プリンセスはどうしてもシンデレラを倒したいと思っていました。それはシンデレラが持っている沢山のドレス・ストーンが目当てというのもありますが、彼女を倒さなければ自分は優勝できないとわかっているからです。

 その後も暗殺術の武闘姫プリンセスはシンデレラの隙きを探っていましたが、最後まで不意打ちにチャンスは訪れませんでした。

 


 朝! きらめく太陽がターイの街の人々を目覚めさせます!

 街にいくつも作られた試合場の内の一つ。そこではすでに武闘礼装ドレスを着用しているシンデレラの姿がありました。

 ですが、昨日のこともあってシンデレラに挑む武闘姫プリンセスはいません。

 たまたまシンデレラのことを知らない武闘姫プリンセスが勝負を挑もうとしますが、目を合わせただけでシンデレラの闘志に心を折られて立ち去ります。

 

 しかしようやくシンデレラの闘志に負けないくらい強い武闘姫プリンセスが現れました。

 その武闘姫プリンセスもすでに武闘礼装ドレスを着用しており、雪のように美しい白帯を締めていました。

 

「魔法空手、白雪姫」

「ロードビス流、シンデレラ」


 流派と名前。その二つを名乗るだけで十分でした。それ以上は拳と拳で語り合えばよいのです。

 

「「両者構えて!」」

 

 シンデレラと白雪姫の頭上で二人のハピネスが叫びます。

 武闘姫プリンセスたちは拳を握り、構えます。

 シンデレラは鋼のガラスですでに手甲とすね当てを装備しています。

 対する白雪姫は特に武具を身に着けていませんが、その両手には雷、両足には炎をまとっていました。

 

「「始め!」」


 先手は白雪姫です。雷を纏った拳を叩きつけるその技は、魔法空手三大技の一つ、電光雷鳴拳です。

 魔法空手が恐ろしいのは、防御や受け流しが困難という点です。直撃を受けなくとも、魔法が付与エンチャントされた手足に触れるだけで痛打となります。

 シンデレラは白雪姫の電光雷鳴拳を受け流します。鋼のガラスで作られた手甲のおかげで、雷によるダメージも完全に遮断されます。

 

 白雪姫は続けて回し蹴りを放ちました。炎をまとうそれは、紅蓮弧炎脚! まともに受ければ炎上は必定!

 その攻撃もシンデレラは完璧に防御しました。電流も熱も通さない鋼のガラスのおかげです。

 

 ですが白雪姫の攻撃は止まりません。次にはなってきた掌底には氷の魔法が宿っていました。電光雷鳴拳、紅蓮弧炎脚に続く第3の魔法空手、六花掌底破です!

 しかしシンデレラはそれすらも受け流します。当然、凍気は遮断!

 雷! 炎! 氷! 恐るべき三連撃をしのいだシンデレラは反撃の拳を繰り出します!

 白雪姫はかろうじて避け、一旦間合いを取ります。

 

「うっ!」


 直後、白雪姫がよろめきました。避けたと思っていたシンデレラの拳は、わずかに白雪姫の顎をかすめ、その衝撃が脳を揺さぶったのです。

 もし直撃していたのならば、白雪姫は昏倒して早くも勝負が決まっていたでしょう。

 

「やるわね、シンデレラ」

「お世辞はいいわ。もう小手調べをする必要はないと思うけど?」

「ええ、そうね。そのとおり」


 この時、白雪姫は今こそ師匠から伝授された技を使うべきだと考えていました。

 先程繰り出した3つの技は、いわば基本。一般教養として習ったに過ぎません。

 7人の師匠たちが極め、そして白雪姫に伝授した技は別にあります。

 

「はぁぁ……」


 白雪姫は調息し、体内の魔力を整えます。

 再び彼女に雷がやどりますが、今度は拳だけではなく全身です。

 

「電光雷鳴拳:瞬電の型、これであなたを倒す」


 白雪姫が告げた瞬間、彼女の姿が消えました。常人では目にも留まらぬほどの超スピード! それこそが、7人の師匠から受け継いだ7つの絶技の一つなのです。

 シンデレラの鋼のガラスは大変優れた防御力を持ちますが、動きやすさを重視して手足しか守っていません。

 

(どんなに頑丈な防具でも、防御が間に合わなければ意味がない!)


 文字通りの電光石火にまで加速した白雪姫が襲いかかります!

 ですが……おお! 何ということでしょう! シンデレラもまた同じ速度で加速したではありませんか!

 一呼吸の僅かな時間、シンデレラと白雪姫の間で何十回もの攻防が繰り広げられます。

 

 もしこの場に常人が居合わせたのならば、なにもない空間に無数の火花が爆ぜているように見えていたでしょう。

 やがて攻防は一旦中断され、ようやく二人の姿が見えるようになります。

 

「まさか私の……いえ、師匠の技についてくるなんて」

「ガラスの時間という技よ。ロードビス流にもそちらの流派と同じような技があるわ」


 シンデレラの言葉に白雪姫の表情が険しくなります。

 

(同じような? いいえ、決定的に違うところがある。ガラスの時間と比べて、電光雷鳴拳:瞬電の型は”打撃が軽い”)


 超絶の速度を誇る電光雷鳴拳:瞬電の型。この絶技を編み出した白雪姫の師匠の一人が武闘家として大成できなかった理由がそこにあります。打撃の軽さゆえ、強固な防具を持つ者や、単純に打たれ強い者には決定打になりにくいのです。

 

(シンデレラを倒すためには、スピードだけじゃなくパワーも必要。でも、そのためには……)


 白雪姫は師匠たちからの忠告を思い出します。

 

『我々がお前に伝授した絶技はどれも負担が凄まじい。よって、絶技を2つ以上同時に使ってはならん。あまりに危険すぎる』


 ですが、このままではシンデレラに勝てないと白雪姫は理解しています。

 

(師匠、ごめんなさい。禁を破ります)


 白雪姫が最強を目指すのは自分のためではありません。受け継いだ技で最強になれば、師匠たちの血がにじむような努力は、有意義なものであったと証明できるからです。

 覚悟を決めた白雪姫は再び電光雷鳴拳:瞬電の型を使って加速します。

 もちろんシンデレラもガラスの時間で追いついてきました。

 再び、一呼吸の中で繰り広げられる、無数の攻防。

 

(チャンスは一度きり。しくじれば……負ける!)


 絶技を2つ同時に使えば、白雪姫は反動によって拳を握ることも、魔法を使うこともできなくなります。

 繰り出すからには必ず当てなければいけません。当たりさえすれば白雪姫の勝利です。

 

(今だ!)


 絶妙なタイミングを白雪姫は逃しませんでした。

 

(六花掌底破:貫きの型!)


 表面から凍気が伝わる通常の六花掌底破とは異なり、この技は相手の体内へ直に凍気を送り込みます。そのため、どんなに優れた防具も無意味です。

 反面、スピードに乏しいという欠点を持っていましたが、電光雷鳴拳:瞬電の型を併用していればそれを克服できます。


 すべてを凍らせる掌底がシンデレラに触れようとします。避けることは出来ず、手甲で防御するのがやっとでしょう。しかし、防御したとしても鋼のガラスを貫通し、シンデレラの腕を一瞬で凍らせます。

 腕が凍ってしまえばもはや武闘家として再起不能。シンデレラの負けです。

 

(勝った!)


 白雪姫がそう確信した瞬間でした。

 なんとシンデレラは更に加速し、電光雷鳴拳:瞬電の型を上回るスピードで六花掌底破:貫きの型を避けたのです!

 シンデレラの拳が白雪姫のみぞおちに叩き込まれます。

 ふっ飛ばされた白雪姫は試合場の壁に叩きつけられてしまいました。

 

「そんな、師匠たちの技が……」


 白雪姫はどうにか立ち上がりますが、二つの絶技を使った反動でうまく力が入りません。

 一方でシンデレラもまた激しく消耗していました。

 いえ、消耗なんて生易しいものではありません。彼女の瞳からは血の涙が流れています。あきらかに何らかの無茶をした反動を受けていました。

 

「はーっ…! はーっ…!」

 

 シンデレラは荒い息をしながら、とどめを刺すべく白雪姫に近づきます。

 白雪姫は残った僅かな力を振り絞って、どうにか拳を握りますが、シンデレラに勝てる自信はありません。

 その時、白雪姫はシンデレラの背後に人の形をした空間の歪みを見つけます。

 

「シンデレラ、後ろ!」


 白雪姫が叫んだ直後、ほとんど反射的にシンデレラは背後に向かって蹴りを放ちました。

 重い打撃音の直後、突如として武闘姫プリンセスの姿が出現します。

 彼女は昨日からシンデレラを付け狙っていた暗殺術の武闘姫プリンセスでした。

 

「あと一歩だったのに……」


 暗殺術の武闘姫プリンセスは気を失います。


「……とんだ邪魔が入ったわね。もう戦う気分じゃないわ」


 シンデレラは武闘礼装ドレスを解除します。

 

「私の負けよ、シンデレラ。ドレス・ストーンを持っていきなさい」


 しかしシンデレラは白雪姫のドレス・ストーンを受け取ろうとはしませんでした。

 

「いらないわ。あなたは私の後ろにいる敵をわざわざ教える義理はないのに、教えてくれた。だからドレス・ストーンは奪わない。代わりにこの武闘姫プリンセスのをもらっていくわ。あなたの警告のおかげで倒した相手だけど、構わないでしょう?」


 白雪姫に後ろめたさを感じさせないためでしょうか。シンデレラは暗殺術の武闘姫プリンセスのドレス・ストーンを回収します。


「……次あったら負けないわよ」

「いいえ、次も私が勝つ」


 シンデレラはふらつく足取りで試合場から立ち去り、白雪姫はその背中を見つめていました。

 


「やれやれ、僕のお姫様は随分と無茶をする」


 魔法の水晶玉を通じてシンデレラと白雪姫の対決を見ていたチャーミング王子が言います。

 

「シンデレラが使ったガラスの時間という技は、危険なのですか?」


 一緒に試合を見ていた魔法使いが訪ねます。

 

「うん。あの技はね、基本的には力を抑えて使うものなんだ。安全に使うんだったら、10%程度に抑えるべきだね。なのに彼女は最後の瞬間に20%の力で使ったんだ」

「20%であの反動ですか!? なら100%のガラスの時間を使ったら……」

「死んじゃうだろうね。少なくとも”今のシンデレラ”なら」


 チャーミング王子のニュアンスに魔法使いは違和感を感じます。

 

「今のシンデレラなら、ですか? それはいったい……?」

「ふふふ、どうだろうね」


 チャーミング王子は答えず、不気味な笑みを浮かべるだけでした。

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