第19話 仙道カンフー・楊貴妃

 華の国は絢爛豪華で綺羅びやか、グリム大陸において最も華やかな国とされていますが、その実態は男が女を一方的に支配する国でした。

 この国において女は財産であり資源でもあります。大切に育てられはしますが、それは最後に収穫するため作物を大切にするのと変わりません。

 その最たる例が国王です。彼はは年老いてもなお盛んで、国中から美しい娘を寵姫として集め、彼女たちという花を散らせていきました。

 

 楊貴妃も寵姫に選ばれてしまった一人です。

 寵姫となった娘はその美しさを維持するためにあらゆる美容が施され、家族には大金が送られます。

 いっときの不愉快さえ我慢すれば、女として常に美しくあり続け、家族も養える。楊貴妃はそう考えて……いえ、そう思い込んで自分の現状をこれでよしと納得しようとしました。

 

 ですが初仕事の日、下劣な笑みを浮かべる国王の顔を見た時、そうではないと気づきました。

 醜く、浅ましく、おぞましい男という生き物のために人生を費やすのか?

 いざという瞬間になったことで、楊貴妃は答えを見つけました。

 冗談じゃない!

 

 気がつけば国王の首を180度をひねって殺していました。

 楊貴妃本人ですら意外と思うほどの強い力により、国王は何が起こったのか理解するまもなく絶命し、下劣な笑みを浮かべたまま動かなくなります。

 

「ああ、やってしまった」


 つぶやく言葉とは裏腹に、楊貴妃の心は晴れ渡った青空のごとく清々しい気持ちでした。

 

「あらあら、まあまあ」


 場違いな声を出したのは、国王が一番気に入っている寵姫の妲己でした。

 

「兵に伝えるならご自由にどうぞ」


 国王を殺したのです。間違いなく処刑され、家族も同じ目に会うでしょう。それが分かっていても、楊貴妃の心は不思議と清々しいままでした。

 

「ああ、これね」


 妲己は国王の亡骸を石ころのように足で小突きます。

 

「別に構わないわ。政治は全部私に任せってきりで、もう何の役にも立たないから、そろそろ始末しょうと思ってたの。手間が省けてむしろ助かったわ」


 国王は高齢を理由に表舞台にはほとんど出ず、政治の決定については全て妲己を通じて周囲に伝えているという事になっていました。

 しかし事実は違い、国王の考えとされていたもの全てが、妲己の考えだったのです。


「重鎮たちも私が全員骨抜きにしているから、この国はとっくに私のものよ」


 さすがに楊貴妃は言葉を失いました。男にとって都合の良い国が、実はすでに女が支配する国となっていたのです。

 

「ねえあなた、女だけの世界を作ってみないと思わない?」

「無理です。男女が揃わなければ人は生まれず、国は立ち行かなくなります」

「そうとは限らないとしたら?」


 妲己は何やら確信をもった笑みを浮かべます。

 

「はるか昔、神代では女同士、男同士でも子供を為せる技術があったわ。性別の垣根を超えて真に愛し合う者たちのためにね」


 妲己の言葉の真偽は定かではありませんが、楊貴妃はバカバカしいとすぐに切り捨てませんでした。神代ならばそれくらいできても不思議ではありません。

 

「いろいろと調べてみたけど、その技術は不思議の国に眠っているようなの。あの国を征服して同性出産技術を手に入れれば、もうこの世に男は必要ない」

「それは、とても素晴らしいことです」


 その時、楊貴妃は夢を持ちました。男を絶滅させるという夢を。

 今までその夢を持たなかったのは、男女が揃っていなければ世の中が成り立たないからです。でも、そんな必要はありません。女同士で子を為せる技術があるなら、楊貴妃にとって男など捨てるべき汚物でしか無いのです。

 

「楊貴妃、あなたには武闘姫プリンセスになってもらうわ。そして不思議の国の武闘会で優勝しなさい。女王の権力を使えば、私達が求める技術など簡単に見つかるわ」

「ええ、もちろん!」


 こうして楊貴妃は妲己の忠実な部下となりました。

 妲己は武道の達人でもあり、楊貴妃を徹底的に鍛え上げました。

 修行はとても厳しいものでしたが、夢を持った楊貴妃にとって少しも辛くありません。

 それから数年の時が経ち、修業を終えて妲己からドレスストーンを授かった楊貴妃は、夢を実現するために武闘会に参加したのです。

 


 1ヶ月に渡って繰り広げられる武闘会も残すところ後2日となりました。

 勝ち残った武闘姫プリンセスたちは皆一様に王都へ目指します。最終日の日没に彼女たちが集めたドレスストーンが集計され、最も多く集めたものが女王となります。

 アリスは執事のヘンリーが操る馬車に揺られながら王都へ急いでいました。

 馬車は森の中に切り拓かれた街道を進んでいます。

 

 彼女の心にあるのは、武闘会で経験してきた戦いの数々でした。

 それぞれの理由で武闘会に参加する武闘姫プリンセス。彼女たちの中にアリスが女王にふさわしいと思う人はいませんでした。

 単純に邪悪である者。高潔な心を持ちながらも、一国を背負うには力が足りない者。アリスにとって女王とは強さと気高さの両方を併せ持つ人であり、どちらも必須なのです。

 

 ただ一人、唯一いるとすればそれはシンデレラです。

 実力は申し分なく、魔物から人々を守ろうとするのはまさに女王の器。

 彼女ならこの国を任せられると思いつつも、アリスはあらためて勝負したいと考えていました。

 アリスは騎士であると同時に武闘姫プリンセスです。強い人と戦いたいという気持ちは当然持ち合わせています。

 

「緊張しているの?」


 肩に止まるアリスのハピネスが案じます。


「ああ。シンデレラは唯一勝てなかった相手だからな」


 あの時はシンデレラがドレスストーンを奪うよりも魔物を倒すことを優先したので、アリスは脱落しませんでした。しかし勝負としては間違いなくアリスの敗北です。

 

「次は勝てるよ。アリスはたくさんの戦いを通じてすごく強く……」


 ハピネスはぽとりとアリスの肩から落ちました。


「ハピネス?」


 アリスはさっとハピネスを受け止めると、この使い魔が眠ってしまっているとわかります。

 さらには突然馬車が停止します。

 

「どうした、ヘンリー」


 アリスは業者台にいる執事に問います。


「前の方にチェスボードの騎士がいます」


 眠ってしまったハピネスをそっと置いてから外に出ると、たしかにアリスの故郷の騎士がいました。彼は半年ほど前にチェスボードの門を叩いた新米です。

 

「アリス様に重大なお話があり、それをお伝えするためにここで待たせていただきました」

「いったい何があった?」

「ええ、それは……」


 アリスが話を聞くために新米騎士へ近寄ったその時!

 彼はいきなり剣を抜いたのです!

 ですが剣の握り方を覚えたばかりの新米と違って、アリスは幼少期から修行してきました。後手に回ったとしても、速さはアリスのほうが上でした。

 新米騎士が剣を振り上げた時、すでにアリスは自分の剣を彼の喉元に突きつけていました。

 

「何をするか!」


 アリスは新米騎士を詰問します。

 

「うう、それは……」


 その時、頭上から殺気が降りかかりました!

 アリスは反射的に後ろへ下がります。

 そしてアリスと新米騎士との間に、目が覚めるほど美しい少女が現れます。

 

「楊貴妃! 私の愛しい人!」


 新米騎士が華の国の少女に駆け寄り、恋人のように抱きしめようとしました。

 しかし楊貴妃と呼ばれた少女が取った行動は愛の包容などではなく、無慈悲な回し蹴りでした。

 男なら誰もが見惚れるほどの美しい脚が、新米騎士の頚椎をへし折ったのです。

 信じられない。どうして。新米騎士はそのような顔を浮かべながら絶命します。

 

「気安く私に触れないで」


 楊貴妃は新米騎士の亡骸に侮蔑的な視線を向けます。

 

「身内相手なら油断すると思ったけど、やはりただの男が武闘姫プリンセスに叶うはずもないわね」

「貴様は何者だ。彼とはどんな関係がある」

「別にそれほど深い仲ではないわ。ちょっとだけ、あなたを殺すようお願いしただけよ」

「前途ある騎士をたぶらかしたというのか!」


 アリスの怒声を受けても楊貴妃は涼し気な顔です。

 

「前途? 男に前途なんてないわよ」


 楊貴妃の男を心底軽蔑している心がアリスにも伝わってきました。

 自分を卑劣な手で攻撃してきたのでおそらく武闘会の参加者だろうとアリスは思いましたが、相手に付きそうハピネスがいないのを不審に思いました。

 

「貴様、自分のハピネスはどうした?」

「使い魔ならどこかでお昼寝でもしているわ」


 そこでアリスは自分のハピネスが突然眠ってしまった理由がわかりました。

 

「なるほど。他人をけしかけての攻撃は違反行為。それをもみ消すために私とお前のハピネスを眠らせたか」

「さて、どうでしょうかね」


 もしハピネスに害をなせば、武闘会の運営者は即座にそれを察知し、瞬間移動の魔法を使って騎士団を送り込み、違反武闘姫プリンセスを捕縛するはずです。

 それが未だになされないということは、楊貴妃は何らか魔法でハピネスの現状が伝わらないようにしているのでしょう

 

「貴様のような者に我が国を渡すわけには行かない。この場で成敗してくれる」

「やってみなさい」


 アリスと楊貴妃が自分のドレスストーンを取り出します。

 

「「ドレスアップ!」」


 二人は同時に変身しました。

 楊貴妃の武闘礼装ドレスは華の国の民族衣装風でした。とても綺羅びやかで、武闘会だけでなく舞踏会にもそのまま参加できるでしょ。

 対するアリスの武闘礼装ドレスは……

 

「あら、あなたの武闘礼装ドレス、あの新米騎士から聞いていたのとは違う形ね」


 アリスは武闘会を通じて大きく成長しました。武闘礼装ドレスは心を映し出す鏡でもあり、着用者の変化に影響されます。

 かつてのアリスの武闘礼装ドレスは伝統的な重装鎧でしたが、今は動きやすさのために要所以外の装甲は消えています。

 

 さらには魔力噴出による高速移動をより機敏とするため、可変式の噴射口が各所に設けられています。

 この変化の根本はシンデレラとの戦いでした。あの時の敗因は速さに劣っていたこと。より速くあるためにアリスの武闘礼装ドレスは今の形となったのです。

 

「彼から私のことを色々聞き出したようだが、それは私が武闘会に参加する前の事だ。今の私とは別人と思ってもらおう」


 アリスは今持っている剣を手放し、、聖剣ヴォーパルソードを生成しました。今日まで勝ち残っている以上、相手は尋常ならざる武闘姫プリンセスであるのは明白。出し惜しみは即敗北に繋がると判断したのです。

 

「覚悟!」


 アリスの背中から魔力が噴射され、間合いが一瞬で狭まりました。

 楊貴妃は腰からヌンチャクを取り出してアリスの縦一文字切りを受け止めようとしました。

 アリスが振るうヴォーパルソードは万能切断の力を持っています。物質のつながりそのものを断ち、火や水などの形のないものをですら斬り裂きます。

 しかし楊貴妃のヌンチャクは、万能切断の力などないかのようにヴォーパルソードを鎖部分で受け止めました。

 

「む!?」


 自分の聖剣の力が正しく発揮されないのを見たアリスは、即座に魔力噴出で大きく離れます。


「驚いたかしら? これは師匠の妲己様から賜った宝具。このヌンチャクに宿る不壊の魔法の前では、あなたの聖剣などただのなまくらよ!」

「だが、貴様の体や武闘礼装ドレスはそうであるまい」


 相手の武器を確実に破壊できないのは不利ですが、今すぐ勝負を決定するほどではありません。

 ヌンチャクで防御するまもなく攻撃を当てればアリスの勝ちです。

 

「私が一太刀でもあなたに許すと?」

「やると言ったからにはやるのだ。我が騎士道に掛けて!」


 アリスは再び魔力噴出による突進を仕掛けます。今度の攻撃は振り下ろしではなく、刺突!

 ですが楊貴妃は一瞬でアリスの側面に回ったのです!

 速いとアリスは感じました。同時に、やはりここまで勝ち残っているならこの程度は当然とも。

 

 楊貴妃は妲己から仙道カンフーの心得を学びました。この流派な特殊な呼吸法で魔力を体内で常に循環させます。これを日常的に行うことで、身体強化の魔法の負担を大きく軽減するのです。

 すでに楊貴妃は眠っているときですら魔力を循環し続ける域にまで達しており、彼女にとって身体強化の魔法は呼吸と同義なのです。

 

「騎士道と言ったわね。最後は堕落する道に何の価値があるのかしら?」


 楊貴妃は戦いながらアリスをあざ笑います。

 

「私は知っているわよ。キャメロット一刀流の開祖であるアーサー王は実の姉と不貞の子を成し、一番弟子のランスロットは王妃と不倫の恋に落ちた。騎士道を掲げる者の性根などその程度よ」


 その言葉はアリスの動揺を誘うものでした。キャメロット一刀流の後継者である彼女がアーサー王と円卓の騎士の醜聞を知らぬはずがなく、同時にその生真面目な性格なら図星を付けば必ず剣を鈍らせると思ったのです。


「それがどうした!」


 しかしアリスは動揺するどころから、さらに鋭さを増した一撃を叩き込んできたのです。

 

「堕落したのは開祖たち個人であって騎士道そのものではない! 一緒にするな!」


 言葉とともにアリスは攻撃を立て続けに繰り出します。


「ふん、意外と面の皮が厚いわね!」


 楊貴妃がヌンチャクを繰り出します。二本の棒を鎖でつないだだけの武器がまるで生き物のようにアリスへ襲いかかります。


「当然!」


 アリスは鎧の装甲でヌンチャクを受け止めつつ、反撃を繰り出します。

 刃が楊貴妃をとらえそうになりますが、紙一重足りず彼女の武闘礼装ドレスの裾を斬り裂きました。

 

「信念を貫こうというのだ。面の皮くらい厚くなる!」


 アリスは剣を大きく振り上げ、再び縦の一文字切りを繰り出します!

 

「チェストー!!」


 ですがこの戦いの始まりと同じく、楊貴妃はヌンチャクの鎖で受け止めます。

 渾身の一撃がまたしても防御されてしまいました。

 しかし不思議なことにアリスの視線は楊貴妃ではなく彼女が持つヌンチャクに向けられていたのです。

 

「?」


 楊貴妃もそれには気づいていましたがアリスの意図まではわかりません。

 そこからアリスの攻撃の仕方が明らかに変わっていきました。

 それまでヌンチャクで防御されないよう楊貴妃への直接攻撃を狙っていたのに対し、今度はヌンチャクの方を攻撃するようになったのです。

 

「私を倒せず、やけになったのかしら。あなたのなまくら聖剣じゃ私の不壊のヌンチャクは壊せないわよ」


 小馬鹿にする楊貴妃にアリスは無言で「それはどうかな?」という視線を返しました。

 攻防を繰り返すうち、楊貴妃はヌンチャクから違和感を覚えました。彼女にとってこの武器は自分の体の延長も同然です。

 例えば羽虫が一匹だけヌンチャクに止まると、楊貴妃はそれを確実に感じ取れるほどです。

 この違和感は気のせいではなく、なんらかの異常がヌンチャクに生じているのは確実。そう思った時、楊貴妃は鎖に小さな亀裂が入っているのに気づきました。

 

「そんな!」


 決して壊れぬはずの神代の武器に生じたかすかな瑕疵! 愛用し絶大な信頼を置いていただけに、とうとう楊貴妃の心に驚きが現れます。

 

「思ったとおりだ。聖剣の力が不壊の魔法で打ち消されたのなら、不壊の魔法もまた聖剣の力で打ち消されていた!」


 万能切断と不壊! 相反する能力が故に、アリスのヴォーパルソードと楊貴妃のヌンチャクは相殺によってごくごく普通の武器となっていたのです。

 そして! アリスにとって並の剣で鎖を断つことは決して不可能ではないのです。

 

「そこだ!」


 アリスの剣がついにヌンチャクの鎖を両断します。

 

「くっ!」


 ヌンチャクが破壊されるやいなや、楊貴妃は即座に逃げ出し、森の中へ消えていきました。もはやアリスの剣を受け止められる物はなく、徒手空拳で戦うにはあまりに危険と判断したのでしょう。

 

「見事な引き際だ」


 アリスは追いかけず、変身を解除します。

 楊貴妃はこの国の支配を諦めていないのなら、必ず明日には王都にやってきます。


「アリス」


 楊貴妃が立ち去ったことでアリスのハピネスにかけられた魔法も溶けたようで、青い翼をパタパタと羽ばたかせながらやってきました。

 

「いったいどうしたんだい? いきなり馬車の外に出るなんて」


 どうやらアリスのハピネスは魔法で眠らされていたこと自体を覚えていないようです。これでは楊貴妃の違反行為を告発しても、確実な証拠がないので無意味でしょう。

 明日、あらためて楊貴妃と戦って倒すべきだとアリスは考えました。

 武闘会の最終日に戦う際は、現女王の御前で行うのがしきたりです。

 

 そんな状況では今回ハピネスにしたようなごまかしは通用しないでしょう。

 どうあがいても楊貴妃は正々堂々と戦わざる得ません。

 そして正道において決して負けないという自信がアリスにありました。


「ヘンリー、彼の亡骸をチェスボードの町に持ち帰ってくれ。私は徒歩で王都へ向かう」

「かしこまりました」


 王都は目前なので徒歩でも十分に間に合います。

 アリスはヘンリーに新米騎士の遺体を預けた後、王都へと向かいました。

 


 アリスから逃げ切った楊貴妃は、眠らせていた自分のハピネスを回収して王都へと向かっていました。

 愛用している武器を失ってしまった以上、最終日にアリスから再び勝負を挑まれたら勝ち目はないでしょう。

 

「楊貴妃」


 背後から声をかけられ、楊貴妃はついアリスが追いかけてきたのかと思います。

 

「妲己様」


 ですが現れたのは楊貴妃の師匠でした。

 

「申し訳ありません。妲己様から授かった不壊のヌンチャクを失ってしまいました。ですが、私にはまだ手があります。妲己様から学んだ男を自在に操る術を持ってすれば、法やしきたりを無視して不思議の国を征服できます。女王が治める国といっても、下で働くのは男ばかりですから」


 武道で負けたとしても、それ以外の方法で勝てば良い。それが楊貴妃の考えでした。

 

「もう良いわ。あとは全部私がやる」


 胸に生じた小さな衝撃。楊貴妃は一瞬遅れて、妲己が自分の心臓をチョップ突きで貫いたと理解しました。

 

「え……」


 楊貴妃の体がドサリと倒れます。

 それを見下ろす妲己の手には、楊貴妃の魂がありました。

 妲己は魂を一息に飲み込みます。

 

「ああ……!」


 自分のうちから湧き上がってくる膨大な力に、妲己は快感すら覚えました。

 

「小野小町、クレオパトラ、楊貴妃。三人もの武闘姫プリンセスを育てたのは手間だったけど、その甲斐は十分にあったわね」


 この女は小野小町には玉藻前、クレオパトラには女神イシス、そして楊貴妃には妲己と名乗り、それぞれ一流の武闘姫プリンセスに育て上げました。

 それは彼女たちを武闘会に優勝させ、不思議の国を影から操るためでした。

 

 小野小町に対しては絶対の忠誠心を植え付けました。

 クレオパトラに対しては差別されている境遇を利用しました。

 楊貴妃に対しては彼女に眠る歪んだ夢を目覚めさせました。

 

 三人の武闘姫プリンセスはみなこの女に恩義があり、女王となった時はかならず彼女に”配慮”するでしょう

 そうすることでこの女は不思議の国を影から操ろうとしたのですが、もう一つの目的もありました。

 

 それは自らの糧とするためです。この邪悪な存在は武闘姫プリンセスの魂を食らうことで、その力を自分のものとしたのです。

 女はふわりと空中に浮かび、そして上空から目の前にある王都を見ます。

 

「待っていなさい。明日になったら私の物にしてあげる」


 邪悪の笑みを浮かべる女の腰からは魔力の光を放つ九つの尾が生えていました。

 九尾の女には今、絶対的な力が宿っています。

 ならば陰謀など不要。彼女は力ずくで不思議の国を征服しようと決めたのです。

 すでに日之出の国、砂漠の国、華の国は、何らかの形で九尾の女に支配されています。不思議の国が征服されれば、もはやグリム大陸は完全に彼女の物となってしまいます。

 グリム大陸の完全支配。それが九尾の女の最終的な目的なのです。

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