第10話 機人CQC・眠り姫 前編

 神代にたいへん美しいお姫様がいました。しかしその美貌に嫉妬した茨の魔女は、眠りの呪いを掛け、お姫様が住むお城を魔法の茨で封じ込めてしまったのです。

 呪いを掛けられてしまったお姫様は決して年を取ること無く、美しい姿のまま今も不思議の国のどこかで眠り続けていると言われています。


 そしてこの伝説はただの作り話ではないと考えられています。その証拠に、不思議の国には茨の森と呼ばれる場所があるのです。

 その森の茨は普通ではなく、意思を持っているかのように人の侵入を阻み、森の内部がどうなっているか誰も分かりません。

 眠り姫伝説の真実を解き明かすため、ペローという冒険者が現れました。

 

 ペローは決して諦めずに茨の森を進み続けます。

 やがて眠り姫が眠っていると思われるお城にたどり着きました。

 お城も魔法の茨で覆われていましたが、ペローは不退転の決意で中へと入っていきます。

 そしてついに、ペローはお城の最深部で眠り姫を見つけます。


「伝説以上の美人だ。とてもこの世のものとは思えない」


 寝台で眠る眠り姫の美しさはペローの想像以上で、偉大な芸術家が美の境地を極めたかのようです。


「いや、人形か? どうりで年を取らないわけだ」


 おそらく神代の職人が作ったのでしょう。


「さて、眠り姫を見つけたのはいいが、どうやって持ち帰ろうか」


 等身大の人形を抱えては流石に茨の森からは出られません。

 しかしここまで苦労して来たのですから、なんの成果も得られずに帰れません。


「何か困りごとですか?」

「ああ、ちょっと面倒な……って、うお!」


 いつの間にか眠り姫が身を起こし、ペローに話しかけていました。

 

「ね、眠り姫が目覚めた……」

「それが私の新しい名前なのですね」


 眠り姫は寝台から降りるとペローにお辞儀をします。

 

「只今より、眠り姫はあなたの指揮下に入ります。お名前と最初の指示を教えて下さい」

「え、えっと。俺の名前はペロー。指示は……とりあえずお前について教えてくれ」

「了解しました。ペロー」


 いよいよ眠り姫伝説の真実があきらかとなる。ペローはすこし緊張してきました。

 

「私は機人と呼ばれる人に造られた人です。機人は人の良き友人として様々な分野で運用されていました」

「お前はどんな仕事をしていたんだ?」


 ペローは眠り姫の働く姿を想像します。こんなにも美しいのですから、舞台女優かあるいは貴族の使用人だったのかも知れません。

 しかし、眠り姫の仕事はペローの想像とは大きく違いました。

 

「私は軍事目的で開発されました」

「軍事? つまりは戦うために造られたと?」

「正確には、新しい主力兵器の試作機です。当時、擬似的に武闘姫プリンセスの力を与えた機人による部隊が構想されており、私ともう一体の試作機のどちらを正式採用するか、この研究所で試験を行っていました」


 ペローがお城だと思っていたここは、どうやら神代の研究所だったようです。


「試験の結果はどうなったんだ?」


 眠り姫は首を横に振りながら「分かりません」と答えました。

 

「どうも最終試験の途中から私の記憶が途切れているのです。最終試験は相手の試作機との直接戦闘なので、おそらく私は敗北して大破したのでしょう」

「そうか……」


 すべてを知ることはできませんでしたが、真実を知るための大きな手がかりとなりました。

 

「おそらく伝説にある茨の魔女は、お前が言っているもう一体の試作機のことだろう。お前に呪いをかけたってのは、多分1000年の間に話がすり替わったんだろう」


 しかし一つ辻褄の合わないことがあります。

 

「しかし、戦いに負けたって割にあんたの体は綺麗なもんだな」

「私には自己修復機能が備わっています。重要部品が破損した場合は修復効率が悪くて実用的ではありませんが」

「はー、神代はすごいな。今の時代の魔法が子供だましの手品に思えちまう」


 ペローは素直に感心しました。


「ですが、最終試験で敗北した私が廃棄されずに保管されていた理由は不明です」

「ここらを探せば分かるかも知れないな」

「いえ、その必要はありません。私にとって重要なのは人の良き友人として働けるかです」

「そうか。だったら一緒に冒険者をやらないか? たぶん、お前の力を一番生かせる仕事だと思う」

「了解しました」


 それから二人は茨の森から出ていきました。

 

 

 ペローたちは気づきませんでした。茨の森にあった研究所にはまだ眠っている人物がいるということを。

 彼女はペローたちが立ち去ってから数日後に目覚めます。

 

(AT-410が再起動してるなんて)


 AT-410は眠り姫の型式番号でした。

 彼女は床にひざまずき、そこに残された足跡を調べます。

 

(外部からの侵入者がいたのね。自己修復を終えたATー410がそいつを検知して再起動してしまったのか)


 彼女は研究所の外へと向かいます。

 その心には小さいですが確かな感情がありました。

 それは怒りです。

 その怒りは誰に向けたものなのでしょうか?

 


 眠り姫はペローとともに様々な冒険をしました。

 彼女は武闘姫プリンセスの力だけでなく、銃と呼ばれる神代の武器も持っていました。

 それは銃の中でも拳銃と呼ばれるものです。しかも眠り姫のは特別製で、魔力を物質化して弾丸を作るので、何百発も撃つことができるすぐれものでした。


 眠り姫はそれを二丁使って戦います。

 冒険者となった眠り姫はペローとともに様々な遺跡を踏破し、恐ろしい怪物を倒していきました。


「なあ眠り姫。お前には冒険以外にしたいことってあるのか?」


 ある日の夜、草原で野営しているときにペローは尋ねます。


「現時点ではありません。冒険者とは過去の有用な技術を発掘し、危険な生物を駆除する職業です。人の良き友人であるには、この職業に従事するのが最適と判断しています」

「お前は立派だな」


 ペローは自分が少し恥ずかしくなりました。彼が冒険者となったのはロマンと名声のためです。

 また、眠り姫を自分のために利用していないといえば嘘になります。

 一介の冒険者の相棒ではなく、もっと広い枠組みで活躍させるべきではないかとペローは思い始めます

 

「なあ眠り姫、お前がより多くの人々のために働きたいと思うのなら、俺のそばにいるよりも……」


 その時、眠り姫の表情が急に鋭くなります


「ペロー、何者かが接近しています」

「野盗か? 数は?」


 冒険者をしていれば野盗の襲撃は日常茶飯事です。ペローはすぐさま気持ちを切り替えます。


「一人です。そして野盗はありません。相手は私と同じ機人です。」


 現れたのは、眠り姫のように人間離れした美しさを持つ女でした。満月の光と星あかりがその美貌をより一層に際立てます。


「ようやく見つけたわよAT-410」

「あなたはKHMー50」


 眠り姫は彼女を知っているようでした。

 

「やつを知っているのか?」


 ペローは尋ねます。

 

「彼女は私と採用試験を競っていたもう一体の試作機です」

「じゃあ、あいつが茨の魔女?」


 茨の魔女の両手には武器が握られていました。それは眠り姫が使っているのと同じ、拳銃という武器です。

 

「あのときの勝負をやり直すわよ。そして、今度こそ決着をつける」

 

 茨の魔女は拳銃を眠り姫に向けて言います。

 

「やり直す? あの勝負は私が負けて大破したはずでは」

「記憶が破損しているようね。あの損傷では無理のないわ。とにかく、私はあの勝負に納得していない。だからあなたが復活するのを待っていた」

「もう競う必要はありません。それよりも手を取り合って人々のために働くべきです」


 すると茨の魔女は拳銃をペローに向けます

 

「勝負しないのなら、この男を射殺する。嫌なら私を倒すことね」

「どうしても、戦うというのですか?」

「お前との決着が私の全てだ」

「……」


 眠り姫はついに決心し、ペローをかばうように茨の魔女と立ち合います。

 

「「擬似武闘姫プリンセスシステム起動」」


 眠り姫と茨の魔女が輝き始めます。二人は武闘姫プリンセスになるために造られた機人であり、心臓部にはドレス・ストーンが使われているのです。

 

「「ドレスアップ!」」


 次の瞬間には武闘礼装ドレスに身を包んだ二人の機人がいました。

 そして二人は両手にそれぞれ拳銃を持ち、そして構えます。

 不思議なことに、二人の構えはまるで拳法家のようでした。

 場の空気が限界まで緊張します。横で見ているペローが息苦しくなるほどでした。

 夜空に一筋の流れ星があらわれます。それが合図であったかのように二人は動きました。

 

 二つの銃声がほぼ同時に鳴ります。

 銃から放たれる弾丸は、並の武闘姫プリンセスでは回避が困難なほど高速ですが、しかし眠り姫も茨の魔女も相手の攻撃を見事回避しました。

 二人共、お互いの目線や銃口の角度でどこを撃つか分かっていました。

 生まれた時から超人的な力を持つ機人に武闘姫プリンセスの力が加わるのです。この程度はできて当たり前です。

 

 眠り姫と茨の魔女は互いに駆け寄り衝突します。そして抱き合うような至近距離での銃撃戦が始まりました。

 遠くから相手を倒す武器が作られたとしても、至近距離での戦いは消えません。神の世時代ではCloseクロースQuartersクウォーターCombatコンバットと呼ばれる武術が編み出されました。

 眠り姫と茨の魔女が使うのはその中でも機人CQCと呼ばれるもので、それは拳銃を使った格闘技とも言えました。

 

 茨の魔女が銃口を眠り姫の眉間に照準します。

 眠り姫は相手の銃を払い除けて射線をそらしつつ、反撃の銃弾を打ち込もうとします。

 しかし茨の魔女もまた眠り姫の銃を払い除けて回避しました。

 二人共、互いの攻撃をそのように反らしては自分の攻撃を命中させようと試みますが、あまりに実力が均衡しているせいで、まるで延々と勝負がつかないチェスの千日手のようでした。

 

 これは互いがどこを攻撃しようとしているのか分かっているための状況でした。

 よって、たとえ予測していても回避不可能な攻撃を繰り出すことが唯一の勝ち筋なのです。

 眠り姫はバランスを崩すために膝を狙ったローキックを繰り出します。

 茨の魔女はそれを大きくジャンプして回避しつつ、空中で体をよじりつつ眠り姫の背後に着地しようとしました。

 

 敵は空中! 絶好の機会に眠り姫はすかさず射撃します。

 しかし茨の魔女は銃弾で銃弾を撃ち落としたのです! 人を遥かに超える反射神経をもつ機人でなければ不可能な芸当でした。

 眠り姫は連射しますが、茨の魔女はそのことごとくを撃ち落とします。

 ぶつかりあった銃弾は粉々に砕け、無数の欠片が月明かりに照らされて輝きます。

 

 しかし、ほんの僅かな誤差によって、ぶつからなかった銃弾がありました。それらは互いにかすめると、一方は眠り姫の右手首を、もう一方は茨の魔女の左肩を打ち抜きました。

 これによって二人は二丁あった拳銃の片方を落としてしまいます。

 茨の魔女が着地し、残った拳銃を向けると、眠り姫も同じく拳銃を向けます。

 互いの眉間に銃口を突きつけ、二人の動きは止まりました。

 

 眠り姫は撃たれた右手首から先が全く動かなくなっています。茨の魔女も同じで、左肩をだらりと下げています。どちらもこの戦いで銃は一丁しか持てないでしょう。

 先程の打ち合いが動の拮抗ならば、今は静の拮抗です。まるで時間が止まったかのように、二人は少しも動きませんでした。

 ですが止まったままで勝負は付きません。

 二人は意を決して動きます!

 

 茨の魔女は無事な右腕の肘を使って、眠り姫の銃を外に反らしつつ射撃しようとします。

 ここで二人の間に決定的な差が生まれました。

 茨の魔女は左腕がまるごと動かないのに対し、眠り姫はまだ右腕そのものは動かせるのです!

 

 眠り姫は右腕で茨の魔女の銃を叩きつけると同時に、反らされた銃口を素早く戻します。

 そして最後の銃声がとどろきました。

 眠り姫の銃弾は見事に茨の魔女の体内にあるドレス・ストーンを貫いたのです!

 ドレス・ストーンは茨の魔女にとって文字通りの心臓部です。

 

「私の負けか。悔しいけれど、やっと決着がつけられた」


 茨の魔女は力尽きて倒れます。

 眠り姫は動かなくなった茨の魔女を見つめると、彼女の額に触れました。

 

「どうしたんだ、眠り姫」


 ペローが尋ねます


「記憶を読み取ります。あの日何があったのか、なぜ彼女は変わってしまったのかを私は知りたい」


 茨の魔女の記憶が眠り姫に流れ込みます。

 最初に見えてきたのは、戦いの最中に突然爆発して大破した眠り姫の姿でした。

 次に見えてきたのは、茨の魔女が自分の創造主を詰問している場面でした。

 

『なぜAT-410に細工などしたのです! 私は正々堂々と勝負した上で勝ちたかった!』

『口答えするな。道具の分際で』


 また場面が変わります。そこでは茨の魔女が研究所から人々を追い出していました。

 

『何が人の良き友人だ! 結局は都合の良い奴隷ではないか!』


 その記憶には茨の魔女の怒りと悲しみが染み付いていました。機人が人の良き友人であろうとするのに対し、人はただ機人を人の形をした道具としか見ていなかったのです。

 そして最後の記憶が映し出されます。

 それは大破した眠り姫に語りかける茨の魔女でした。

 

『このレベルの損傷は自己修復機能の限界を超えている。それでもなお修復しようとすれば1000年はかかる。それでも私は待ち続けるわ。いつか必ず正々堂々と勝負するために』


 茨の魔女は魔力で魔法の茨を作り上げます。

 

『もう二度と、私達は人に体よく利用されたりしない』

 

 そしてライバルが蘇るその日まで、茨の魔女は1000年に渡る眠りについたのでした。

 

「茨の魔女の記憶はどうだった?」

「ペロー……」


 眠り姫は見聞きしたことをペローに伝えます。


「私は多くの人々のために働きたい。しかし人の中には機人をただの道具とみなす者もいます。私はどうすればよいのでしょうか。KHMー50のためにも、私は利用されるだけの道具になるわけには行きません」


 眠り姫の言葉に、ペローは一つの答えを提示します。

 

「それが正解であるかわからないが。少なくとも他人から利用されない方法がある」

「それは?」

「権力だ。正しく、かつ強い権力があれば、多くの人々を幸せにし、誰からも利用されたりはしない」


 ペローは眠り姫の目を真っ直ぐ見つめて言います。

 

「この国の女王になれ眠り姫。もうすぐ開かれる武闘会に優勝するんだ」

「あなたの言葉を信じます、ペロー。私はより多くの人々を幸せにする力を手に入れます」


 こうして眠り姫は武闘会に出場することを決意しました。

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