第9話 我流斧使い・赤ずきん 後編

 武闘会に参加した赤ずきんですが、人狼の武闘姫プリンセスがいるかも知れないという不確かな噂以外は何も知りません。顔も名前も、どこにいるのかも分かりません。

 ですので赤ずきんはひとまず手当り次第に武闘姫プリンセスと戦うことにしました。とにかく戦い続ければいつか人狼の武闘姫プリンセスと当たるからです。

 ですが何人倒しても人狼の武闘姫プリンセスとは遭遇できませんでした。

 

 しだいに自分は何をやっているのだという苛立ちがつのります。

 人狼の武闘姫プリンセスは本当にただだの与太話か、あるいは人狼たちが赤ずきんを惑わすために広めた嘘ではないかと疑い始めた頃、赤ずきんは、シェイクの街を訪れます。

 血の匂いを漂わせるずきんをかぶった赤ずきんに街の人々は怯えてしまいます。

 

 彼女に同行するハピネスがいるおかげで、武闘会に参加している武闘姫プリンセスだとわかりますが、そうでなければあっという間に憲兵がやってきたことでしょう。

 街で買ったパンを公園の長椅子で食べていると、いきなり隣に誰かが座ってきました。

 町の住民怯えて赤ずきんに近づかないというのに、彼は平然としています。

 

「やあ、君が赤ずきんだね」

 

 赤ずきんは彼の横顔を見ますが、フードを深くかぶって顔を隠していました。

 

「誰?」


 彼は名乗らず、ただフードをめくって素顔を見せるだけです。でも、それだけで赤ずきんは誰かわかりました。

 

「この国の王子が私になんの用?」


 人狼を殺すことしか興味のない赤ずきんでも、チャーミング王子は知っています。

 

「武闘会中に悪いけど、君にどうしても手伝ってほしいことがあるんだ」

「断る」


 赤ずきんは内容も聞かずにバッサリと断りました。どんなことであれ、人狼を殺す以上に大事なものはありません。いくらこの国の王子様のお願いでも、関わっている暇は無いのです。

 赤ずきんは長椅子から立ち上がり、足早に去ろうとします。

 

「人狼を殺してほしい」

「……」


 王子の一言で赤ずきんは足を止めました。

 

「この近くに人狼が一人ひそんでいる。君にはそれを始末してほしいんだ」


 いい天気ですねと世間話をするかのような調子で、王子はニコニコしながら言いました。


「数ヶ月前に白山羊騎士団の人が来て、人狼殺しは自分たちがやるから出しゃばるなと言ってきたわ。今更どうして私に?」


 もちろん赤ずきんは騎士団の忠告を無視して人狼殺しを続けていました。

 とはいえ騎士団には面子があります。それを今更曲げてくる理由が分かりませんでした。

 

「確かに我が国が誇る白山羊騎士団は7人全員が剣と魔法の達人だ。普通の人狼が相手なら問題はないだろう」


 王子の”普通の”という言葉に赤ずきんは含みを感じました。

 

「なら、今回は普通ではないと?」

「ああ。その人狼は武闘姫プリンセスだ」


 赤ずきんの目が殺意で光ります。

 

「すでに参加者として登録されているから、騎士団が殺すと少し面倒なんだ。でも、武闘姫プリンセス同士の戦いで死ぬのなら、試合中の事故として処理できるからね」

「そっちの都合は興味ない。早く人狼の居場所を教えなさい」


 理屈の組み立てなど赤ずきんは興味ありません。人狼を殺す。その一点のみが大事なのです。

 王子は「せっかちな女の子だな」と苦笑いをします。


「この街の南にある、一文字斬りの谷に人狼の武闘姫プリンセスがいるよ」

「分かったわ」


 赤ずきんはすぐに出発しました。

 そして王子は彼女の背中をゾッとするような笑みで見つめていたのです。

 


「本当に武闘姫プリンセスがいるの?」

「僕以外のハピネスの気配を感じる。間違いないよ」


 ハピネス371が確信を持った声で答えます。

 

「それにしてもこの谷には随分不自然ね。谷というよりも大地に出来た亀裂ね」

「実際そのとおりだよ。神代に剣士の武闘姫プリンセスが戦った時、彼女が放った縦の一文字斬りで生じた亀裂がこの場所なんだ」


 それを聞いたシンデレラは上を見ます。平原に谷を刻み込んだ神代の武闘姫プリンセス。その実力はどれほどのものだったのでしょうか。


「その時代に生まれたかったわ。そうすれば私は……」

 

 その時、谷の上から少女が飛び降りてきました。

 足を滑らして落ちたのか、あるいは身投げかと思いましたが、違います。

 彼女はあきらかに攻撃の意思を示していました!

 少女は斧を叩きつけようとします!

 

「ドレスアップ!」


 シンデレラは武闘礼装ドレスをまとい。少女の落下攻撃を避けます。

 少女の斧が地面に叩きつけられると、衝撃で谷底に長い亀裂が刻まれました!

 

「あなたは一体?」


 これまで強い闘志をぶつけていくる武闘姫プリンセスはいましたが、この少女は違います。底がまるで見えない膨大な憎悪が彼女から溢れていました。

 

「私は赤ずきん。おまえたち人狼は殺す」


 赤ずきんは斧を構え、憎しみがこもった目でシンデレラを睨みつけます。

 

「私は人狼ではないわ」

「……」


 しかし赤ずきんは全く信じていません。

 すでにシンデレラと赤ずきんのハピネスは飛び上がり、戦いの成り行きを見守る姿勢に入っています。

 ドン! という爆砕音とともに赤ずきんが跳躍します。跳んだ瞬間に足元の地面が砕けるほどの脚力でした。

 

 瞬きするほどの僅かな時間で赤ずきんはシンデレラの間合いに飛び込みます。

 ブンブンと赤ずきんは斧を振り回しますが、シンデレラはそれと次々と避けていきます。

 赤ずきんの斧さばきは大雑把で簡単に次の攻撃が予測できます。逆に言えば、予測できないと回避できない速度が赤ずきんの攻撃にありました。

 拙い技量を補って余りある身体能力! それが赤ずきんという武闘姫プリンセスでした。

 シンデレラはいったん離れます。

 

「お願い、信じて! 私は人狼ではないわ」

「ここに人狼の武闘姫プリンセスがいると聞いた。お前でなければ誰だというの!?」


 もう一度説得しようとしますが、全く耳を貸してくれません。


(戦うしか無いわね)


 覚悟を決め、シンデレラはガラスの時間を10%の出力で使います。

 シンデレラは赤ずきんは突進してくると考えました。我流のパワーファイターである彼女ならそうしてくるはずです。

 ところが赤ずきんが突進せず、かわりに一抱えはある岩に斧を叩きつけます。


 凄まじい衝撃で岩が砕け、鋭く尖った無数の破片がシンデレラに襲いかかってきました!

 破片が飛来する範囲は広く、しかも猛烈な速度で迫ってきます。避けるよりも防御したほうが良いとシンデレラは判断し、破片を弾き飛ばして防御します。

 

 ですが、それこそが赤ずきんの狙いだったのです!

 なんと赤ずきんは破片とともに自らも突っ込んできたではありませんか!

 砕いた岩の破片で攻撃したのは足止め! 直接攻撃を当てるための布石だったのです!

 自分の不備と長所を理解した連続攻撃!

 赤ずきんの首を狙った斧の一撃を鋼のガラスで作った手甲で防御します。


「があああああ!!」


 赤ずきんは防御されても構わず斧を振り抜きました。

 シンデレラは横にふっ飛ばされてしまい、そして崖肌に叩きつけられます。

 

「なんて力なの」


 鋼のガラスで作った手甲にヒビが入っていました。シンデレラにとって初めての経験です。

 再び赤ずきんの攻撃!

 シンデレラはその場で座り込むようにして避けます。

 赤ずきんの斧がシンデレラの頭上をかすめ、崖肌に食い込みます。


 この時、斧の刃が食い込んでしまい赤ずきんの動きが一瞬だけ止まりました。もちろん、それを見逃すシンデレラではありません!

 シンデレラは両手を地面につけ、全身のバネを使って両足を赤ずきんの腹に叩きつけました。

 斧から赤ずきんの手が離れ、彼女の体は放物線を描いてふっ飛ばされます。

 

 武術を全く身につけていない赤ずきんは受け身を取れずに地面に叩きつけられました。

 ですが身体能力の高さだけでなく、タフネスさも兼ね備えているようで、赤ずきんは特に痛手を受けた様子もなく立ち上がります。

 とはいえ、赤ずきんの斧は崖肌に刺さったままです。ひとまず武器を失わせた点においてシンデレラは一歩リードできました。

 

「武器がなくとも!」


 ですが赤ずきんは構わずシンデレラに殴りかかってきます。

 相手が拳を突き出すタイミングと同時にシンデレラはバックステップ!

 これで赤ずきんの拳は一歩届かず……そのはずでした!

 ですが! 実際は! シンデレラは見えない拳に殴られたかのようにふっ飛ばされたのです!

 

(魔法!? いえ、これは!)


 シンデレラは受け身をとってすぐに立ち上がりました。

 

(音を超える速度の拳は衝撃波を出すと聞いたことがあるわ)


 そう! 想像を絶する身体能力を持つ赤ずきんの拳はまさに音速を超え、その衝撃波がシンデレラに襲いかかったのです!

 なんと恐ろしい武闘姫プリンセスなのでしょうか!

 赤ずきんは弓を引くように拳を引き、再び音速を超えた一撃を繰り出す姿勢に入ります。

 相手が動く前にシンデレラは動き、吐息がかかるほどの超至近距離まで間合いを詰めました。

 

「つっ!」


 赤ずきんは拳を突き出しますが、この距離では十分な速度を得られず、衝撃波は生じません!。

 それでも構わず赤ずきんは殴りかかってきました。

 繰り出される拳をシンデレラはチョップで外側に打ちます。そしてすかさず赤ずきんの首をチョップで打ちました。


 ですが首を打たれたというのに、赤ずきんは虫が止まったかのように平然としていました。

 赤ずきんは自分の首を打ったシンデレラの手甲を掴み、全力で握りしめます!

 シンデレラは急いで腕を手甲から外しました。直後に鋼のガラスで作られた手甲が粉々に握り砕かれました。一瞬でも引くのが遅れたら、腕も砕かれていたことでしょう。


 シンデレラは衝撃波を防ぎましたが、しかし決定的な有利ではありません。赤ずきんの怪力は十全に発揮されなくとも脅威!

 それから至近距離での攻防が繰り広げられます。

 赤ずきんの拳や蹴りを、衝撃波が出る速度に達する前にシンデレラが防ぎます。

 シンデレラはそこから反撃に生じますが、赤ずきんは持ち前のタフネスさであえて受け、そのまま次の攻撃を繰り出します。

 

 ここで読者の皆様は不思議に思うことでしょう。

 なぜ、シンデレラはガラスの時間の出力をあげないのか? と。

 実際、戦いが始まってからの彼女は、安全圏の10%を超えてガラスの時間を使っていません。

 いくら赤ずきんがタフでも、ほんの一瞬だけガラスの時間の出力を上げれば、倒せる可能性は十分にあります。

 

(赤ずきんが武闘姫プリンセスなら、もうすぐ私が人狼でないと分かってくれるはず)

 

 理由はただ一つ。赤ずきんの誤解を解くためです。そのためにシンデレラは積極的に相手を倒そうとしていないのです。

 


 赤ずきんは激しい攻防の中、戸惑いを覚えつつありました。

 

(なぜ? なぜ手を抜いているの?)


 シンデレラは未だに人の姿のままです。もし彼女が人狼であるのなら、とっくに狼に変身しその恐るべき力を奮っているはずです。

 赤ずきんはそんな自分の戸惑いが、憎悪の炎に水を指していると感じます。

 彼女の武闘礼装ドレスな憎悪を力に変換する能力を持ちます。己を破滅させそうなほどの憎悪があったからこそ、我流でもここまで戦ってこれたのです。

 

(憎め! 憎め! 目の前の人狼を殺せ!)


 赤ずきんは自分を鼓舞しますが、憎悪の炎は燃え盛るどころか少しずつ消えつつすらありました。

 

(なぜ!? どうして!? 人狼が目の間にいるのに!)


 憎みたくとも赤ずきんの心のどこかが、”まった”を掛けていました。

 

『信じて、私は人狼ではないわ』


 その時、赤ずきんはシンデレラの声を聞きました。それは耳で聞くものではなく、心で聞き取ったものです。

 いつの間にか拳を通じて、シンデレラの心の声を赤ずきんは受け取っていました。


(そんな言い訳が……)


 しかし心で聞いたからこそ、それは口先の言葉よりずっと信ずるに値するものでした。

 その時、赤ずきんとシンデレラの拳を繰り出すタイミングが同じになり、二人の拳が正面からぶつかり合いました。

 

(ああ!)


 その瞬間、赤ずきんは理解しました。

 人狼とは悪党から生まれる怪物です。その心はおぞましい悪心の腐臭に満ちています。

 ですがシンデレラはどうでしょうか? 彼女の心はガラスのように透き通っています。

 ひたすらに己を高めることを追求し、他の武闘姫プリンセスとの力比べを望む。それがシンデレラです。

 シンデレラに一切の悪心なし! 拳を通じ、赤ずきんはそれを理解したのです。

 

「勘違いしてごめんなさい」


 赤ずきんは拳を下げ、変身を解除します。


「拳で語ればきっと分かってくれると思ったわ」 

「お詫びにはならないけど、私が持っているドレス・ストーンを全て渡すわ」


 赤ずきんはこれまで倒してきた武闘姫プリンセスのと、自分自身のドレス・ストーンを渡します。

 憎悪を力に変える自分の武闘礼装ドレスに、頼り切っていたかも知れないと赤ずきんは思います。そのせいで、視野が狭くなり、無関係の人を殺そうとしたことを恥じました。

 

「あなたのドレス・ストーンだけは返すわ。これからも必要でしょう」


 シンデレラは赤ずきんのドレス・ストーンだけは彼女に返します。

 

「ありがとう。そしてもうこんな事をしないよう、気をつけるわ」


 赤ずきんは崖肌に刺さったままだった斧を回収し、シンデレラの元から立ち去ります。赤ずきんのハピネスもそれに続きました。

 


「ドレス・ストーン返しちゃったんだ。まあ、赤ずきんが倒した他の武闘姫プリンセスのドレス・ストーンはもらってるから1つくらいは良いだろうけど」


 戦いが終わり、ハピネス371がシンデレラの肩に止まります。

 その時、シンデレラは素早くハピネスを捕まえました。

 

「いい加減にしなさい」


 いつも無表情なシンデレラが怒りをあらわにします。

 

「え!? え!? な、なんのこと!?」

「しらばっくれないで。あなたの背後にいるなにがしが、赤ずきんを騙して私と戦わせたことは分かっている」

「うっ……」


 シンデレラに睨まれたハピネス371は押し黙ります。

 

「あなたの本当の主人に伝えなさい。強い相手と戦えるのは歓迎するけれど、誰かを騙すのはやめろと。使い魔なのだから伝わるでしょう」

「わ、分かったよ」


 シンデレラはハピネス371を放し、谷の外へ向かって歩きだします。

 今のやり取りで怯えたハピネス371は少し離れてついていきました。

 


「おやおや少し嫌われちゃったかな。怒った顔のシンデレラもかわいいな」


 お城の自室でチャーミング王子が笑みを浮かべます。

 彼はこれまでの戦いと同じように、ハピネス371が見聞きしたことを映す魔法の水晶玉を使ってシンデレラの行動を見ていました。

 

「でも、さすがにちょっとやりすぎたか。彼女に心から嫌われるのは僕の本位じゃないからね」


 王子はシンデレラが映る水晶玉にそっと口づけしました。

 

「大好きだよ、シンデレラ。これからも戦って、僕をもっと好きにさせてくれ」

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