第8話 我流斧使い・赤ずきん 前編

 森の中にある木こりの村には可愛らしい女の子が住んでいました。

 ある日、女の子はお使いで村外れに住んでいるお婆さんの家に行きました。

 女の子は出かけるときはお気に入りの白いずきんとブローチを身に着けていきました。

 白いずきんはシルクのように上等なものではなく、ブローチも使っている石は宝石ではありませんでしたが、大好きなお婆さんが誕生日に贈ってくれたものです。

 

「おばあちゃん、お母さんから届け物よ」


 玄関をノックしますが返事はありません。何度かノックしたり、大きな声で呼びかけますがそれでもお婆さんは出てきませんでした。

 外出中でしょうか? それともまだ眠っているのでしょうか?

 赤ずきんがドアノブに手をかけると、鍵はかかってないとわかります。

 

「おばあちゃん?」


 家の中に入ると、そこで恐ろしい光景が待っていました。

 お婆さんの寝室は血まみれでした。そしてベッドの上で冷たくなったお婆さんの姿があります。

 とても、とてもひどい死に方をしていました。人がやったとは思えません。なにか恐ろしいけだものがお婆さんを食い殺していたのです。

 

「いやあああ!」


 信じられないほど恐ろしいものを見た赤ずきんは、我を忘れて村へと逃げ帰ります。

 大人たちにお婆さんのことを教えなければ。そう思った女の子ですが、それは心の中のごくごく一部で、それ以外の殆どはとにかく恐ろしいものから離れたいという気持ちです。

 村に帰れば、家に帰れば、恐ろしいものから逃げられる。女の子はそう思っていました。

 でも、逃げた先に待っていたのは、地獄でした。

 朝出かけたときはみんな元気だったのに、今は惨たらしく殺されています。

 

「お父さん! お母さん!」


 家の裏手にある薪割り台のそばで女の子の両親は殺されていました。

 

「生き残りがいたぞ」

「まだ小さい女の子じゃないか。こいつは運がいい」


 二人の男が現れます。よそ者でした。おそらくこの二人が村人を殺したのでしょう。

 二人は荷台に金目の物や食べ物を載せています。村人たちから奪ったものでした。彼らは盗賊に間違いないでしょう。

 

「おい、まだ食う気か? さっき村外れで婆さん人食っただろう」

「ここ最近普通の食い物ばっかで、人肉は久々なんだぞ。あんなんじゃ満足できねえよ。お前だって、ババアより女の子の肉を食いたいだろう」

「まあな」


 二人の男は変身します。それは人のような狼でもあり、狼のような人でした。

 人狼と呼ばれる魔物が男たちの本性でした。

 人狼の一人は女の子を捕まえると首を締め上げ余す。

 

「う……あ……」


 息ができなくて女の子の視界が霞んでいきます。

 

「ああ、たまんねえぜ。小さい命がよ、俺の手の中で儚く散っていくんだぜ」

「早くしろよ変態」


 女の子の首を絞める人狼は恍惚とした表情を浮かべ、もう片方は呆れた顔をします。

 今まさに死の淵に立たされている女の子から、不意にある感情が湧き上がりました。それは心が壊れないようにするためなのか、あるいは心が壊れてしまったからこそ出てきたものかはわかりません。

 女の子に芽生えたのは憎悪でした。

 

 大好きなお婆さんと両親。それに助け合って行きてきた村人たち。それを無残に殺していった男たちへの憎しみが、間欠泉のごとく女の子の心に吹き出していきます。

 すると胸のブローチが熱を帯び始めます。まるで女の子の心に応えるかのようでした。

 女の子が自分の首を絞める人狼の腕を掴みます。

 直後、ボキリと骨が砕く音が響きました。

 

「ぎゃあああ! 腕が、腕が!」


 人狼は思わず手を話します。

 開放された女の子は、即座に人狼の顎に回し蹴りを叩き込みました。

 その威力は凄まじく、勢いで人狼の首が360度曲がりました。

 人狼は壊れた操り人形のように倒れます。

 

「そんな、馬鹿な。このガキ、武闘姫プリンセスだと!?」


 いつの間にか女の子の服が武闘礼装ドレスへと変わっていました。いかなる運命の悪戯か、彼女のブローチに使われている石はドレス・ストーンだったのです!

 女の子は薪割り台のそばに落ちていた斧を拾い上げます。

 

「な、なんだ! そ、それでどうするつもりだ!?」

「……」


 女の子は答えません。

 もうひとりの人狼は、女の子が斧で何をするのか本当は分かっていました。でも、恐ろしさのあまりに思わず問いかけてしまったのです。

 恐ろしい怪物であるはずの人狼はもはや完全に怯えきっていました。

 女の子は斧を構えます。

 

「よ、よせ。俺は人狼の長の息子だ! 殺せば親父が黙っていないぞ!」

「人狼は皆殺しにする。なら、どの順番で殺そうが変わらない」


 女の子が斧を振るいます。


「やめろー!」


 斧が人狼の首をはねました。

 真っ赤な血が断面から噴水のように吹き出します。血の雨を浴びた女の子の白いずきんは、真っ赤に染め上げられました。

 村を襲った人狼は、自分たちに長がいると言っていました。

 不思議の国のどこかに人狼の里がある。女の子はその場所を見つけるために旅立ちました。


 旅の中で、長の息子が殺されたと知った人狼たちが女の子に襲いかかりますが、彼女はすべて返り討ちにします。

 一人、また一人と人狼を殺すたびに女の子のずきんは血で染まり、いつしか彼女は赤ずきんと呼ばれるように成りました。

 ある日、今までよりも手練の人狼が赤ずきんに襲いかかりました。

 彼は戦いの最中、赤ずきんの斧を弾き飛ばして泉に落とします。

 

「いくら武闘姫プリンセスといえども丸腰で人狼に勝てるわけが……」


 セリフを全部言い切る前に赤ずきんの拳が人狼の顔面に叩き込まれます。

 そして赤ずきんは人狼に馬乗りになって殴りつけます。

 

「ま、待て……まい……助け……」


 赤ずきんは人狼が動かなくなるまで何度も何度も殴りました。

 それから泉に落ちてしまった斧を回収しに行きます。人狼は素手でも殺せますが、やはり武器を使ったほうが便利です。

 赤ずきんが泉に入ろうとした時、なんと泉から女神が姿を表しました。

 

「あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」


 女神の両手にはキラキラと光る斧が握られています。


「いいえ、私が落としたのは普通の鉄の斧よ」

「素晴らしい。正直者のあなたには金と銀の斧も授けましょう」


 ですが、赤ずきんは「いらない」と言って、金と銀の斧を泉に投げ捨てました。

 

「金も銀も、鉄より柔らかい。こんなものじゃ人狼を殺せない」

「よろしい。では鉄の斧に魔法を掛けましょう」


 贈り物をぞんざいに投げ捨てられても、女神は少しも怒りませんでした。

 女神の指から光の粒子が現れて、赤ずきんの斧に触れます。

 

「何をしたの?」

「あなたの斧に不滅の魔法を掛けました。その斧は決して刃こぼれせず、また壊れません」

「……ありがとう」


 人狼との戦いに大変有用なものを授けられ、今度はちゃんとお礼を言いました。

 女神から授かった不滅の斧を使って赤ずきんは更に人狼を殺していきます。

 そしてついに人狼の里を見つけたのです。

 

「ドレスアップ」


 赤ずきんは武闘礼装ドレスをまとって人狼の里に突撃します。

 

「殺せ! 赤ずきんを殺せ!」


 これまでの旅で赤ずきんは何人も人狼を殺してきましたが、里ではまだまだたくさんいました。

 いくら武闘姫プリンセスといえども、人狼を相手に多勢に無勢では赤ずきんも無傷ではいられません。

 傷つきながらも赤ずきんは懸命に戦い、人狼たちの屍の山と血の河を作りました。

 そしてついに人狼の長を追い詰めました。

 

「お前の仇はもう殺しているだろう。どうして我々を殺す」

「お前たちが人狼だからだ」


 赤ずきんは答えます。

 

「我々の中には人を喰らわず、金は奪っても命は奪わない者もいる。どうして殺す」

「お前たちが人狼だからだ」


 赤ずきんは答えます。

 

「私は同胞たちを律し、最低限の犠牲のみで、人狼の獣性から人々を守っている。どうして殺す」

「お前が人狼だからだ!!」


 赤ずきんは答えます。

 人狼はただの一人も善良なるものはいませんでした。

 確かに家族の仇は殺しました。でも、人狼は多くの人々の命を奪います。

 命だけが助かってもお金がなければ生きていけません。人狼にお金を奪われたせいで、食べ物を買えずに餓死した人々がいました。

 

 最低限の犠牲? そもそも人狼が人を喰らわず、何も奪わず、普通の人として過ごしていれば犠牲などありません

 人狼の長が垂れ流す欺瞞に、赤ずきんの憎悪はますます燃え上がります。

 

「お前たち人狼は、人の邪悪さ、卑しさが形となって現れたものだ。殺す理由は数え切れないほどあるが、見逃す理由は一つもない!」


 赤ずきんは沢山の人狼と戦ってきましたが、彼らはただの一人も良心を持っていませんでした。一人の例外もなく、悪心の腐臭を漂わせているのです。

 人狼とは初めからそのように生まれる魔物ではありません。赤ずきんが言うように、悪心が人を人狼に変えるのです。

 ゆえに、人狼は例外なく悪人で、少しでも良心が残っているのならば、人は人狼になりません。


「世の中の難しさを知らぬ小娘の分際で!」


 もはや人狼の長は取り作ろうとしません。人狼本来の姿に変身し、赤ずきんに襲いかかります。

 悪党のみの人狼を束ねていただけあって、人狼の長の実力は恐るべきものでした。

 赤ずきんは襲ってくる人狼の長めがけて斧をふるいますが、人狼の長は斧の側面を裏拳で弾きます。

 

 武器を弾かれて体勢を崩した赤ずきんは、人狼の長の拳をみぞおちに受けてしまいます。

 赤ずきんの体が砲弾のように吹っ飛び、背後にあった家に叩きつけられます。

 衝撃で家は崩れ赤ずきんは瓦礫に埋もれてしまいました。

 

「ふん。力は大したものだが、技量お粗末だな」


 赤ずきんはもともと武術を習っておらず、武闘姫プリンセスのパワーのみで人狼と戦ってきました。

 今まで戦ってきた人狼も武道の素人だったのでなんとか殺せましたが、人狼の長さは違います。彼はあきらかに武道の修練を積んでいました。

 瓦礫が弾け飛び、中から赤ずきんが飛び出してきます。

 

 胴体を真っ二つにする勢いで赤ずきんが斧を横薙ぎにふるいます。

 ですが、人狼の長は飛び上がって攻撃を避け、それどころか斧の上に着地したではありませんか。

 赤ずきんは斧の上から人狼の長を振り落とそうとします。


 人狼の長は再び飛び上がると、踵落としを赤ずきんに叩き込みます。

 赤ずきんは前のめりに倒れ、すぐに起き上がろうとしますが、人狼の長が彼女の背中を踏みつけて抑えます。

 

「未熟者め」


 赤ずきんは力ずくで立ち上がろうとしますが、人狼の長はそれ以上の力で踏みつけてきます。

 

「全く手間を掛けさせる。だが、これでもうお終いだ」


 いつの間にか人狼の長の手には赤ずきんの斧が握られていました。

 

「お前の首を眺めながら、お前の肉を食らってやる。なかなかオツなものだろう。ははははは」


 あざけ笑う人狼の長を見上げる赤ずきんの目に、これから殺されてしまう絶望や屈辱はありません。

 その心にあるのは、ただただひたすらに憎悪のみでした。

 その憎悪が赤ずきんに力を与えました。彼女の武闘礼装ドレスにそういった能力があるのかも知れません。いずれにせよ、より強い力を得た赤ずきんは人狼の長の脚をはねのけて立ち上がりました。

 

「なに!?」


 人狼の長は驚き、体勢を崩し掛けましたが、倒れなかったのはさすがでしょうか。

 

「ええい、しぶとい!」


 人狼の長は殴りつけようとしますが、それよりも早く赤ずきんの右フックが彼の顔面に叩きつけられました。

 

「ぐわぁ!」


 殴られた人狼の長はよろめきます。そこに赤ずきんの左フックが叩き込まれました。

 

「ぐはっ!」


 赤ずきんは再び右フックを叩き込みます!

 人狼の長はよろめき、赤ずきんはまた左フックを叩き込みます!

 右! 左! 右! 左! 右! 左!

 左右から殴られる人狼の長はまるでメトロノームのよう揺れ動きます。

 赤ずきんは何度も何度も殴りました。いつまで? 殴り殺すまでです!

 

「ま、待て。降参だ。何でもするから見逃してくれ」


 殴られ続けて親ですらわからない顔になってしまった人狼の長が涙ながらに命乞いします。

 

「何でも? お前は何でもと言ったの?」

「ああ! そうだ。許してくれるな何でもする」

「何でもと言うなら、今すぐ死ね!」


 赤ずきんは渾身の右ストレートを人狼の長の胸に叩きつけました。

 

「うぎゃあああ!」

 

 凄まじい衝撃が人狼の長に襲いかかります。胸骨は粉々に砕け、心臓は風船のように破裂しました。

 こうして赤ずきんは人狼の里の者たちをひとり残らず皆殺しにしたのです。

 ですが、赤ずきんの戦いは終わりませんでした。人狼は里にいるのが全てではないからです。

 

 この世から人狼が根絶やしになるまで、赤ずきんの憎悪は決して消えることはありません。

 そして、不思議の国で武闘会開催が迫ったある日、赤ずきんは一つの噂を耳にします。

 武闘姫プリンセスとなった人狼がいて、武闘会に参加し、この国の女王になろうとしている。

 

 それはほとんど与太話に近い噂でしたが、人狼への憎しみで心が支配されている赤ずきんにとっては無視できません。

 武闘姫プリンセスである赤ずきんは武闘会への参加資格を持っています。

 

「人狼の武闘姫プリンセスは必ず殺す。人狼は全て殺す!」


 もし人狼が女王になったら不思議の国はおしまいです。しかし、赤ずきんに国を守ろうとする正義感はありません。

 あるのはただ憎しみのみです。

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