第6話 竹取流忍法・かぐや姫 前編

 この不思議の国には月明かりの竹林と呼ばれる場所があります。

 そこに生息する竹は昼間の光を吸収し、夜になると発光する奇妙な性質を持っていました。その光は淡く月明かりのようで、この国では夜の明かりとして重宝されております。


 月明かりの竹林には竹取の翁と呼ばれる男がいました。彼は30年ほど前に日之出の国から不思議の国に流れ着き、光る竹を取って生計を立てていました。

 竹取の翁には、大変美しい孫娘がいました。

 艷やかな黒髪はまるでお姫様のようで、孫娘は人々からかぐや姫と呼ばれるようになります。

 

 かぐや姫が14歳の時、5人もの貴族から求婚を受けます。

 まず5人それぞれの貴族の人なりを知るために、かぐや姫はお見合いをすることにしました。

 

「よくぞいらっしゃいました。本日はごゆっくりお寛ぎください」


 一人目の貴族であるストーン卿へ会いに行ったかぐや姫は大変歓迎されました。

 

「さあさあ、まずはお茶をどうぞ。王族の方の嗜まれている質の良い茶葉ですよ」


 ですがかぐや姫はニコニコと笑みを浮かべるだけで、お茶を飲もうとしません。

 

「このお屋敷、少し前までは空き家だったそうですね」

「ええ。実はもともと住んでいた屋敷は改装中でして、その間の仮住まいとして買い取りました」

「ところで、お話は変わりますが、王都で確認したところ、ストーン卿などという貴族は存在しないそうです」

「……」


 かぐや姫がコロコロと笑うと、貴族の表情が険しくなります。

 

「随分と上手く化けていますね」


 ストーン卿は答える代わりに、何かをかぐや姫に投げつけました。

 ですがかぐや姫はそれを受け止めます。

 投げつけられたものは、手裏剣と呼ばれる投擲武器でした。

 

「よく気づいたな」


 ストーン卿と名乗っていた男が正体を表します。

 彼は忍者だったのです!

 

「すでにお前は袋のネズミだ!」


 周囲にいた使用人たちも正体を表します。もちろん忍者です!

 忍者たちは刀や鎖鎌を取り出し、かぐや姫に襲いかかろうとします。

 その時です! かぐや姫はその場で高速回転しました。

 次の瞬間、竜巻のようになったかぐや姫から無数の手裏剣が放たれます。

 忍者たちは突然の手裏剣攻撃を避けきれず、一瞬で全滅します。

 

「やるな、さすがは竹取流の次期家元と目される忍者だ」


 ストーン卿だけは無事でした。彼の周囲にはいくつもの石つぶてが浮遊し、それで全方位手裏剣を防御していたのです。

 忍者は忍法と呼ばれる独特の魔法を使います。彼は石や岩を自在に操る忍術の持ち主で、床の大理石から石つぶてを作っていたのです。


「俺の石忍法を喰らえ!」


 浮遊する石つぶてがかぐや姫に襲いかかります!

 しかしかぐや姫は石つぶての合間を縫って見事回避! それだけでなく手裏剣で反撃すらしました!

 

「無駄だ!」


 ですがストーン卿の前にはいくつもの石つぶてが防御網として立ちはだかります。

 かぐや姫の手裏剣は石つぶてに当たり跳ね返ります。その後、別の石にあたってまた跳ね返ります。

 何度も石にあたって跳ね返るのを繰り返すうちに、なんと手裏剣は石つぶての防御網を通り抜けたのです。

 

「馬鹿なーっ!?」


 それがストーン卿最後の言葉でした。その直後に、手裏剣が彼の眉間に突き刺さります。

 手裏剣の乱反射が単なる偶然ではありません。それはかぐや姫の顔を見れば分かるでしょう。

 かぐや姫は浮遊する石の配置を完全に見抜き、反射してストーン卿に当たるよう手裏剣を放っていたのです。


「仕留めたようだな」

 

 窓から入ってきたのは忍者装束に身を包んだ竹取の翁でした。

 

「はい、お祖父様」


 竹取の翁はかぐや姫仕留めた忍者の服をはぎます。その首筋には1つの丸を8つの丸が取り囲んでいる入れ墨が掘られていました。

 

「九曜紋の入れ墨。やはり望月流の忍者か」

「我ら竹取流を追放したという?」

「そうだ。お前が生まれる以前、望月流と竹取流は帝に仕える忍者の流派だっが、政治闘争で望月流に敗北した我らはこの不思議の国に流れついた」

「それが今になったなぜ? 竹取流を追放したのなら、日之出の国における望月流の立場は盤石なはず」

「あれから30年もたっている。我らが知らぬ事情の変化があったのやも知れぬ」


 そこに新しく男と女の忍者が現れます。二人は竹取流の忍者で、かぐや姫の兄と姉です。


「鋼治、鳩美、他にもう敵はいないか?」

「は。屋敷内の敵はすべて打ち取りました」

「外にいる忍者も同様です」


 鋼治と鳩美と呼ばれた男女の忍者は竹取の翁に報告します。

 

「よし、では早速次に取り掛かろう。かぐやは残りの貴族を始末しろ。鋼治と鳩美は求婚してきた貴族以外に望月流がいないか調べろ」


 竹取の翁は厳格に、各々に命じました。

 それからかぐや姫はお見合いをするふりをして、貴族に化けた忍者たちを倒していきます。

 二人目の貴族、ホライ卿は金属を自在に操る錬金忍法の使い手でした。

 彼の屋敷にあるあらゆる金物が刃となって襲いかかりますが、かぐや姫はこれらを逆に自分の武器として利用し、ホライ卿を倒しました。

 

 三人目の貴族、ヒネズ卿は強力な火炎忍法使いであり、根城にしている屋敷ごとかぐや姫を焼き殺そうとします。

 しかしすでにかぐや姫は脱出しており、油断しているところを倒されてしまいました。

 四人目の貴族、ドラン卿はドラゴンに変身する竜化忍法を使ってきました。

 鋼よりも強靭な鱗に包まれた体になったドラン卿ですが、唯一柔らかい首元を切り裂かれて絶命します。

 

 そして5人目の貴族、スワロ卿は忍者としての訓練を受けた動物たちを操って襲いかかります。

 ですが予めかぐや姫が用意した毒霧によって忍者動物たちは全滅。本人はさほど強い忍者でなかったスワロ卿はあっさり倒されました。

 こうして求婚した貴族達はすべてかぐや姫に倒されたのです。

 

 ですが、この戦いはそれでは終わりませんでした。最後にして、恐ろしい敵が待ち受けていたのです。

 貴族に化けた忍者たちを倒したかぐや姫は、月明かりの竹林に戻ります。

 道中で彼女は待ち構えていました。満月の明かりに照らされるその姿を見れば、かぐや姫同様に日之出の国の民族であるとわかります。

 

「あの5人の忍者は望月流の中でもいい腕の持ち主だったけど。お前にとっては赤子の手をひねるも同然だったね」

「あなたは?」


 女は胸元をはだけます。するとそこには望月流を示す九曜紋の入れ墨がありました。

 

「私は望月千代女。望月流の家元よ」


 千代女は九曜紋が掘られたドレス・ストーンを取り出します。

 

「ドレスアップ」


 千代女は忍者装束の武闘礼装ドレスをまとった武闘姫プリンセスに変身しました。

 おお、何ということでしょう! 忍者にして武闘姫プリンセス! これ以上恐ろしい存在はいるでしょうか? 読者の皆様はどうか気をしっかり保ちください。

 対してかぐや姫も三日月型のドレス・ストーンを取り出して変身します。

 

「ドレスアップ」


 ああ! ああ! 忍者の武闘姫プリンセスが! 二人も! なんの変哲もない街道が、気の弱い者が発狂死しかねないほどのキリングゾーンとなりました。

 

「なぜ竹取流を狙う。日之出の国で栄華を極めている望月流にとって眼中にないはず」

「今まではそうだった。今は違う」

「……来年の武闘会が理由ね?」


 一人目の貴族との戦いの後、かぐや姫は30年もたってから望月流が竹取流を根絶やしにしようとする理由を考えていました。

 

「武闘会は武闘姫プリンセスであるなら誰でも参加ができる。他国の者ですら女王になれてしまう。日之出の国はそれを利用して不思議の国を征服するつもりでしょう。そのために邪魔になる武闘姫プリンセスを早めに始末しようとした」


 千代女は黙っていますが、ニヤリとした笑みが答えを示していました。

 

「竹取流は決して滅びない。家元が直接出てくるなら丁度いい。ここで望月流を倒す」


 かぐや姫は構えます。

 

「お前をこの国の女王にしてなるものか!」


 かぐや姫と望月千代女の戦いが始まりました。

 それは、人知を超えた域ではありましたが、忍法を使わないシンプルな格闘戦でした。

 小手先の忍法に頼ればむしろ負ける。二人はそう考えているのです。

 千代女はかぐや姫の首を狙って水平チョップを繰り出します。忍者のチョップは人の首を容易くはねるほどの威力を持ちます。

 

 かぐや姫もまたチョップを繰り出して迎え撃ちます。

 二人の腕がぶつかりあい、チョップとチョップの鍔迫り合いが生じました。

 徐々に押されていくかぐや姫。筋力は千代女のほうが僅かに上回っています!

 かぐや姫は後退しつつ手裏剣を投擲!

 千代女も手裏剣で迎撃!

 二人が投げた手裏剣が激突すると、あまりの衝撃にそれらは砕け散るほどでした。

 

「やるわね、ならこれはどうかしら!?」


 千代女は火炎忍法を応用して作った巨大な手裏剣を生み出します。

 

「望月流、炎熱十文字手裏剣!」


 夜闇を切り裂くそれは、まさに炎の流れ星でした。

 かぐや姫は飛び上がって回避します。炎の巨大手裏剣は背後にあった岩をバターのように切り裂きました。

 

「うかつね!」


 なんと千代女はすでにかぐや姫の上空にいました。かぐや姫が上に逃れると予測し、先回りして飛び上がっていたのです。

 

「望月流、稲妻落とし!」


 千代女が稲妻をまとった垂直落下の飛び蹴りを放ちました!

 空中のかぐや姫は避けきれず、技が直撃します。さらにはそのまま地面に叩きつけられました。

 

「いい勝負だったわ、かぐや姫。正直、ここでお前を倒せてよかった」


 踏みつけられたままぐったりとしているかぐや姫に千代女は言いました。

 その時、かぐや姫の体が小さな丸太に変わります。

 

「そんな、私が身代わりの術に気づかないなんて!?」


 身代わりの術は流派に関わらず、忍者なら誰もが出来る基本中の基本です。しかし、これはあくまで格下に対して使うもの。達人同士の戦いでは簡単に見破られる低レベルの忍法でした。

 にもかからず、千代女は身代わりの術に引っかかってしまいました。それはつまり、かぐや姫が千代女よりも遥かに……

 

「しまった!」


 千代女はとっさに振り向きます。そこにはチョップ突きを繰り出すかぐや姫いました。

 かぐや姫の腕が千代女の体を貫きます。

 

「なんという強さ……あなたと比べたら私は三流忍者ね」


 身代わりの術が成立したということは、かぐや姫と千代女にはそれだけの差があったのです。

 

「けど、負けてもお前だけは殺す!」


 千代女はかぐや姫に抱きついて拘束します。

 

「忍者とは影に生きて影に消える者! 望月流、火炎忍法:鳳仙花の型!」


 突如として大爆発が生じ、二人の忍者が炎に飲み込まれます。

 敗北を認めた千代女は、それでもかぐや姫を仕留めるために、自爆忍法を使ったのです。

 何ということでしょう。かぐや姫ははたして無事でしょうか!?

 


 竹取の翁と鋼治、鳩美はかぐや姫の帰りが遅いので、何かあったのかとても心配していました。

 

「戻りました」


 帰ってきたかぐや姫は、驚くべきことに全くの無傷でした。千代女から受けた自爆攻撃が無かったかのようです。

 

「心配したぞ」

「申し訳ありません、お祖父様。望月流の家元、望月千代女に襲われ、戻るのが遅れました」

「なんと」

「恐ろしい相手でした。倒せはしましたが、竹取流の奥義がなければ、無事どろこか生きて帰って来れなかったでしょう」


 こうしてかぐや姫たちは望月流の襲撃を無事に乗り越えました。

 それから1年後、15歳となったかぐや姫は、もうじき開かれる武闘会に参加する意思を竹取の翁に伝えました。

 

「武闘会に出ると?」

「はい。日之出の国は自国の者を武闘会で優勝させ、不思議の国を乗っ取るつもりです。私にとって生まれ育ったこの地が故郷。武闘会に出て、この国を守りたいと思っています」

「……」

「これはお祖父様の祖国に仇なす行為です。ですので、家族の縁を切っていただいても構いません」

「私はこの地に骨を埋めると心に決めている。ゆえに、不思議の国を守りたいという気持ちはお前と同じだ。よって縁は切らない。むしろ家族としてお前を快く送り出そう」

「ありがとうございます」


 頭を下げるかぐや姫に、竹取の翁は懐から巻物を取り出します。

 彼はそれを開いて、かぐや姫の前に差し出しました。

 

「お祖父様、これは……」


 巻物にはかぐや姫を竹取流の家元と認める旨が記されていました。

 

「お前は望月流の家元を倒すほどの力に加え、故郷を守らんとする志を持っている。よって私はお前を竹取流の新しい家元に任命する。これは鋼治と鳩美も認めていることだ」


 竹取の翁は短刀で自分の指を少し切り、巻物に血判を押します。

 

「お前も血判を押しなさい。その瞬間からお前は家元だ」

「謹んで、拝命します」


 かぐや姫も血判を押しました。

 

「それではお祖父様。行ってまいります」

「ああ。武運を祈っている」


 かぐや姫が外に出ると、鋼治と鳩美が待っていました。

 

「お供いたします」

「我々をあなたの手足としてお使いください」


 兄と姉がそのように振る舞うのを少しさびしく思うかぐや姫でしたが、それ以上に自分を家元として認める二人の信頼に応えねばならぬと気持ちが引き締まります。

 こうしてかぐや姫は不思議の国を日之出の国のから守るため、武闘会に参加したのです。

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