第3話 キャメロット一刀流・アリス 後編

 シンデレラは隣町にある武闘会参加の受付窓口までやってきました。窓口は不思議の国のあちこちにあり、ここはその一つです。


「武闘会の参加申し込みに来ました」


 係の人から渡された申込用紙に、シンデレラは書き間違えないよう慎重に自分の名前や生まれた年などを書いていきます。

 

「次はあちらに行ってください。貴方の使い魔を召喚します」

「使い魔ですか?」

「ええ。詳しいことは使い魔から聞いてください」


 シンデレラは係の人に言われた場所へと向かいます。

 そこは窓のない部屋で、床には魔法陣が描かれています。

 部屋にいた担当者が魔法陣を起動すると、光の中から青い鳥が現れます。

 

「こんにちは。僕はハピネス371。この武闘会の間、君に付き添う使い魔だよ」

 

 とても可愛らしい声で、使い魔は名乗りました。

 

「係の人は、詳しいことはあなたに聞けと行っていたけど?」

「うん、良いよ。説明してあげる。でも、こんなとこじゃなくて、お日様の当たる場所にしよう」


 外に出ると、ハピネス371はお日様の光を気持ちよさそうに浴びます。


「それじゃあ、あなたについて教えてくれるかしら」

「うん、いいよ。僕は審判役の使い魔なんだ」

 

 ハピネス371は「えっへん」と誇らしげに胸を張ります。

 

「武闘会の試合は基本的に何でもありバーリトゥードで、武器やトラップの使用も認めているけれど、それでも最低限のルールはあるから審判も必要ってわけ」

「最低限のルールというのは?」


 これから武闘会で戦うのですから、ルールの把握はとても大事です。

 ハピネスが教えてくれた武闘会規則は次のとおりでした。

 

武闘会規則

第1条 試合中は武闘礼装ドレスを着用しなければならない。

第2条 試合は一対一で行う。

第3条 相手からドレス・ストーンを奪ったものが勝者となる。

第4条 最も多くのドレス・ストーンを獲得した者が優勝する。

第5条 自分および他者のドレス・ストーンを破壊してはならない。

第6条 武闘会の開催期間は1ヶ月とする。

第7条 審判役の使い魔を傷つけてはならない。

第8条 試合の場所は国内に限る

第9条 武闘会終了後、ドレス・ストーンは元の所有者に返却される。


「ふう、ルールの説明していたらなんだかお腹が空いちゃったな。武闘会が始まる正午まで時間はあるから、なにか食べておこうよ。あっちからなんだかいい匂いがする」


 ハピネス371の視線の先には屋台がたくさんありました。

 

「仕方ないわね」


 シンデレラは屋台の方へと歩き出しました。

 


 正午! 武闘会の始まりを告げる鐘の音が町中に響き渡ります。

 

「シンデレラ、この町には他の武闘姫プリンセスが一人いるみたい」

「分かるの?」

「うん。僕たちハピネスはみんな心が繋がっているから、一緒にいる武闘姫プリンセスの場所もわかるんだ」


 シンデレラはハピネス371の案内で、町の中心にある噴水広場にたどり着きました。

 ちょうど同じタイミングで、向こうから騎士の少女が執事とともにやってきました。

 少女騎士の肩にも使い魔の鳥がいました。ハピネス371とそっくりです。

 

「我が名はアリス。アリス・キャロル。キャメロット一刀流の騎士なり」


 アリスは腰の剣を抜くと、それをシンデレラに突きつけます。


「あなたがあの不思議の国のアリスなのね」

「いかにも! 貴様の名は?」

「シンデレラ」


 彼女は淡々と名乗りました。

 

「戦う前に一つ訪ねたい。シンデレラよ。貴様は何を目的に女王を目指す」

「……」


 シンデレラはすぐには答えませんでした。

 

「私は騎士だ。王に仕える身であるにもかかわらず武闘会に参加しているのは、邪なものが優勝するのを防ぐためだ。そして万が一、誰もふさわしいものが居なかった場合は、私が女王となる」

 

 アリスは剣のように鋭い眼差しを向けてきました。

 

「私は貴様の信念を知りたい。答えろ、シンデレラ!」


 シンデレラは少し悩んだ後こう答えました。

 

武闘姫プリンセスなら勝負を通じて相手を理解するものでしょう?」


 シンデレラの言葉にアリスがはっと気付かされます。

 

「そうだな。たしかにそうだ。口先だけならどうとでも言える。そんなものよりも、剣や拳で語るほうが信用できる」


 アリスは自分のドレス・ストーンを使って変身します。

 

「ドレスアップ!」


 アリスの武闘礼装ドレスは青と白の鋼に覆われた重装鎧でした。

 

「さあ、お前の武闘礼装ドレスを見せてみろ」


 アリスに続いてシンデレラも変身し、白と黒の武闘礼装ドレスをまといました。


「「これより試合を開始するよ! 周りの人達は十分離れてね!」」


 シンデレラのハピネスとアリスのハピネスが同時に叫びます。

 アリスの執事や町の人達は、危険が及ばない距離まで離れて試合を見守ります。

 

「「両者構えて……始め!」」


 先制はアリスでした。彼女の鎧の隙間から光が噴出したと思った次の瞬間、数十歩あった間合いが一瞬でなくなりました。

 鈍重な鎧の武闘礼装ドレスをまといながらも、目にも留まらぬ速さの秘密がここにあります。アリスは鎧の隙間から魔力を噴出し、これを推進力としていたのです。

 

「チェストー!」


 アリスの太刀筋はわかりやすいほどに真っ直ぐです。しかしその速度は、生半可な実力では決して避けられないでしょう。

 シンデレラは両腕を掲げて防御します。

 硬いものが激しくぶつかった音が鳴り響きます。とても生身の腕で剣を受け止めた音とは思えませんでした。

 

「むっ!?」


 アリスはシンデレラの腕に透明な何かで覆われているのに気づきます。

 それは手甲でした。ガラスで作られているようですが、不思議なことにアリスの一撃を受け止めてもヒビ一つはいっていません。

 動きを止めたアリスにシンデレラが蹴りで反撃します。

 

 アリスが剣で蹴りを受け止めると、また硬いものがぶつかった音がします。

 シンデレラの足にはすね当てがありました。もちろんそれも異様に頑丈なガラスでできています。

 すぐさまシンデレラが拳を繰り出してきますが、アリスはこの攻撃を後ろに跳んで躱しました。

 

「その妙に硬いガラスが貴様の技か?」

「ええ、そうよ。鋼のガラス、ロードビス流の技の一つよ」

「魔力を物質化して武具とする流派は多いが、貴様のようなものは珍しいな」


 アリスが言うように、魔法を取り込んだ武術はそう珍しいものではありません。

 

「少し、本気を出さえてもらおう」


 アリスは剣を横向きにした構えに切り替えます。

 彼女が次に繰り出したのは、魔力噴出の突進力を使った刺突でした。

 シンデレラはアリスの刺突を裏拳で外側に弾きます。それによって相手のバランスを崩すつもりでしたが、一流の武闘姫プリンセスが相手ではそう簡単にはいきません。

 アリスは剣に加えられた裏拳の衝撃を逆に利用し、攻撃を刺突から回転斬りに変化させまいた。さらには魔力噴出を使って回転を加速させます。

 

 まるでねずみ花火のような光の旋回と共に、アリスの剣が横から襲いかかります。

 シンデレラはとっさにアリスの剣の腹を下から殴りました。

 ですがまたしてもアリスはその衝撃を利用し、回転斬りの方向を横から縦に変えてきました。

 下からすくい上げるような斬撃を、シンデレラはとっさに腕を交差させて受け止めます。

 

「うおおおおおお!!」


 アリスは雄叫びを上げながら、魔力噴出の出力をあげました。

 そして、シンデレラを天高く打ち上げられてしまいます!

 

「空中ならろくな防御も出来まい!」


 魔力噴出を駆使し、四方八方から襲いかかるアリス! シンデレラはどうにか鋼のガラスで出来た手甲で剣を受けて止めていますが、それでちゃんと防御出来ているわけではありません。なにせ、しっかりと踏ん張れる地面がないのです。

 アリスの恐るべき空中殺法の前に、シンデレラはまるで嵐に翻弄される木の葉のようでした。


 しかし!


(どういうことだ、攻撃するたびに手応えが遠のいていく)


 すでに何度も攻撃していますが、アリスは未だに決定的な一撃を与えられていません。

 アリスの剣がシンデレラに叩きつけられます。

 その瞬間、シンデレラの体が衝撃で縦に高速回転し、強烈な踵落としがアリスに叩きつけられます!


 自分の相手の力を利用する技を、シンデレラにやり返されたそのまま返されたアリスは地上に落下します。

 アリスは地面に叩きつけられ、石畳がクモの巣状にひび割れました。

 少し遅れてシンデレラが着地するのと、アリスが素早く起き上がるのは同時でした。

 

「やるな、シンデレラ。思った以上の実力だ」


 アリスは体についた砂埃を払います。

 

「そしてすまない。私はお前を見くびっていた。次は聖剣で相手をしよう」


 アリスは今まで使っていた剣を無造作に捨てます。

 

「いでよ我が聖剣! ヴォーパルソード!」


 光とともに邪竜ジャバウォックを討ち取った聖剣が現れます。

 

「次の一刀で決着をつける!」


 アリスの構えは最初と同じ、剣をまっすぐ立てたものですが、彼女の体から発せられる闘志は桁違いです。

 

「我がヴォーパルソードは形なきものを切り、さらには物と物のつながりそのもの断つ。貴様の鋼のガラスがいかに頑丈だろうと、防御は無意味と知れ」


 それこそがヴォーパルソードの力! キャメロット一刀流の聖剣は、使い手ごとに異なる魔法が宿るのです。


「チェエエストォォォ!」


 今までで一番大きな気合を発しながら、アリスが全身全霊の一刀を繰り出します!

 ですが次の瞬間、アリスは信じられないものを見ました。

 シンデレラはヴォーパルソードを白刃取りしたのです!

 

「馬鹿な」


 アリスが驚くのも無理はありません。今のシンデレラの動きはさっきとは比べ物にならない速さで、アリスには全く見えなかったのです。


「はっ!」


 シンデレラはヴォーパルソードを真っ二つにへし折ります。

 

(防御を……っ!)


 アリスがそう思った瞬間には、稲妻よりも早いシンデレラの拳が叩き込まれた後でした。

 凄まじい衝撃でふっ飛ばされたアリスは、背後にあった公園の噴水に叩きつけられます。

 そして砕けた噴水の瓦礫にアリスは埋もれてしまいました。

 シンデレラはアリスに歩み寄ります。ドレス・ストーンを奪わなければ決着はつかないからです。

 

「まだだ!」


 瓦礫をはねのけアリスが立ち上がります。

 

「もう一度だ、来い! ヴォーパルソード!」


 アリスは折れた聖剣を再生成しようとしますが、大きなダメージを受けた状態では無理がたたってしまいました。彼女は血を吐きながら膝を付きます。

 

「私はこんなところで負けるわけには……」


 このまま続ければ命に関わります。それでもアリスは戦いをやめません。

 その時、けたたましい鐘の音が町中に響き渡りました。時を告げるものではありません。それは……

 

「魔物だ! 西門に魔物が出たぞ!」


 どこからか誰かが叫びます。

 それを聞いた瞬間、シンデレラは突然試合を放棄して駆け出しました。

 

「ま、待て、どこへ行く」


 アリスはシンデレラを追いかけようとしますが、とうとう限界が来てしまい気を失いました。



「ど、どうしたのさシンデレラ! いきなり試合を投げ出して」

「どうもこうもないわ。魔物が出て町の人が危ないのよ」


 うろたえるハピネス371に、シンデレラはこうするのが当然といったふうに答えました。

 やがてシンデレラは西門にたどり着きます。すでに門は壊され、魔物は町の中に入り込んでいました。

 

「うわ、オーガベアだ」


 ハピネス371の名を口にします。それは角の生えた巨大熊の魔物であり、その力は凄まじく、宮廷武術の段位に換算すれば7段に匹敵します。

 オーガベアは逃げ遅れた女の子を襲いかかろうとしています。危ない!

 シンデレラは一瞬でオーガベアの間合いに入り込みました。おそらく、あまりの速さに魔物は彼女が白と黒の風のように見えていたことでしょう。

 

 シンデレラはチョップでオーガベアの角を叩き折ります。

 衝撃が脳に伝わりオーガベアは一瞬だけ意識を失います。その間にシンデレラは背後に周り、オーガベアの首に取り付きました。

 そしてシンデレラはオーガベアの首を180度捻ります。

 頭が前後逆になった熊の魔物の巨体は、重い音を立てて倒れました。


「よし、オーガベアを倒したね。早く広場に戻ろう」


 しかしシンデレラはハピネス371の言うことを無視し、町の外へ出ていこうとします。

 

「ちょちょちょ、どこ行くのさ。アリスのドレス・ストーンの回収はどうするの?!」

「勝手に試合を放棄したのよ。そんな図々しいことは出来ないわ」

「ええ!? まあ、君がそれで構わないんなら良いけどさ……」


 こうしてシンデレラは次の相手を求めて、この町から去っていきました。

 


 アリスが目覚めると、そこは町の病院でした。


「ああ、お嬢様。お目覚めになられましたか」


 傍らにはホッとした顔を浮かべるヘンリーがいました。

 アリスは自分のドレス・ストーンが奪われていないことに気づきます。

 

「なぜドレス・ストーンを奪わなかった……情けをかけたとでも? そうだヘンリー、シンデレラはどこに?」

「もうこの町にはおりません。魔物を倒した後、彼女はお嬢様のドレス・ストーンを奪おうとせず、そのまま次の対戦相手を探しにいったようです」

 

 アリスは絶句しました。

 そして震える手付きで短剣をとりだし、それを自分のお腹に突き刺そうとしました。

 

「お嬢様、なにをなさいます!」


 ヘンリーが慌ててアリスを止めます。

 

「切腹だ! 他に何がある!」


 アリスはうっすら涙を浮かべながら叫びます。

 

「情けをかけられた挙げ句、人々の窮地だというのに私は何も出来なかった! これでは騎士失格だ!」

「だからといって、何も切腹する必要はありますまい」

「ええい、黙れ黙れ! 生き恥を晒したまま生きていけるものか!」


 ヘンリーが切腹をやめさせようとしますが、アリスはますます意固地になってしまいます。

 

「いい加減にしなさい!」


 まさか執事に叱られると思っても見なかったアリスはびっくりしてしまいます。

 

「たかが恥の一つ、なんだというのですか」

「あなたに騎士道の何が分かる!」

「分かりますとも。私もキャメロット一刀流の騎士でした。ですが大怪我の後遺症で剣を持てなくなった。そんな私をキャロル卿は執事として召し抱えてくださったのです」

「なに?」


 アリスは亡き父から聞かされたある話を思い出します。


「昔、お父様から聞いたことがある。かつて素晴らしい騎士が居たと……ヘンリーがその騎士だったとは……」

「お嬢様、よくお聞きください」


 ヘンリーは娘を諭すかのように言います。

 

「使命のため、時には恥に耐えねばならぬのが騎士です。お嬢様の使命はまだ終わっていないではありませんか」

「そうだ……シンデレラに悪心はなかったが、他の武闘姫プリンセスの中に邪悪なものがいるかも知れない。その者が女王にならないよう、私は武闘会を戦い抜かねばならぬ」

「そうです。それでこそキャメロット一刀流の騎士です」


 もうアリスから切腹する気持ちはなくなりました。


「ありがとうヘンリー。おかげで目が覚めた」

「私こそ執事の分をわきまえぬ言動をしてしまいました」

「いいや、そんな事無い。私は幸せものだ。父無き今も、こうして偉大な男に見守られている」


 いつもは険しい表情をしているアリスですが、この時は年相応の笑みを浮かべていました。



 一方、お城の方ではチャーミング王子と魔法使いが水晶玉を見ていました。

 水晶玉にはシンデレラの姿が映し出されています。それは彼女に付きそうハピネス371の視覚と聴覚とつながっているのです。


「楽しい試合だったな。シンデレラ、アリスを倒すのに”あの技”を使ったな」

「まさかアリスのドレス・ストーンを奪わないとは……」


 シンデレラの行動に魔法使いは信じられない様子です。

 

「やはり以前に殿下がおっしゃっていた通り、シンデレラは女王の座に興味がないのですね」

「そうとも。だってシンデレラの目的は別にある」


 チャーミング王子は水晶玉に映るシンデレラをまるで恋人を見るような目で見ます。

 

「ああ、早くシンデレラの次の試合がみたいよ」

「彼女が向かう先には複数の武闘姫プリンセスがいます」

「その中で一番強いのは?」

「おそらく白雪姫かと」

「そうか。だったら、ハピネスたちを使ってシンデレラと白雪姫が戦えるよう仕向けておいて。もちろん、本人たちには気付かれないように」

「かしこまりまりました」

「よろしく頼むよ」


 チャーミング王子は魔法使いに微笑みかけます。

 でも魔法使いはチャーミング王子の狂気をはらんだ目が怖くてたまりませんでした。

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