【ハロウィンSS】悪魔と天使の狭間で③

「翔くんってさ、プロデューサーの才能もあるんじゃない?」


 ハロウィン天使様コス騒動の翌日、学校からの帰り道に凛が唐突に言った。


「何で? 別にそういうつもりじゃないけど……」

「だってさ、今回の天使案って翔くんの案なわけじゃない? しかも、他にも色々手配してくれてたし……結構プロデューサーの仕事までしてくれてたと思うんだけどな」

「そうかな?」

「そうだよっ」


 凛が嬉しそうに俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 秋の終わりと冬の始まりが交わるこの季節、凛の温かみは冷えた体をぽかぽかと温めてくれる。

 冬を迎えるにあたって、少し物寂しくなった畑や田んぼを見て思う。

 そういえば、一年前の今頃は付き合いたてで、こうして凛とたまに帰ってたんだっけ。一年前の今頃から映画の撮影に参加して、色々あって。それから一年経った今、こうして凛のマネージャー・プロデューサーの真似事をするとは夢にも思っていなかった。

 あの映画撮影は、俺の人生を変えた瞬間だったんだな、と今にして思う。撮影に誘ってくれた玲華や、俺をスタッフに入れてくれた陽介さんには感謝しかない。


「これは、もう翔くんで決まりかな?」


 腕を絡めたまま、凛が言った。


「何が?」

「……私のプロデューサー兼マネージャー」


 ちょっと真剣な表情をして言ってから、「なーんてね」と顔を綻ばせていた。

 多分、半分本気で半分冗談。でも、俺はここ最近ずっと凛のインスタ投稿の写真撮影を手伝っていた事もあって、こうすれば凛がもっと映えるんじゃないか等、彼女をより輝かせる事についてよく考えていた。それはもしかすると、プロデューサー業と近いものがあるのかもしれない。

 いや、誰よりも凛の事をわかっている俺だからこそできる事なのではないかと思う。今凛が何んとなしに言った『プロデューサー兼マネージャー』というのは、もしかすると、俺が心の中で望んでいた事なのかもしれない。


「でも、ちょっと期待してたりして♪」


 凛がくすっと笑って、俺の腕を抱え込んだ。


「そうなれるように頑張るよ」


 とはいえ、今のままでは夢物語だ。とりあえず来年進学で東京に戻って、陽介さんの事務所で学んで……全てはそこから。今の俺がやっている事など、ごっこ遊びでしかない。


「それで?」


 凛がいきなり、悪戯な笑みを作って俺の顔を覗き込んできた。


「どうして翔くんはぁ、いきなり天使だなんて言い出したのかな~?」

「うぐ」


 核心を突いてきやがった。


「いや、別に。似合うかなって思っただけで……」

「それだけ?」

「いや、まあ、その……」


 凛の攻撃の手は止まない。鋭い彼女の事だ。何かしら俺の行動に裏があるのは見抜かれているだろう。


「私と玲華を戦わせたかった?」


 ちょっと呆れたように笑って、小さく凛が嘆息した。

 彼女からすれば、そう感じて当然かもしれない。わざわざ悪魔に対して天使で、しかも作風まで対照的にしているのだ。そう感じてもおかしくない。


「それは違う。それだけは、断じて違う」

「じゃあ、どうして? 翔くんがああして自分から色々意見言うのって、結構珍しいじゃない?」


 そうなのだ。今回のように俺が『これすれば?』と自分から提案する事は珍しい。しかも提案して自分から率先して動いていた。凛からすれば、不思議に感じるのも無理はない。

 また変な誤解をされても嫌なので、俺は全て話す事にした。三年前のハロウィンに何があったか。そして、玲華との天使・悪魔騒動についても。

 話を聞き終えた凛は、大きく溜め息を吐いていた。むしろ呆れている。


「なるほどねぇ。じゃあ、玲華の悪魔コスは、翔くんへの当てつけだったんだ?」

「多分だけどな」

「それで翔くんは、私を使って玲華に当てつけ返したわけですな?」


 俺をからかうような表情をして、面白そうに言う。ただ、ちょっとその語感からは叱責も感じなくもない。もしかしたら、怒っているのだろうか。


「いや、だから! それは違うんだよ」

「ほんとに?」


 凛が悪戯っこのように笑って、じーっと目を覗き込んでくる。

 ああ、畜生。凛にこうして見つめられると、全てを見透かされた気になってくる。嘘を吐きとおせない。


「いや……違わないかもしれない」

「ほら、やっぱり」

「腹立ったんだよ、玲華に」

「どうして?」

「当てつけならさ、俺に対してだけやればいいだろ。わざわざ凛がやる予定だった衣装着て先に投稿して、凛を困らせてさ。それが、ちょっと腹立った」

「翔くん……」


 凛は『玲華ってこういうとこあるよね』と笑って許してやるつもりだったのかもしれないけど、玲華の〝こういうとこ〟は、俺の嫌いなところでもあった。玲華の〝こういうとこ〟が、結果として撮影の時も凛を苦しめる事になっていたからだ。


「だから、言ってやりたかったのかもしれない。俺の天使は凛だからって。俺がそう思ってるのは間違いないからさ。でも、もしそれで凛に嫌な思いさせたなら、謝る」


 ごめん、と付け加えて、頭を下げた。

 本当の事を言うと、凛が『わたくし雨宮凛は、二度と翔くんの前で玲華には敗北しないと心に誓っているのであります!』と言っていたのもある。凛を玲華に負けさせたくなかった。もう、玲華に敗北感を感じて欲しくなかったから。

 でも、これを言うと自分のやった〝当てつけ返し〟の免罪符みたいにしてるように聞こえてしまうので、言わない。俺の心の中だけで、ひっそりとしまった本音だ。

 あと、去年の夏、あの場所で彼女に初めて会った時、本当に天使が舞い降りたと思った事も、俺の中に隠しておこう。

 そんな俺を見て、凛はくすっと笑った。


「ま、私が天使なんだったら、許してあげますか♪」


 凛はあっけらかんとしてそう言って、抱え込んだ俺の腕をぎゅっと引き寄せる。

 何故だか彼女は上機嫌だった。


「あ、そうだ。凛」


 凛の家の近くに着いた頃、彼女に渡すものがあった事を思い出した。


「なあに?」

「昨日はインスタの事でばたばたしてたから渡すの忘れてた。もうハロウィン終わっちゃったけど」


 鞄の中から、かぼちゃのスイーツを取り出して、彼女に見せた。凛にあげようと思っていたハロウィンのお菓子だ。ちょっと高かったのはここだけの話である。

 俺がそれを渡そうとすると──


「あ、待って!」


 凛が、手で俺が渡そうとするのを制した。


「え、何で?」

「だって、ハロウィンでお菓子もらう時、あれ言わなきゃいけないでしょ?」


 ああ、そうだ。ハロウィンでお菓子をもらう時はあの言葉を言われなければいけない。


「じゃあ、言って」

「トリックオアトリート!」

「はいよ」


 凛が子供みたいに元気よく答えたので、彼女に向けてかぼちゃのスイーツを渡そうとした時である。

 凛がスイーツを持った俺の手をいきなり掴んで引き寄せ──そのまま、俺の唇を奪った。

 驚いて固まってしまっていると、唇を離した凛は、とても悪戯そうな笑みを見せている。そして、そのまま俺の手から、するりとお菓子を取った。


「お菓子はもらうけど、うっかり悪戯もしてみちゃったりして♪」

「お前な、それはルール違反だろ」

「嫌だった?」


 くそ。嫌なわけないのに、いちいち訊いてくるあたり、こいつも大概だ。


「嫌なわけ、ないだろ」

「じゃあ……もう一回、悪戯しちゃおうかな」


 俺の返答なんて待たずに、凛が俺の首に腕を回してから、顔を寄せてくる。今度はゆっくりとそのまま唇を重ねた。

 どうやらこの世界には、悪戯好きな天使が多いらしい。



(【ハロウィンSS】悪魔と天使の狭間で 了)


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【後書き】


 こんにちは、九条です。

 今回予定外のハロウィンSS、『悪魔と天使の狭間で』も急遽執筆しました。もともと『君との軌跡(https://kakuyomu.jp/works/1177354054893209045)』だけの予定だったのですが、そこでREIKAを登場させた事によって、REIKAが悪魔コスした理由なんかを書くと面白いなぁと思って書いたのが、今回のこのSS。結局君キセのSSより長くなってしまいました。笑


 久々の『想君』番外編でしたが、楽しんで頂ければ幸いです。

 ちなみに、今『イチャラブテイマー(略称)』という新作で大健闘中です。


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054897468814


 異世界ファンタジー週間ランキング4位、総合週間ランキング6位とかつてない伸び(10/31時点)。

 テンプレハイファンタジーですが、その中で九条色をかなり出しています。もしよかったら読んでやって下さい!

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想い出と君の狭間で 九条蓮@㊗️再重版㊗️書籍発売中📖 @kujyo_writer

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