実家暮らし女子大学生とは!

蜜柑桜

実家暮らしは楽じゃない

 大学生の毎日……それは高校までの規律から解放され、自由で華やかな日々……憧れたキャンパスで学びたかった専門に没頭し、課題やゼミに追われながらも、新たに知り合った友人達とサークルに飲み会、日が変わって帰っても大学生なら怒られず、バイトに勤しみ貯めたお金で旅行も自由に!


 ……なんていう自由ばかりが現実とは限らない。


 これは、そんなある女子大学生のお話である。


 ***


「はぁーお腹減ったぁ」


 ゼミ室に来るなり、細っこい女子学生が机の上に鞄を投げ出し椅子に雪崩れるように座った。


「何、まな、またお昼抜いたの?」

「うーうん、起きたら昼だったからケーキドーナツとカフェオレ食べた」


 先に来ていたゼミ生に呆れたように言われ、まなと呼ばれた女子学生は情けない声を出す。


「そんな栄養偏るからちゃんと野菜とタンパク質とりなよー」

「うーん、でもゆうちゃん、眠かったのー。昨日もカラオケ行った後にミキとしゅーや達と飲んでたー」


 顎を机の上に立てて、まなは半分だけ目を開けてだるそうに述べた。ゆうちゃんと呼ばれた女子学生は、ほかのゼミ生とともにガタガタと机をコの字型に動かし、ゼミで議論をしやすいようにする。


「ご飯買えないくらい、そんなに金欠なの?」

「うーうん、でも仕送りだしー」

「バイトもしてるじゃない。毎日買いじゃなくて自炊すればいいんだよー。ドーナツとカフェオレ代でお饂飩くらいは軽く作れるよー」

「ちょっとはやってるよーめんどくさくてー。いいなーゆうちゃんは実家で楽で」


 ゆうは、机を動かす手を止め、ふるふると首を激しく振る。


「一人暮らしの方が絶対いい! お兄ちゃん一人暮らしだけど、超自由! 実家暮らしが楽だと思うなー!! いい、実家暮らしっていうのはねぇ……」


 そう、両親共働きの実家暮らしはけして楽じゃない。これはそんな女子学生のワン・ケースである。


 ***


 パパパッパッパッパ パッパッパッ♪


 携帯電話が、軽やかに、華やかに、ロッシーニの《ウィリアム・テル序曲》を鳴らし始める。朝だ。向かいの部屋ではもう起き出していた父親が着替えているのが、箪笥のガタッという音で分かる。


「おはよ〜」

「おっ。ゆう、おはよう」

「ちょっと待って〜いまお弁当作る〜」

「おう無理するなー」


 布団の上に半分だけ起き上がったゆうに軽く言うと、父親はネクタイを締めながら階下へ降りて行った。


 ——ああ、今日資源ゴミだ……


 のろのろと起き上がったゆうは嫌なことに気がつき、動きをスピードアップさせて着替え終える。


 昨日も帰りが遅く、まだ寝ている寝室の母を横目に階段を降り、身支度を整えている父親を押し除けて洗顔。ゴミをまとめて玄関へ直行、そのまま公園前のごみ収集所へ走る。うん、まだ収集車は来ていない。

 家に戻ってくると、父親がお湯をやかんに沸かして紅茶の用意をしていた。ゆうも台所に入って朝ご飯のお皿を出す。

 冷蔵庫から林檎とキウイ、父が飲む牛乳を出す。牛乳パックを父に手渡し自分は果物を剥きにかかった。


「お父さん、今日水曜だからお弁当持ってくでしょ」

「あればね」

「私もお弁当だからついでだし。魚でいい?」

「いい、いい」


 自分のお気に入りの菓子パンをパン屋の袋から取り出しながら、父は紅茶と皿を運んでテレビをつけた。朝のニュースの音が食卓に響く。


 ゆうは冷蔵庫から鮭の切り身のパックを出して魚焼き網に放り込んでガスをつける。父の二段のお弁当箱と、自分のハート型のお弁当を棚から台所のステンレスに置き、両方に仕切りのアルミカップ。昨日つけておいた大根と胡瓜の塩漬けを詰め、ミニトマトを添えた。

 アスパラガスとネギを切って胡麻油を引いたフライパンへ。熱している間に釜からご飯を弁当箱に詰める。


 しまった……


 父親のお弁当箱は大きい。鮭を詰めてもスペースが空いてしまう。

 卵を焼くのは時間がかかるので竹輪をざく切りにして入れてみる。まだ余る。


 ——ごめん。


 空きスペースは米の割り増しで誤魔化させてもらった。この埋め合わせはいつか……! 多分。


「もう出るぞー」

「あー、はいはいこれ、はい、いってらっしゃーい、帰りは」

「いつもと同じー。行ってこます(ゆう家語)」


 気付けばもう八時十分前。そろそろ母親も起きないと間に合わない。母は職場の食堂があるのでお弁当無しで済む。


「おかーあさーん! 八時になるよー!(サバ読み)」


 はぁーいと眠そうな声がして二階で物音がする。起きたらしい。ゆうは二人分のコーヒー豆を挽き、フィルターをセットした。コーヒーの香りを楽しむうち、テレビで朝の連ドラが始まり、母と揃って朝食になる。


「今日何限?」

「一限。お母さん帰りは?」

「んー。会議だから多分遅い」

「はーい。洗い物よろしく。私出かける」


 ***


 お弁当を持って満員電車に乗り込み大学へ。一限は一番好きなゼミ。半分のゼミ生は遅刻するが、この先生のゼミは逃せない。半分のゼミ生が次々集まり、机をゼミ用に動かしていく。

 緊張感高まるゼミが終われば二限は休講。二限のある友人達と別れて図書館へ行ったり、購買の本屋を見たり、ちょっと散歩したり。


 三限の教室でお弁当を食べていれば、大抵友人達がやってくるのであった。


「ゆうちゃん、次バイトのシフトいつ?」

「明日はいってるよ。まなは?」

「私も明日なんだけど、遅れるかも」

「店長に言っとく。明日人数多いから平気だよ。明日のサンドイッチにはハムレタスが欲しい」


 バイトの賄いは手作りサンドなのだ。残れば持ち帰れる。バイトで散々食べているゆうに代わり、父が好んでトーストして朝ご飯に食べていくのが、ゆうの賄いの行く末だった。


 四限が終われば、サークルのある友人はサークルへ、バイトの者はバイトへ、寄り道のものは寄り道へ、それぞれ別れてキャンパスを後にする。


 ゆうと言えば、所属部の練習とバイトが無ければ、帰宅だ。しかし、直帰ではない。電車の中で適当に語学の課題を終え、寄り道である。

 どこに寄り道だろうか。自宅のある駅を二駅過ぎ、ターミナル駅に降りる。改札を出て駅ビルへ。大型本屋があるのはここだけなのだ。


 文庫の新刊とCDを物色し、どれを買おうかしばらく本棚の間を行ったり来たり。至福のひと時。しばらく迷った後(しばらくが長いから困る)、やっとこさ決めてレジへ。ああいつの間にか文庫はこんなに値上げしたんだろう。バイト代が削られるが致し方ない。これと楽譜は譲れない。

 買った本を鞄に突っ込み、さて、向かう先はホームではない。


 食料品売り場だ。


 夕方の食料品売り場ではすでに値下げが始まり、新鮮で質の良い食材が自宅付近よりも安く買える。父と自分のお弁当にちょうど良さそうな鶏肉のササミ、夕飯用の豚薄切り肉(今日は冷しゃぶでいいや)、割引シールのついた鱈、夕方からお得になった野菜類……。


 ——だめだ、今日は流石に大根は重すぎる。


 諦めてレジに向かう。ネギが飛び出したビニール袋を右手に、左肩にトートバッグを下げてパン屋へ。朝はしっかりきっちり、がゆうの家の鉄則。菓子パン好きの父が奮発するのが朝のパン。父の好きなデニッシュ、母の好きなメロンパン 、自分用のベーグル(お弁当用含む)、御指名されるもの達をトレーに載せる。パン屋のお洒落な袋を右手に追加し、ようやくホームへ。

 こういう時、手が大きいのは便利である。


 ***


 家に帰ってピアノの練習をしていれば、あっという間に七時。お風呂を洗って湯をはり始めたら調理開始だ。


「ただいまー」


 帰ってきた父が、ネクタイを緩めながら居間へ入ってくる。


「お帰りー。今日は冷しゃぶです」

「おっいーねえ。今日のお弁当、ごめん、ご飯多くて残した」


 ぎくり。すみません、お父さん。誤魔化しました。


 お弁当箱を手渡すと、父がつけたテレビが名探偵のアニメを流し始めた。柿の種を開けながら悠々と先にビールを飲み始めるので流石にムッとしてしまう。


「お皿だしてお皿」

「はいはい」

「お母さん、遅いって。先に食べちゃって」


 父の朝は早い。代わりに夜は早い。さっさと食べて、さっさと寝る。対照的に母の帰りは十時頃。そんな時間まで父が夕飯を食べずに待ってはいられないので、できたうちに先に食べてもらうのだ。


「あー、今日の会議も長かった。ごめーん遅くなったー」


 ゆうのご飯は母と一緒。九時頃帰ると言って、大抵母は父が寝室で本を読んでいる十時頃に帰りつく。


「あ、明日、お兄ちゃん帰ってくるから、出かける前にお兄ちゃんの部屋に掃除機かけといてくれる?」

「え、なんで」

「だってお兄ちゃんいない間に埃溜まっちゃったから。私明日早いんだもん」


 兄はそんなに偉いのか! 滅多に帰ってこないくせに!


「ゆうの方は、明日は?」

「バイト。帰り十時過ぎ」

「気をつけなさいよー」

「大丈夫。明後日、まな達とご飯なんだけど行っていい?」

「十時半には帰ってきなさいよ」

「えー! お兄ちゃん、下宿で朝とかに帰ってきてるじゃない!」

「あの子は言ってもいうこと聞かないから」


 不公平である。親の目の届かないところにいる兄は夜だろうと遠出だろうと泊まりだろうと遊んでいるというのに! なぜ! 地方大学に行った兄が羨ましすぎる。


「明日早いってことは私が洗濯物?」

「できたらやっといて〜」


 洗濯物も、一人分干すのと三人分干すのではえらい違いである。


 ***


「……ってこんな具合だよ、実家暮らしは!」

「うーん、それはゆうちゃんちだからだよー。ゆうちゃんもほっといて遊んじゃえばいいんだよー」


 まなはのんびりとゆうを宥めにかかった。ゆうもそう言われては二の句は告げない。しかし、バイト代は長期休暇の旅行やらピアノのレッスンやら院資金やら何やらで貯金なのである。門限あるし。


「それにゆうちゃんも、光熱費とかはかかんないじゃん。食べ物もバラエティたくさんじゃん」

「そりゃそうだ」

「冬寒くないのは重要だよ〜。冬は炬燵から出られないよー。電気代あげられないから布団生活だよー」

「うっ」


 それは辛い。確かに辛い。


「実家帰るのに交通費どうしようもあるよー。夜行バスきついよー」

「うぅっ」


 スキーに行くのに夜行は確かに辛かった。関西旅行へ早朝着の夜行も辛かった……関東圏内のゼミ旅行に青春18きっぷで各駅停車くらいは楽しかったけど。

 ひ、一人暮らしも結構辛い。それを言われてしまうとその点では実家は甘い。


「でも門限早すぎだよ。みんなまだ話すのにお先に失礼、だよー」

「じゃぁ今度、咲ちゃんちでお泊まりしようー。女子会だ女子会。それならいいじゃない」

「「咲ちゃん!」」




 さて、辛いのは、一人暮らしか実家暮らしか。

 どちらも耐えねばならぬところ、楽なところ、両方である。


 ***


 今年もまた、桜の花があちらこちらで満開になってきました。


 何はどうあれ、大学生活はただ一度きり。


 高校までとはまた違って、勉強が楽しいのはもちろん、遊びと思ったところから学ぶところも本当にたくさん。


 思う存分、楽しい学生生活にしてください!











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実家暮らし女子大学生とは! 蜜柑桜 @Mican-Sakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ