ふたなりの女(大団円)

「新助さんは、殺されました」

そう伝えると、お蓮は両手を胸の前で合わせ、浮多郎の顔をじっと見つめた。

悲しみの感情が湧き上がって表情に現れるまでかかる時間は、ひとによって異なる。

お蓮は、そうとう時間がかかる口なのだろう。その分悲しみはひとより深いはずだ。

「昨夜おそく、ヤクザ者が五人もここへやってきて、新助をいきなり殴りつけて連れ去りました。誰が殺したのです?」

「山岸屋の若い衆です。・・・伝兵衛の命令で」

お蓮は、唇を咬んだ。

「妙蓮寺に火をつけ、お父さんの住職を焼き殺したのは、恵信坊だったのですか?」

「そうにちがいありません。恵信は、『感応寺と同じやり口で妙蓮寺で陰富をやろう』と父に持ちかけたのです。父が断り、恵信が感応寺から金をくすねて破戒僧となっていることを奉行所に訴えると申したものですから、逆上して・・・」

「お蓮さんと新助さんは、恵信坊を仇と狙っていた?」

「いえ。でもなんとか証拠をつかもうと必死でした。さぐっている中で、恵信と山岸屋がつるんで陰富をはじめたことを知りました。しかも、なんと妙蓮寺再建の勧進を名目として・・・。あきれるやら口惜しいやら」

「しかし、さぐっていることを山岸屋に知られてしまった?」

「はい。どうも、売上げの取り分で、ふたりは仲たがいしたようです」

「それで、山岸屋は、あなたたちを柳橋の料亭で『ふたなり』の見せ物をさせ、恵信の脅しに使った」

「山岸屋は顔見世料をずいぶんとはずみました。こちらへの口止め料のつもりだったのかもしれません」

浮多郎は、「このことは奉行所にすべて話しておくので」とお蓮に請け合い、青葉に包まれた染井稲荷をあとにした。

―翌日、浮多郎は三ノ輪の蕎麦処・吉田屋に呼び出された。

岡埜は、おかめ顔の女将に酌をさせ、ひとり悦に入っていた。

「山岸屋伝兵衛がすべて吐いた」

岡埜は事件の真相を浮多郎に語り聞かせた。

「三年前、いちど伝兵衛が恵信に陰富を持ちかけた。その時は寺社奉行にうまく話が通せなかったが、この春には賄賂を贈ってお目こぼしをしてもらった。それがじぶんの手柄と傲慢になった恵信が売上げを独り占めにした」

ここで、岡埜は蕎麦をすすり、三杯目の冷や酒を呑み干すと、

「・・・なにせ当選者も決まって配当しなけりゃならねえ伝兵衛は焦った。若い衆を引き連れて感応寺へ押しかけ、突き札の錐で目や心ノ臓を刺して脅したが、どうにも金を返さねえので、丸裸にして五重塔から吊り下げた。吊った綱のことから、じぶんに探索の手が及んできたので、新吉がお蓮の仇の恵信を殺し、相棒のじぶんを殺しに来たように装おうため、山岸屋に連れ込んでなぶり殺しにした」

と、一気にまくし立てた。

「錐で突かれても、金を渡さねえという恵信の根性には恐れ入りますね。金は、あの恵信の部屋の片隅にあった富箱に隠してあったのに・・・」

浮多郎が呆れたようにいった。

「坊主だけに、あの世でも金が使えるよう、お釈迦さまとうまく話をつけるんだろうよ」

岡埜は、上機嫌で四杯目の冷酒を呑み干した。

それ以上酔っ払いと付き合う気のない浮多郎は、お蓮の話を報告して、早々に退散した。

―政五郎は、ひとりでお昼の蕎麦を食べていた。この頃は、だいぶからだもよくなってきたようだ。

「山岸屋が、お前に恵信のあとをわざとつけさせたのは、怪しい破戒僧と思わせたかったのだろうな。その時には、『どうにも話がつかなければ殺す』と、すでに決めていたのだろうよ」

箸を突きつけて、政五郎はいった。

「お蓮が、恵信を仇と狙っていると教え、あわよくば恵信殺しの罪をお蓮と新吉におっ被せようとしたのでしょう」

「あやうく、ひと殺しの片棒を担ぐことになったな」

政五郎は首をすくめたが、『このきっかけを作ったのは、そっちでしょうよ』と、浮多郎は肚の中で苦笑いをするだけだった。

―しばらく経ったある時、浮多郎はあるお大尽の招きで、「ふたなり」の見せ物を見物する破目になった。

ろうそくの明かりの中で繰り広げられる、「ふたなり」の女とやせぎすの男の性の秘義を、十人ほどが暗闇の中で息を詰めて見ていた。

お蓮は、新しい相方を見つけたようだ。

まわりの見物人の熱狂ぶりにくらべ、ひとり浮多郎は冷めていた。

「ふたなり」といっても、お蓮は水牛の角を張り形に細工したものを腰に紐で巻きつけ、巧みに演じていた。

・・・浮多郎には、ことの初めからお見通しだった。

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寛政捕物夜話(第十七夜・ふたなりの女) 藤英二 @fujieiji_2020

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