三、紅倉の説

「基本的にはフィクションなんですけれどね、わたしも稲◯さんにならってこの物語を事件の実録物風に脚色してみました。


 いくつか疑問点がありますよね?


 まず、何故雪女は男たちを凍死させるのでしょう? 見逃していますが当初は若い息子の方も殺してしまうつもりだったようです。

 そして、何故雪女は年を取らないのでしょう? 年数はまちまちですけれど、たいてい雪女は若い姿のまま年を取らず、それを夫や周りの者に不審がられています。


 さーて、この問題をどう解きましょう?


 稲◯説に沿って雪女の正体は農閑期によそから働きに来ていた娘としましょう。

 雪山が舞台なのも山里の造り酒屋が実際の舞台であったとしましょう。

 すると父親の職業は酒造りの職人となりそうですが、はっきりと木こりで、ドラマのように息子共々猟に出ていたとするバージョンがあります。

 舞台は酒造りの山里。しかし父親は酒造りの職人ではないとしましょう。

 もう一点気になるのは、雪女のお話には男の母親が登場しません。年老いた夫婦の家に雪女がやってくるバージョンもあるのですが、このバージョンでは親切にお風呂に入れられて雪女は溶けてしまうのですけれど。

 母親がいない父親と息子としましょう。今で言うシングルファザーでしょうか。


 さて、これも稲◯説によると各酒蔵は、優秀な杜氏とうじ=職人たちのリーダーですね、これを自分の蔵に雇うため、いろいろとサーヴィスをしたというのですね。そのサーヴィスをになわされたのが、集められた女たちです。当然、夜のサーヴィスも含まれるでしょう。はっきり「雪女郎ゆきじょろう」と言う地域もあります。

 どういう女たちが集められたのか分かりませんが、中には、年端としはもいかない若い娘もいたのかもしれません。

 そんな若い娘が、ごつい男たちのなぐさみ者にされようとしたら、どうでしょう?

 泣く泣く相手をさせられた娘もいたでしょうが、中には、耐えられずに逃げ出した娘もいたかもしれません。

 彼女の逃げる先はどこでしょう?

 ふつうの道ではすぐに連れ戻されてしまいます。彼女は、決死の覚悟で山に逃げ込んだのではないでしょうか?

 しかし舞台は吹雪です。若い娘が、おそらく薄い着物姿で、雪山を越せるとは思えません。どうせ死ぬ覚悟で逃げ出したのでしょうが、娘はそこで一軒の木こり小屋を見つけてしまう。中は暗く、誰もいないと思われた。この時息子が火を絶やしてしまっていましたからね。娘は助かるかもしれないと小屋に入ってしまった。

 しかしそこには先客がいた。

 娘は、どうしたのでしょうねえ…………

 慌てて逃げようとしたのでしょうか? それとも自分も仲間に入れて休ませてくださいと頼んだのでしょうか?

 しかし、年若い息子が目を覚ましたとき、女は父親におおかぶさるようにして、父親は見る見る冷たく凍り付いていってしまったのです。

 いったい何が起こったのでしょう?

 息子が寝入っている間に二人の身の上に何が起こったのか?

 娘は、おそらく、父親に乱暴されてしまったのでしょう。

 物語に登場しない妻はおそらく亡くなっています。木こりという職業がそうもうかるとも思えません。父親は酒蔵の杜氏たちをうらやましく、ねたましく思っていたのではないか? その娘は明らかにそこに雇われた娘です。自分がつまみ食いして楽しんだってかまわないだろう……と、そんなところですか。

 で、そんなふらち者には天罰てき面、父親はあっけなく急死します。極寒の中興奮して、頭か心臓をやられたのでしょう。自業自得ですからどうでもいいのですが……

 気配に目を覚ました息子は父親にのしかかる女と、見る見る凍り付くように硬直していく父親を見て恐怖に駆られます。この息子は……ずうっと若かったのではないでしょうか? 娘が殺すのをためらうくらい……。息子にしても二人が何をしているのか、理解できなかったのでしょう。雪の化け物が父親を殺した。そう思ってただただ震えていたのです。

 娘は自分の恥を息子にきつく口止めします。恥ずかしさと怒りで「もししゃべったら殺してやる!」と。息子も恐ろしさで承知します。娘は吹雪の中へ出ていくのですが、おそらく小屋に置いてあった蓑や笠を拝借して、なんとか山を越えていったのでしょう。


 そして数年後。

 息子は若者に成長しています。この時点で若者は周囲に家のある里に家を構えて住んでいます。もともと木こりの息子ですが、幼い子どもが一人で山で暮らすことはできないでしょう。父親の死後里に下りてどこかの家にもらわれたのでしょう。しかし孤児ですから、特に昔の社会においては肩身が狭く、自分の家を構えるのも遅れ、嫁を取るなど考えられず、婚期をとっくに逃してしまっていたのではないでしょうか?

 そこへ、旅の娘が流れてくるのです。娘の現れる時期は話によって特に冬とは決まっていません。娘は旅をしていたのであって、農閑期によそに働きに出たのではありません。

 若者は娘を家に留め置き、嫁にします。

 二人の間には子どもが生まれ……話によっては十人もの子沢山こだくさんになります。

 数年が平和に過ぎます。

 しかしここで周囲の余計な茶々が入ります。「おまえのところの嫁はいつまでも若くて綺麗なままだな?」と。

 物語では何年も若いまま年を取らないということになっていますが、本当に年を取らなければそれは人間ではありません、妖怪です。今は現実の事件を夢想しているのです。

 何年経っても若くて綺麗ということは、逆算すれば若者の嫁になったのはずいぶん若い、まだ子どもの頃ということになりませんか?

 そしてクライマックス、悲劇が訪れます。

 冬の夜、=これは冬の夜と決まっています、囲炉裏端で針仕事をしている妻の横顔を見て夫は言ってしまいます、「おまえはオレが子どもの頃出会った雪女とそっくりだな」と。

 もう分かるでしょう、

 ここから先を話すのは気が重いのですが……、どうせわたしの作り話です。

 妻に問われるまま夫はあの夜の出来事を話してしまいます。話をする内、話を聞く内、二人は気付いてしまうのです、自分たちが何者であるかを。

 娘は、母親に瓜二つなのです。

 娘がまだ子どもでありながら村を追い出されて旅に出なければならなかった理由、それは、自分が母親がどこの誰とも知れない男に乱暴された挙げ句に生まれた子どもだったからです。

 その後母親がどういう生活をしていたか、物語からうかがい知ることはできません。しかし母親は話してしまったのでしょう、娘の誕生の秘密を。閉鎖的な村の中で周りの者からもずいぶんいじめられたのでしょうね。

 そして娘は出会ってしまったのです、自分の父親の息子と。

 娘は、気も狂わんばかりだったでしょう。

「このような畜生道ちくしょうどうおちいってしまったからにはおまえ様も殺さなければならぬ。しかし子どもたちのことを考えればそれは出来ぬ。せめて子どもたちは幸せにしてくだされ」

 そう言い残して吹雪の中へ出ていくのです。

 その後娘がどうなってしまったのか、分かりません。

 しかし、哀れと言うほかありませんね……




 ちょっと悪趣味だったかしら? もちろんぜーんぶ、わたしの想像の作り話ですよ」

 と紅倉は笑ったが、スタジオはそれこそ凍り付いたようにしーん……と静まり返っていた。

 ディレクターが判断し、紅倉の解説の後半部分は放送からカットされ、お蔵入りすることになった。


 おわり


 二〇〇八年一月作品

 二〇一〇年一月、二〇一四年二月改稿

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霊能力者紅倉美姫17 雪女 岳石祭人 @take-stone

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