第4話 ボリスの店

 ――翌日。


 盗賊団のアジトを騎士団が急襲する。

 アデリーナ教官に誘われた作戦だ。


 俺は興奮してイマイチ良く眠れなかった。

 いきなりの対人戦で人が斬れるのか?

 昨晩、目をつぶりながら俺は何度も自問自答した。


 訓練や試合でなく、実戦。

 剣を突き立てれば、相手は血を吹き出し、痛みにのたうち回る。

 そして、とどめを刺し相手の命を絶たなくてはならない。


 出来るのか?

 平和な日本で育ち、何となく自分の学力に見合った大学に入学し、何となく入社できる中で条件の良い会社に入社した。

 この異世界の住人と比べれば、俺は随分とのんびりとした人生を送ってきた。


 そんな俺が……相手の命を冷淡に刈り取る作業が出来るのか?


 だが、やるしかない!

 相手は盗賊団なのだ。

 悪党と割り切って、躊躇せず命を奪わねば。


 そんな風に腹をくくるのに一晩かかってしまった。


 不思議と自分が負ける気はしなかったのが救いだろう。

 もし、自分が負ける可能性、命を奪われる可能性が高いと思えば、恐怖から俺は逃げ出していただろう。


 自信なのか、開き直りなのか。

 とにかく心の準備は済ませる事が出来た。


 昨日の残りのパンをかじり、井戸の水を飲み、冒険者ギルド裏の訓練場でアデリーナ教官を待つ。


 肉が食いたい。

 盗賊退治の報酬が入ったら、分厚いステーキを食おう。

 あと酒も飲みたい。

 冷えたエールと肉とか……。

 キツイ蒸留酒と塩のきいたナッツとか……。


 そんな事を考えていたら、昼になりアデリーナ教官がやって来た。


「ケンヤ! 今日はよろしく頼む!」


「任せてくれ!」


 俺は胸を反らし自信たっぷりの態度を見せる。


 日本なら――


『未経験ですので、ご指導の程宜しくお願いします』


『私がどれだけ力になれるかわかりませんが、微力を尽くします』


 ――みたいな受け答えになる。


 だが、この異世界で、そんな態度は禁物だ。

 自信がない、実力がない、ガッツがないと思われてしまう。

 自信がなくても、自信満々に見せるくらいじゃないと認めてもらえない。

 スタートラインにすら立てないのだ。


 文化の違い。

 日本的な謙譲の美徳は通用しない世界だと言う事を、俺はこの半年で学んだ。


「うむ。それでは、ついて来てくれ」


 行き先を告げないままアデリーナ教官は歩き出した。

 冒険者ギルドを出て、大通りを進む。

 俺は黙ってアデリーナ教官の後をついて行く。


 仕事の前に無駄なお喋りは嫌われる。

 これから盗賊退治、つまり人を殺しに行くのだ。

 ピクニックに出かけるのとは、ワケが違う。

 仕事と言うよりは、死事……アデリーナ教官の背中が何とも言えない緊張感を発している。


 十分ほど歩いて、一軒のこじんまりした武器防具屋に入った。

 店と言うよりは、工房だ。

 入り口近くには、剣や盾が展示してあるが、奥の方には赤々と燃える炉が見える。


「ここで武器と防具を借りてくれ」


「わかった」


 奥の方から無愛想なヒゲもじゃドワーフが出て来た。

 ムッと汗の臭いが鼻をつく。

 こいつが店主だろう


「ふん……」


 店主のドワーフは俺を上から下までじっくり見ると、店の隅に転がしてあった革鎧や靴を放って来た。


 革鎧は剣道の胴に近い。

 厚手のしっかりした革で胴体をカバーして、表面に薄い金属板を貼り付けてある。

 革鎧自体は中古であちこち痛んでいるが、表面の金属は新品に張り替えてあるようだ。


 服の上から革鎧を身に着ける。

 腕を動かしたり、体を捻ったりして動きが阻害されないか確かめてみた。

 問題ない。


 靴はしっかりとしたブーツで、これまた中古だ。

 どうやら中古の装備品を貸し出してくれるらしい。

 装備品のない俺にとっては、中古でもありがたい。


 続けて店主のドワーフが、ヘルムを放って来た。

 原付のヘルメット、半キャップに近い。

 内側が革で外側が金属板に覆われている。


 ヘルムをかぶって、あごの革ベルトを締める。

 首を前後左右に動かしてみるが、動きは阻害されない。

 視界も良好で、耳当てがないから音も聞こえる。


「武器は?」


 無愛想に店主が聞いて来る。

 俺も淡々と答える。


「片刃の反りの入った剣を。あまり長くないのが良い」


 俺の剣術は、日本の剣術だ。

 あくまで対人重視。

 大型の魔物を相手取るこの異世界の剣術とは、成り立ちが違う。

 マンガに出て来るような大型のバスターソードを振り回すのは無理だ。


「チッ……中古じゃ片刃のはねえな……。これを持っていきな」


 店主は頭をかいて、展示してあった剣を寄越した。

 アラビアンナイトに出て来そうな片刃の反りの入った剣だ。

 正直ちょっとデカイが、借りる立場で贅沢は言えない。


「良いのか? 新品だろ?」


「貸すだけだ。終わったら返せ」


「ああ」


 狭い店内で剣は振り回せないので、剣を正眼に構えてみる。

 切っ先がやや重く感じるが、振れない事もない。


 アデリーナ教官が、ボソリと言う。


「よさそうだな」


「ああ。やれそうだ」


「結構だ。ボリスこれを借りて行くぞ」


 ボリスと呼ばれた店主のドワーフは無言でうなずいた。

 アデリーナ教官が、銀色に輝く硬貨を親指で弾く。

 ボリスは、銀貨を受け取るとこちらには目もくれず店の奥に引っ込んでしまった。


「愛想はないが、腕の良い男だ」


「そうか」


 改めて剣を見るが、俺は剣の良し悪しがわからない。

 ただ、アデリーナ教官が、そう言うならそうなんだろう。


「良い剣だ」


「よし、行こう」

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