第5話 鋼鉄の処女たち

 ボリスの店を出て、街の東へ向かう。

 街を出て板塀で囲まれた砦に来た。


 アデリーナ教官は、真っ直ぐに入り口へ向かう。

 入り口で甲冑を身に着けた騎士に、誰何された。


「用件は?」


「冒険者ギルド所属の冒険者、アデリーナとケンヤだ。作戦参加に来た」


 アデリーナ教官が金属プレートのギルドカードを騎士に渡す。

 続いて騎士の手が俺の方へ延びる。

 俺も首から下げているギルドカードを騎士に渡した。


 騎士はギルドカードと俺たち二人の顔を見比べた後、手元の帳面に目を落とす。

 長い指がアデリーナ教官と俺の名を探している。


「アデリーナとケーンヤ……。アデリーナ……ケーンヤ……。所属パーティー名は?」


「アイアンメイデン」


「符丁は?」


「ドラゴンのいる山に、人は登らぬが、愚か者は登る」


「よし! 通れ!」


 符丁……合言葉か。

 かなりチェックが厳しい。

 騎士が放ってよこしたギルドカードを受け取り砦の中に入る。


 砦の中は、外で見た印象と違ってかなり広い。

 馬場、厩舎、宿舎らしき建物や倉庫、訓練場に、見張り櫓。

 学校の敷地くらいの広さがある。


 歩きながらアデリーナ教官が説明してくれる。


「ここは騎士団の駐屯所だ」


「それでガードが厳しいのか?」


「うむ。それに作戦前だからな。間諜が紛れ込まないとは限らん」


 間諜、スパイの事だ。

 確かに冒険者の中に盗賊団のスパイがいても不思議はない。

 用心するに越した事はないか。


 入り口すぐの広場には、あちこちに冒険者が固まっている。

 騎士団の騎士は、揃いの金属製甲冑姿。

 冒険者は装備がバラバラなのですぐわかる。


 ざっと見た感じ冒険者は五組、二十五人くらい集まっている。

 冒険者ギルドで見かけた顔もいれば、見た事のない冒険者もいる。

 全員良い面構えで、いわゆる『ガキ』はいない。


 アデリーナ教官と俺の方に視線を向けても、すぐに視線を逸らし剣の手入れや昼寝に戻る。

 他人にガン飛ばすヒマがあるなら、自分の事をする。

 仕事に集中する為に、空いた時間を使う。

 みんなプロだな。


 アデリーナ教官は、女ばかり四人集まっているグループに合流した。

 広場でも一番奥で日当たりの良い場所に陣取っている。

 ――って事は、女だけでも実力は集まっている冒険者パーティーの中で一番と言う事か?


 アデリーナ教官が、パーティーメンバーに俺を紹介する。


「こいつはケンヤ。対人専門の剣使いだ。今回臨時でウチに入ってもらう」


「「「「……」」」」


 女性四人から、視線が飛んで来る。

 あまり好意的とは言えない。

 ひと悶着あるかと身構える。


 だが、アデリーナ教官の次の一言で空気が変わった。


「木剣の勝負で、ケンヤは私を完封した」


「ほう……」

「へえ……」

「やるねえ……」

「うん……」


 女性四人の俺を見る目が変わった。

 実力があれば、問題ないと言う態度だ。

 こいつらもプロだな。


 俺は、ぶっきらぼうに挨拶をする。

 ここで相手が女だからとヘラヘラなめた態度をとれば、追い出されるだろう。

 愛想がないくらいで丁度良い。


「ケンヤだ」


「ミキ。よろしく」

「ヘルガだ」

「パルルよ」

「テレサです」


 四人とも冒険者ギルドで見た事のない顔だ。


 売れっ子冒険者は、現場から現場で忙しく動き回っている。

 冒険者ギルドへ滅多に顔を出さない。


 冒険者ギルドにたむろしているのは、仕事にあぶれた中堅以下の連中で……。

 まあ、俺もそうだが。

 平たく言うと、ギルドでしょっちゅう見かける顔はうだつの上がらない冒険者だ。


 冒険者ギルドで戦闘教官を務めるアデリーナさんのパーティー『アイアンメイデン』メンバーで、かつ四人ともギルドで顔を見た記憶がない。

 つまり四人とも売れっ子冒険者って事だ。


 四人とも美人で強いか。

 アデリーナさんも、背は高いが美人だしな。

 気を抜いて鼻の下を伸ばした瞬間、頭と胴体が永遠に泣き別れしそうだ。

 終始、厳めしい顔をしていよう。


 ざっと見た感じ、アデリーナさんのパーティー『アイアンメイデン』は、斥候1前衛2後衛2の編成だ。


 恐らく、ネコ系獣人のミキさんが斥候。

 獣人の中でも目と耳が良いネコ系獣人は、斥候としてあちこちのパーティーで活躍している。

 プラスネコ系獣人は、戦闘力も高い。


 ミキさんの大きめの三角耳は、いかにも音を漏れなく拾いそうだし、革のショートパンツから伸びるスラリとした足は素早そうだ。


 毛皮のロングブーツに、おそろいのガントレット。

 ビキニタイプの胸当てで、両腰に短めの曲刀を差している。

 露出が多目なのは、衣服を嫌う獣人らしい。


 ミキさんは、木箱の上に寝転がり気持ちよさそうに日向ぼっこだ。

 明るい赤のショートヘアが、陽の光を浴びてキラキラと光る。

 雰囲気が柔らかいので、とっつきやすそうな印象を受ける。


 対してヘルガさんは、眼鏡をかけた堅物な印象。

 整った顔立ちなのだが、目付き鋭く短槍の穂先を熱心に磨いている。

 カーキの軍服風の衣装上下は、色気の欠片もない。

 同色に塗装された盾が、そばに転がっている。


 このヘルガさんとアデリーナ教官二人が前衛だろう。

 二人は、俺と同じ人族に見える。


 残りの二人は後衛。

 パルルさんは、エルフの魔法使い。

 耳が長い。

 背は子供のように低く、顔立ちも幼い。


 ぶかぶかのローブに、これまたぶかぶかの大きめの帽子。

 ただ、エルフは長寿で人間とは年の取り方が違うので、見た目の年齢はアテにならない。

 子供っぽく見えるが、俺より年上と言う事もあり得る。


 テレサさんは、白い神官服に身を包んでいるが、肉感的な体を隠しきれていない。

 穏やかに微笑んでいる癒し系、回復役だな。

 人族……かな?


 これだけ美人が揃っているのに、誰もちょっかいをかけて来ないと言う事は、『アイアンメイデン』に手を出した瞬間、即死亡って事だろう。


 恐ろしい。


 俺も空いているスペースにゴロリと寝転び、さっさと昼寝に入った。

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