第6話 食堂

 昨晩、良く眠れなかったので、寝る時間があるのはありがたい。

 暖かい陽射しを浴びて、気持ち良くウトウトする。

 三十分くらい経っただろうか、男性の大声が広場に響いた。


「作戦会議だ! パーティーリーダーは集合せよ!」


 薄目を開けて見ると、銀色の甲冑を着込んだ騎士が広場の中央で手を上げている。


「行って来る」


 アデリーナ教官が、立ち上がり小走りで騎士の所へ向かった。

 他のパーティーからも、リーダーが騎士の所へ向かう。


 まだ、もうしばらく休んでいられそうだ。

 俺は再び目を閉じて、ウトウトし始めた。


 どの位寝ていたのかわからない。

 いつの間にか熟睡していたらしい。

 アデリーナ教官に軽く蹴られて目が覚めた。


「ふう……すまない。ぐっすりだった」


「いや、構わん。それくらい神経が太い方が頼りになる。食事にしよう」


 アデリーナ教官が、木札を放ってよこした。

 何やら文字が書いてある。


 冒険者パーティー『アイアンメイデン』のメンバーと一緒に、大きな建物に移動した。

 良い匂いがする。

 食堂だ。


 騎士たちも、他の冒険者たちも行儀良く列を作っている。

 この異世界では、非常に珍しい。

 日本では列を作って順番を守るのが普通、常識、大人のマナーだったが、この異世界では早い者勝ち、前へ出たもの勝ちなのだ。


 食べ物の前では、皆紳士淑女にならざるを得ないのだろうか?

 いや、単にコックを怒らせてメシ抜きにされるのが怖いだけだろう。


 並んでいると俺たちの順番が来た。


 どうやらアデリーナ教官が渡してくれた木札は食券らしい。

 入り口の男に木札を渡すと、大きな木皿とスプーンを渡された。

 そのまま順番に、鍋の前に進み料理を盛ってもらう。


 シチュー、何かの焼肉、丸型パン、小ぶりなリンゴのようなフルーツ、砂糖のかかったビスケットが二枚、木のカップに入ったコンソメスープ。

 パンと水だけでしのいで来た俺にとっては、この異世界に来て以来のご馳走だ。


 俺は席に着くなり、ガツガツと食い始めた。

 うまい!

 焼肉うまい!

 このシュチューもいける!

 パンも俺が食っている安物パンより上物だ!


 俺がパンにシチューをタップリつけていると、横から千切ったパンが差し出された。


「良い食いっぷりだね。私のパンを半分あげるよ」


 ぶかぶかのローブを着たエルフの魔法使いパルルさんだ。


「……良いのか?」


「ご覧の通り、今の私は体が小さいからね。食べたくても入らないのさ」


「そうか……じゃあ、遠慮なく! ありがとう!」


「いいよ、いいよ。戦いの前だもの。しっかり腹ごしらえをしようよ」


 パルルさんからパンを半分わけて貰い。

 ガツガツと食い続ける。


 今度はネコ獣人のミキさんが話しかけてきた。


「ビスケットは食べないのかニャ?」


 語尾がニャかよ。

 コテコテのネコ獣人訛りに吹き出しそうになるのを抑える。


「食べない訳じゃないが……。甘い物は、あまり好きじゃない」


「なら私が食べるニャ」


「……肉と交換でどうだ?」


「肉はダメだニャ。イモでどうかニャ?」


「……むっ!」


 シュチューに入っていた一口サイズのジャガイモが、ミキさんのスプーンにのせられた。

 このジャガイモ、さっき食べたけれどねっとりとして旨かった。

 ビスケットとジャガイモなら、ジャガイモの方が良いな。


「良し! 交換だ!」


「ニャッ!」


 ミキさんは俺のシチューにジャガイモを転がし入れると、ビスケット二枚をひったくる。

 満足そうにビスケットを口に運ぶ。

 こういう所は女の子っぽいな。


 俺が食べ終わるとパルルさんが、ボソリとつぶやいた。


「まあ、でも、良かったわ。アデリーナの連れて来たのが、ちゃんとメシを食えるヤツで」


「ん? ああ、すまない。腹が減っていたので、ガツガツ食ってたな」


「いいの、いいの。ほら、あれより百倍マシよ」


 パルルさんの視線の先には、真っ青になって食事に手をつけられないでいる若い騎士がいた。

 年は十七、八才かな?


 普通に考えれば……これから盗賊団のアジトを急襲する訳で、緊張から若い騎士が食事をとれなくても仕方がない。

 ただ、一緒に戦う身としては、頼りない事このうえない。

 この異世界では、腰抜けとあざ笑われても仕方がない態度だ。


 まあ、俺の場合は、緊張よりも久々のご馳走に喜ぶ気持ちが、上回ってしまっただけだが。


 それに、いざ戦い、いざ動くとなった時に、メシを食ってなければエネルギー切れで動けない。

 あの若い騎士は、無理にでも食事を胃袋に流し込むべきなのだ。


「貴族の坊やなんだろうね」


 軍服風のジャケットを羽織ったヘルガさんが冷たく言い放つ。

 食事が終わった俺は、ヘルガさんに質問してみる。


「騎士団は貴族出身が多いのか?」


「何だい? 知らないのかい?」


「俺は遠い異国の出身なんだ。ここに来て半年で、騎士団の事は知らん」


「ふうん。そうなんだ。騎士団はね。跡を継げない貴族の子弟が多いんだよ。次男坊、三男坊や妾の子供じゃ貴族家を継げないだろ?」


「そこで騎士団か……」


「そう言う事。おまけに貴族家と言っても下級貴族だからな。跡を継げなきゃ、平民落ちになる。ヤツラ中途半端な立場だから、威張ってやがるんだ」


「へえ……」


 騎士団は、嫌われてるのか?

 冒険者ギルドで生活している限りだと、そんな話は聞かなかった。

 ヘルガさんが騎士団を嫌っているだけっぽいな。


「まあ、そう言うな。騎士団の仕事は、食事が良いだろ? 砂糖のついたビスケットも出るしな」


 アデリーナ教官がやんわりとヘルガさんを抑えた。

 そのまま作戦の説明に入る。


「今回の仕事は、ちょっと不味そうだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る