第7話 アデリーナの依頼

 女性だけの冒険者パーティー『アイアンメイデン』メンバーの視線が、一斉にアデリーナ教官に注がれる。

 アデリーナ教官の発した言葉『今回の仕事は、ちょっと不味そう』は、どう言う事なのか?

 俺もアデリーナ教官の説明を待った。


 アデリーナ教官は、腕を組み眉間にシワを寄せ小声で説明を始めた。


「先程の会議で伝達されたのだが……。十か所を同時に急襲する作戦なのだ」


 軍服風のジャケットを羽織ったヘルガさんが、冷静に質問を返す。


「十か所? 盗賊のアジトは、そんなに多いのか? 普通は一か所だろ? 複数の盗賊団を一気に叩くのか?」


 うん。

 俺もそう思った。


 盗賊には詳しくないが、アジトが十か所もあるとは思えない。

 この異世界には、スマホや携帯電話はもちろん電話すら無いのだ。

 アジトが分散していたら、盗賊同士連絡が取れないだろう。


 アイアンメイデンのメンバーを見ると、みんな俺と同じように疑問を感じているらしい。

 アデリーナ教官が説明を続ける。


「いや、目標の盗賊団は一つだ。盗賊団のアジトも一か所」


「なら、他の九か所は?」


「盗賊団員の出入りするバーや娼館だ」


「つまり、十か所を同時に急襲して、盗賊団を一網打尽にする作戦だと?」


「そうだ」


「ふーん……」


 ヘルガさんの反応は悪い。

 批判的な『ふーん』だった。

 アデリーナ教官も説明しながら、嫌そうな顔をしていたし、他のメンバーも額に手をやったり、腕を組んだりと、好意的な反応とは言えない。


 ダメなのか?

 素人感覚だと、盗賊団関係先の一斉捜査、一斉検挙だから決して悪い作戦とは思えないが……。


 臨時に雇われている身で、あまり口を出すのはどうかと思うが、作戦に関わる事だ。

 ここは質問させて貰おう。


「質問良いか?」


「うむ」


「俺はこういった大規模な作戦参加は初めてなんだが……。一斉に急襲するのは、ダメなのか?」


「ダメではない。それだけの人数がいればな」


「あっ! 手が足りないのか?」


「そうだ」


 人手が足りないのか……。

 そうすると一か所に割ける人数が少なくなる。

 戦闘になった際に、対応できる人数に不安が……。


 再びヘルガさんが、質問に回る。


「盗賊団は、どの程度の規模だ?」


「二十人程度と聞いている」


「じゃあ、十か所なら一か所二人か?」


「いや、本拠地の人数が一番多いと見ている。おそらく十人から十五人程度はいるだろうと」


「あとはバーや娼館で遊んでいるとの読みか……」


「うむ。騎士団は十六人。冒険者は二十八人」


「全員で四十四人か。十か所を抑えるには、ちょっと足らないな」


 四十四人……均等割りなら一か所に四人あてがう事になる。

 しかし、盗賊団のアジトに十人から十五人いると言う事なら、アジトに人数を多めに割かなくてはならないだろう。


 仮にアジトに二十人をあてがうとすれば、のこり九か所は二人から三人か。

 盗賊も弱いって事はないだろうから、もう少し人数が欲しいかな。


 ネコ獣人のミキさんがスプーンを手でくるくる回して、遊びながら質問し出した。


「盗賊団に尾行や見張りはつけていないのかニャ?」


「……ないらしい」


「ニャー……雑だニャ……」


 そうだな。

 尾行や見張りをつけて、急襲するアジトや店に何人盗賊がいるか分かれば、人数の割り振りもしやすいだろう。


 なんか、素人の俺から見ても雑な作戦に思えて来た。

 大丈夫なのか?


 アイアンメイデンのメンバーは、全員深刻な顔をしている。

 彼女たちは、俺よりも遥かにベテランだ。

 彼女たちが危機感を覚えているならば、この作戦はよろしくないのだろう。


 アデリーナ教官が、一層声を潜めて告げた。


「この作戦は領主の息子が立案して、指揮をとっているそうだ……」


「「「「「……」」」」」


 全員察した。

 それで無理のある作戦になっているのか。

 領主の息子は手柄を立てたいのか?

 それで十か所を急襲して、盗賊団を一網打尽――なんて華麗な作戦を推し進めたのか?


 パルルさんが、アデリーナ教官に続きを促す。


「それで私たちの担当は?」


「我らアイアンメイデンは、二手に分かれる。盗賊団のアジトを急襲する部隊に参加するのは、私とヘルガ、斥候役でミケ、回復役でテレサ」


「了解」

「わかったニャ」

「かしこまりました」


「騎士団からは、特に回復役に期待がされている。回復役が不足しているそうだ。ヘルガはテレサの護衛に回ってくれ」


「任せろ」


 四人が盗賊団の本拠地急襲部隊。

 すると俺とパルルさんは、別部隊に配属かな?


「パルルとケンヤは、アジトからの抜け道を抑える隊に回ってくれ」


「抜け道?」


「うむ。アジトから地下に通路があって、近くの倉庫につながっているそうだ。その倉庫に行ってもらう」


「わかった」

「うん」


 パルルさんは、パンを分けてくれたし、良い人っぽい。

 アデリーナ教官と別行動なのは不安だが、やりやすそうな人が一緒で良かった。


「隊の指揮は、騎士コンソッポ殿がとられる。コンソッポ殿のと行動を共にしてくれ」


 騎士さんが隊長さんか。

 コンソッポさんね。

 呼びづらい名前だな。


 ちょうど打ち合わせが終わったタイミングで、騎士から号令がかかった。


「広場で各隊に分かれてくれ! 各隊指揮官は、隊員を集めろ!」


 食堂から騎士や冒険者がぞろぞろと出て広場へ向かう。

 アイアンメイデンも後に続く。


「ケンヤ。ちょと……」


 アデリーナ教官が俺を呼び止めた。


「なんだい?」


「別行動になるが、頼んだぞ」


「ああ、任せてくれ」


「それで……パルルだが、前の仕事でかなり無理をしてしまって……」


「うん?」


 アデリーナ教官の声のトーンが変わった。

 パルルさんに何かあるのだろうか?

 俺はアデリーナ教官の言葉に注意し、聞き洩らさないようにする。


「パルルはファイヤーメイジだが、現在は二発か三発しか魔法を放てない」


 ファイヤーメイジ――火系の魔法使いの事だ。

 この異世界には魔法があり、適性によって使える魔法が違う。

 しかし、二発か、三発と言うのは魔法使いとしては、かなり少ない。


 前の仕事で無理をしたと言うから、限界を超えて魔法を行使した……とかかな?


 俺は少し考えてから、アデリーナ教官に答えた。


「わかった。パルルさんには、無理をさせないようにする」


「そうしてくれるとありがたい。それと、担当してもらうのは、抜け道の出口にあたる倉庫だ。アジトを急襲して討ち漏らしが無ければ、盗賊が来ない可能性もある」


「そうだな」


 それで魔法を多く放てないパルルさんを配置したのか。

 危険度の低い場所に、戦闘力の落ちているメンバーを配置する。

 納得出来る采配だ。


「だが、逃げる盗賊が多ければ、ケンヤたちが担当する場所に盗賊が溢れる」


「その場合は……危険度が上がるな……」


「そうだ。その場合はパルルを優先して守ってくれ」


 パルルさんを優先して守る

 どう言う事だろう?


 しばらく無言で考えをまとめてみる。


 つまり、盗賊を倒さず逃がしても良いからパルルさんを守れ。

 指揮をとる騎士団員――貴族の子弟――よりも、パルルさんを守れ。

 そう言う事か。


 何よりもパーティーメンバーの安全を優先したい。

 アデリーナ教官の気持ちはわかった。


 俺はアデリーナ教官に声を掛けて貰った立場だ。

 そうでなければ、今日も冒険者ギルドでドブさらい仕事を待っていた。

 借りとか、恩とか、まあ、そこまでは行かないが……。

 アデリーナ教官がパルルさんの安全を優先したいなら、それで良い。

 希望に沿った行動をしようじゃないか。

 それで義理は果たせる。


 顔を上げるとアデリーナ教官が俺を真っ直ぐ見ていた。


「頼めるだろうか?」


「ああ、引き受けた。パルルさんを優先して守ろう」

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