第10話 盗賊の身ぐるみを剥ぐ

「ケンヤ! 気を抜くな! まだ来るかもしれん」


 パルルさんが、革袋の水筒を差し出しながら俺に注意する。

 その通りだ。

 まだ、全部終わった訳じゃない。

 再び盗賊が、そこの出口から顔を出すかもしれない。

 気を抜くのは、まだ早い。


 俺はミスリルナイフを血振りする。

 ピッと刃から血が払われ、美しい刀身が青白く光る。

 ミスリルナイフを鞘に納めて、パルルさんから水筒を受け取る。


 水……味がしない……。

 味覚が死んでしまったのか、水の旨さが感じ取れない。

 機械的に水分補給を行って、息をつく。


 水筒をパルルさんに返しながら聞く。


「騎士コンソッポ殿は?」


「ダメだ。既に息絶えている」


 そうか。ダメか。

 あのありさまじゃな……。

 ダメっぽかったけど……。


 あ、レイズとか。

 魔法で生き返らせる。

 ゲームではあるよね。

 蘇生は、無理なのだろうか?


「蘇生は? 魔法で生き返らせる事は?」


「かなわぬよ」


 そうか。

 ないのかレイズ。

 ないのか蘇生魔法。


 なら仕方がない。

 騎士コンソッポ殿は、戦死だ。


 まだ、作戦は継続中だから、騎士コンソッポ殿から意識を切り離さなくては。

 そうでなくちゃ、俺が盗賊にやられてあの世行になる。


 パルルさんの耳がピクリと動いた。


「あっ……」


「敵ですか!?」


 俺はミスリルの剣を抜き、床の出口に意識を集中する。


「いや……この音は……。ミキだな」


 すぐに床の出口から、大きな三角耳が顔を出した。


「ニャ~。通路が血まみれニャ!」


 ネコ獣人のミキさんだ。

 両手に短い血濡れた曲刀を握ったままだ。


「ミキ。アジトの方は?」


「片付いたニャ。こっちも――」


「終わった。ケンヤが全て斬った」


「ニャ!? これ全部ニャ!?」


 ミキさんは、血まみれの床を散策して、遺体の切り口をじっくり見たり、ツンツンしたり……。

 ネコ獣人だけに、フリーダムな人だ。


「凄い手並みだニャ……」


「あっと言う間だったよ」


 パルルさんとミキさんが俺を絶賛しているが、俺は会話に加わる気にならなかった。

 作戦が終わったと聞いてホッとしたのもあるが、人斬りの感触が右の手のひらに蘇って来て吐き気がしているのだ。


 この異世界は、なめられたらダメだ。

 初めての実戦だった事も。

 人斬りが初めてだった事も。

 全て知らん顔して、俺が最強の剣豪だって顔で貫き通すんだ。


 そうしなくちゃ、次の仕事につながらない。

 俺は二人の会話を横で聞きながら、必死に吐き気を堪えた。


「ニャ……変な名前の隊長さんはダメだったニャ……」


「ああ。施しようがなかった。盗賊団の魔法使いと向き合った瞬間、強烈な火魔法が飛んで来て、ほぼ即死だっただろう。そっちの戦死者は?」


「アイアンメイデンのメンバーは全員無事だニャ。けど、冒険者が三人、騎士が一人やられたニャ……」


「多いな……」


「まだマシだと思うニャ。テレサがフル回転で回復魔法をかけたニャ。テレサは魔力切れでぶっ倒れて、ヘルガが介抱しているニャ。テレサがいなかったら、もっと戦死者が増えていたニャ」


 テレサさん。

 あの豊満な肉体の神官美人さんだな。

 倒れるまで回復魔法をかけ続けるなんて、見掛けよりも熱い人なんだな。


「酷いな。作戦ミス、準備不足だ」


 パルルさんの声に怒りがにじむ。

 戦死者ゼロって訳には行かないのだろうけど、捕り物で騎士が二人、冒険者が三人死亡ってのは、被害としてはデカイのだろうな。

 それに他の場所を急襲した隊も、どうなったのか……。


「まったくだニャ。それじゃ、私は一回本隊に戻って、ここの報告をするニャ」


「ああ。ご苦労。また後でな」


「ニャ!」


 言うが早いか、ミキさんは床の出口に飛び込んでアジトにいる本隊に向かった。

 俺は立ったままボーっとしていた。


 意識をはっきりさせると、色々思い出して吐きそうだからだ。

 視点をぼやかして、考え事をしないように努めた。


「オイ!」


 パルルさんが、視界の中にニュっと現れた。

 俺は不機嫌に返事する。


「なんです?」


「剥ぎ取り」


 剥ぎ取り?

 何だ?

 そりゃ?


 俺がわからないと言う顔をするとパルルさんが教えてくれた。


「退治した盗賊の装備、衣服、金品は、討伐した個人の所有物となる。つまり、ここに転がっている盗賊の遺体が身に着けている物は、全てケンヤの物だ」


「……」


 それは、わかった。

 しかし、その……『剥ぎ取り』と言う言葉と、今のパルルさんの説明から察すると……。

 四人の遺体からみぐるみを剥がせと言っているんじゃなかろうか?


「何だ知らないのか?」


「俺は異国の出なんだ。俺の国では、そんなルールはなかった」


「そうなのか? ケンヤの国は、変わった国だな。じゃあ、剥ぎ取りは初めてか? 私も手伝ってやるから、さっさと済ませよう」


「(マジかよ……)」


 パルルさんは、顔色一つ変えずに遺体に歩み寄ると、靴を脱がせ始めた。

 続いてベルトを緩めてズボンを脱がせる。


 俺が最後に止めを刺した盗賊、火魔法を使ったヤツは、下半身を露出した気の毒なご遺体になってしまった。


「小さいな……」


 マジで同情する。

 パルルさん、最低だな。


 パルルさんは、脱がせたズボンのポケットに手を突っ込んで、可哀そうな下半身露出遺体さんの所持品チェックをはじめた。


 俺の中では二つの思いがせめぎ合っていた。


 まず、日本人としての倫理観、死生観。


『いくら盗賊だったとは言え、遺体のみぐるみを剥ぐのはあんまりじゃないか!』


 本当にそう思う。

 どんな悪人でも死ねば仏。

 荼毘にふし、最低限の弔いはしてやるものだろうと思う。



 もう、一方の思いは、この異世界で半年生活して苦労した思いだ。


『金目の物があれば、今後の生活が楽になる。メシが食える! 肉が食える!』


 ごもっとも。

 この半年、訓練所の片隅で寝泊まりし、井戸水を飲み、安いパンを齧って生きて来た。

 ドブネズミと大差ない暮らしだ。


 正直、金は欲しい。


 どのくらいの時間迷っていたのかわからないが、結局、『金が欲しい』気持ちが勝った。

 俺はよろよろと、出口近くに横たわる盗賊の遺体に歩み寄った。


 曲刀で頭蓋骨を叩き割ったヤツだ。


「それに、ドワーフ店主から借りた剣は返さなくちゃいけない」


 ボソリと。

 わざと声に出してつぶやき、自分に言い訳し、言い聞かせる。


 頭から剣を力ずくで引き抜くと脳漿が散らばった。

 吐き気を堪えて、パルルさんがやっていたように靴から脱がせていく。

 まだ、体が生暖かい。


 靴の中に手を入れると、ヤツの体温が残っていた。

 やべえ。

 手なんか入れるんじゃなかった。

 吐きたい。


「おい。ケンヤ。ここの床がきれいだから、はぎ取った物はここに集めろ」


「お……おう!」


 助かった。

 パルルさんが声をかけてくれて、意識がそれなければ、この場で吐いていた。

 俺は極力何も考えないようにして、剥ぎ取り作業を続けた。


 しばらく、二人とも無言で作業を続ける。

 俺が一人を剥ぎ取る間に、パルルさんは三人の身ぐるみを剥がしていた。


 正直、ありがたかった。

 床に四人の盗賊が身に着けていた装備品や衣服が、山と積まれた。


「クリーンは?」


「……なに?」


「クリーン。日常魔法も知らぬか? なら私がやろう。【クリーン】」


 パルルさんの手から光がキラキラと放出され、汚れた衣服や装備品が空中でクルクルと回り出す。


 俺はポカンとその様子を見ていた。


「ほれ! 血汚れも落ちただろう。クリーンは便利な魔法だ。微弱な魔力で扱える。ちょっとでも魔力があるなら覚えておけ」


「お……おう」


 パルルさんから渡された生成りのシャツは、クリーニングに出したようにきれいになっていた。

 剣や防具の傷はそのままだが、汚れはきれいに消えている。


 これなら……そのまま使っても良いし、買い取ってもらっても良い。


「どうする?」


「どう……とは?」


「この大荷物をどうするのかと聞いている。マジックバッグは持っていないのか?」


「ない」


「なら、私が預かるか?」


「……頼む」


「はあ~。ケンヤは戦闘以外、からきしだな。もうちょっと、しっかりしないと」


 パルルさんは、ブツクサと文句を言いながらも世話を焼いてくれる。

 見た目は幼い子供なのだが、エルフだから多分俺よりも年上なのだろう。


 そんな事を考えたら気が緩んだ。

 俺はポツリとつぶやいてしまった。


「……初めてだった」


「何が?」


「戦闘。人斬り」


「はじ……めて……ケンヤ? 初戦闘と言う意味か? 冗談だよな?」


「いや……本当だ」


「初戦闘でこの手並みか! お主――」


 パルルさんは、改めて四人の遺体を見回してから俺を見た。

 俺は床に座りこみ、ゆっくりと息を吐きだした。


「俺の国……日本は、もう五十年以上戦争がなくて、平和な国なんだ。武器を持って戦ったり、人を殺したりする事はないんだよ」


「では、ケンヤの修めた技は何だ? 世辞抜きで、相当の手並みだったぞ!」


「祖父に教わった技だ。星影流抜刀術と言う」


「星影流……」


「俺の国は平和だと言ったが、昔は戦争ばかりしていた。外国と戦争もしたし、内戦も多かった。そんな戦の中で磨かれた対人戦闘に特化した剣術が星影流抜刀術だ」


「そう言えば戦闘中に叫んでいたな……」


 パルルさんに話して、気が楽になった。

 喉元まで上がっていた吐き気もおさまり、楽に息が出来る。


「日本では、実際に剣を持って戦う事は無い。ただ、スポーツ……えーと、運動としての剣術や格闘術は残っていて、技量の上下を稽古で競う」


「なるほど。それで……。それにしても、初戦闘でこの成果は凄いぞ!」


「ありがとう。必死だったよ。アデリーナ教官に、パルルさんを守れと頼まれていたし」


「そうか」


 パルルさんは、俺の横に来てぺたりと座り込んだ。


「でも、さっきまで吐きそうだったよ」


「無理するな。私は初めて人を殺めた時、派手に吐いたぞ」


「そいつは、見たかった」


「もう、三百年も前さ。それからは随分殺した。もう、数も覚えちゃいない」


 すげえな。

 パルルさん、こんな見た目で三百才を超えてるんだ!

 さすがは不老長寿のエルフ。


「なあ。内緒にしてくれないか?」


「何をだ?」


「初戦闘」


「ふむ。なめられたくないと言う事か。わかった」


 それからは、他愛のない話しをして時間を潰した。

 パルルさんから、水筒を渡されて水を飲んだ。

 ただの水が、体に染み込むように美味かった。



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