第9話 盗賊戦~初陣 星影流抜刀術

 倉庫の床に五十センチ四方の板がはめ込まれている。

 これが盗賊団のアジトに通じる扉だ。


 本隊がアジト内で全ての盗賊を討伐すれば、俺たちの仕事は無い。

 だが、アジトから逃げ出す盗賊がいれば……、抜け道をつたって、ここから『こんにちは』してくる。


 俺たちは、首に青いマフラーをしている。

 騎士団から支給された物で、これが味方の目印だ。

 青いマフラーをしていなかったら、盗賊と判断して問答無用で斬って良いと言われている。



 さて……。



 俺は床にはめ込まれた扉から、離れた場所にまず正座し、そして、つま先を立てた跪座に移行し敵を待ち構える。

 跪座は、正座の体勢から足首を九十度曲げて、足の指に体重をかけた座り方だ。

 この体勢なら座ったまま刀を抜き、敵に斬り付けることが出来る。

 それに正座と違って足が痺れづらい。


 今回、ドワーフ店主から借りて来た曲刀は鞘が無いので、日本刀とは違うがアレンジすれば似た動きが出来る。


 曲刀を正面に置き、じっと待つ。


 パルルさんが後ろから声をかけて来る。


「ケンヤ。私の魔法は三回だ」


 首だけ左後ろへ回して答える。


「聞いてます。敵は俺が討ちます。パルルさんの魔法は、奥の手でとっておいて下さい」


「頼む……来るぞ!」


 パルルさんの長い耳がピクリと動いた。

 俺には何も聞こえないが、パルルさんには何か聞こえたのだろう。


 曲刀を持ち、体の左側に引き、敵を斬り付ける体勢をとる。





 !





 俺にも聞こえた!


 足音と息遣い……。

 逃げて来た盗賊がいるな……。


 ゴトゴトと音がして床にはめ込まれた扉が、目の前で跳ね上げられた。

 続いて、薄ら髭を生やした男が顔を出す。

 床に手を引っかけて懸垂の要領で、上半身を持ち上げた。


 首に青いマフラーがない!

 敵だ!



 斬る!



 右手に持った曲刀を真横に振るう。

 同時に、前方に体重を移動させながら、右足を上げ、片膝立ちの姿勢に移行する。


 浮き上がる体の流れを感じながら、右手に持った曲刀に意識を集中する。


 左180度、時計で言うと9時の位置で手首を前方に返し、切っ先を走らせる。

 刀が重い。

 気を抜くと切っ先がお辞儀をして、下を向いてしまう。

 切っ先が下に向いては、敵に斬り付ける事は出来ない。


 切っ先を下げず、相手のこめかみにブチあてるように曲刀を走らせる。

 時計で言うと10時の位置で切っ先が手首より先行した。


 子供の頃祖父に教わり、異世界に来てから毎晩振るった技だ。

 練習通りに体が動いている。


 目線は床から体を出した盗賊から外さない。

 盗賊と目が合った。

 盗賊は驚いて目をひん剥き、声を上げようとする。



 そこに生身の人間がいる。



 俺はその事を認識し、心の中で悲鳴を上げるが、モーションに入った体は止まらない。

 時計で言うと11時の位置まで切っ先は来てしまっているのだ。


「止まるかよ!」


 俺は叫びながら、目の前の人間に曲刀を走らせる。


 90度の位置、時計で言うと12時の位置で、俺の抜き打ちが盗賊のこめかみを正確に捉えた。

 刀の重さと、横から振るう力、手首を返す力に、体を前方に押しやる力が曲刀の切っ先に乗る。


 右腕は美しく真っすぐ伸び、前方に投げ出された体を右足が膝立ちの姿勢でがっちりと受け止める、右足の指が地面をかむ。


 そのままフォロースルー。

 時計で言うと2時の位置まで切っ先を走らせ刀を振り切る。


 床から顔を出した盗賊は、俺の抜き打ちをモロにこめかみに食らいザクロのように頭を弾けさせた。


 成功!

 狙い通り!

 盗賊が低い位置から、頭を出すと予想したので、座った体勢から刀を振るったがドンピシャはまった!


 だが、右の手のひらには、人間の頭蓋骨を砕いた何とも嫌な感触が残っている。

 俺は人斬りの感触を振り払い、自分を奮い立たせる為に叫ぶ。


「星影流抜刀術一の型より、水流! 次!」


 逃げ場のない盗賊は、床に空いた通路の出口から飛び出して来る。

 動きが早い。


 右前方に構えた刀を返して、膝立ちの体勢から真っ向両断に斬り付ける。

 二人目の盗賊は、俺の曲刀を脳天から食らって、噴水のように頭から血を撒き散らした。


「チッ!」


 俺は舌を打つ。

 本来、脳天を斬り付けるのは、星影流抜刀術としては美しくない。

 理想は相手の額のやや上を斬り付けるのが良い。


 刀と自分の腕が伸び切り、遠心力と腕の力が最ものる位置。

 つまりリーチの最長点とパワーの最高点がクロスする位置で、刀の切っ先が敵の頭部を捉えるのが最上なのだ。


 その位置が額のやや上あたり。


 脳天に刀が届くと言う事は、間合いを読み違えており、やや踏み込み過ぎと言う事になる。

 今回、俺は普段振るっている木剣よりも長い間合いの曲刀を使う事で、とっさに間合いを間違えたのだ。

 やや深く入り過ぎた。


 それに……。

 振り下ろした刀は、二人目の盗賊の頭蓋骨に深く入り込んでしまい咄嗟に抜けない。


 その隙に穴から盗賊が、一人、二人と上がって来た。


 俺は頭蓋骨にハマった曲刀を諦め手を放す。

 一旦後方に下がりながら、立ち上がり、左腰に刺したパルルさんのナイフに手をかける。


 迷っている暇はない。


 俺は右側の盗賊に抜き打ち見舞った。

 パルルさんのナイフは、刃渡り約50センチとナイフとしては長いが、普段振るっている木剣よりも短い。

 普段よりも深く踏み込んで、ナイフを抜きざまに敵の首を狙う。


 盗賊は腰の剣を抜こうとして、右手を下げていた所だった。

 体をぶつける勢いで踏み込んだ俺に対応出来ず、ミスリルナイフの抜き打ちを首に食らった。


 右から左へとミスリルナイフが走り、青白い残像が美しい弧を描く。

 続いて、盗賊の首から噴き出る赤が彩を添える。


 このナイフ!

 恐ろしく斬れる!


 俺の刃筋が美しかった事もあるが、スッと盗賊の首にミスリルナイフが入ったと思ったら、手にわずかな感触だけを残して、ミスリルナイフは反対側に抜けた。


「三つ!」


 これで盗賊三人を倒した。


 残りは一人。


「――っ!」


 左を向くと、騎士コンソッポ殿が火だるまになっていた。

 両手に持った長槍は、案の定天井にひっかかり、振り切れないでいる。


 その姿勢のまま、恐らくは魔法攻撃だろう。

 火にあぶられていた。


 騎士コンソッポ殿の装備は、金属鎧……。

 生きながら蒸し焼きかよ!


 残りの盗賊が左手を騎士コンソッポ殿の方へ伸ばしている。

 腕に無数の入れ墨が見え、複雑な紋様が描かれている。

 あそこから魔法を放っているのか?


「シッ!」


 俺は一つ息を吐きだしながら、すり足で前進した。

 体の上下動を抑え、滑るように間合いを詰める。


 ミスリルナイフを額の前まで持ち上げ、小さい、最小限の振りかぶりから前方へ放り出すようにミスリルナイフを盗賊の左腕に振るう。


 狙いは敵の手首、親指の付け根辺りだ。


 接近する俺に盗賊が気付いたが、遅い!

 既にミスリルナイフが盗賊の左手首に食い込んでいる。


 そのまま手前に、骨に刃が噛まないように、スッとミスリルナイフを引き込む。

 盗賊の左手首は、腕から半分もげた。


 星影流抜刀術二の型より『斬り落とし』。

 最小限のモーションで素早く刀を振るい、敵の手首を斬り戦闘不能にする。

 剣道で言う所の小手をとる技だ。


 ミスリルナイフの切れ味も相まって、美しく決まった。


 だが、相手は後方に倒れながら、残った右腕で魔法を放って来た。


「うお!」


 ソフトボール大の火の玉が、急接近する。

 後ろからパルルさんの声が響く。


「斬り落とせ!」


 斬り落とす!?

 あの火の玉を!?

 そんな事が出来るのか!?


 頭の中では疑問が渦巻いたが、体はパルルさんの言葉に反応していた。


 左下に流れていたミスリルナイフの切っ先を返して、左下から右上に斬り上げる。


「せえっ!」


 顔の正面でミスリルナイフと火球が激突した。

 ミスリルナイフは、火球を真っ二つに切り裂き、火球が霧散する。


 スゲエ!

 魔法を斬った!


 俺は自分の行為に驚きながらも、気を緩めなかった。

 床に倒れた盗賊、最後の一人に駆け寄る。

 ミスリルナイフを逆手に持ち直し、盗賊の喉元に一気に突き刺す。


「グッ……」


 盗賊がくぐもった声を上げるが、お構いなしに突き刺したナイフを回し横に引く。

 首から血が一気に流れだし、床を真っ赤に染める。

 盗賊は両手両足を痙攣させ、血を流し続ける。

 間もなく首を半分切断された最後の盗賊は、瞳から光を失い動かなくなった。

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