第3話 アデリーナ教官からの依頼

「はい、じゃあ、ケンヤさんおつかれさまでーす。今日の報酬銅貨五枚です」


「……」


 シンシアさんが笑顔で俺に報酬を手渡す。

 異世界に来てから半年たったが、俺の生活は変わっていない。

 ドブさらいや荷物運びの雑用仕事を請け負って、銅貨数枚の報酬を貰い、パンをかじる毎日だ。


「いよ~ドブ!」

「今日も雑用か? ご苦労ちゃんね!」

「ギャハハ!」


 冒険者の間で、俺は『ドブ』と呼ばれている。

 ドブさらいや雑用ばかりやっているから付いたあだ名だ。

 しょっちゅうからかわれている。


 だが、俺も慣れた物で、口汚く言い返す。


「うるせえ! エールの代わりにションベンでも飲んでろ!」


 この半年間、報酬の高い魔物退治の仕事をやらせてくれと何度もシンシアさんにお願いした。

 だが、『パーティーに入っていないからダメだ』と断られている。


 そして、いくつものパーティーに『加入させてくれ』とお願いした。

 だが、『経験が無い』『装備が無い』『信用が無い』と断られている。

 冒険者のパーティーは、同じ出身地同士で固まるか、子供の頃から見習い仕事をして、そのツテでパーティーに加入するのだ。

 つまり地縁やコネがないと新参者にパーティー加入は厳しい。


 雑用仕事はあったり、なかったりで、収入は不安定だ。

 装備を買う為の金も貯められない。


 シンシアさんとしては、報酬が安くてやり手が少ない雑用仕事を俺に押し付けているので、彼女的には都合が良いのだろうが……。

 ふう……、仕事を貰う立場なので文句も言えない。


 打つ手がないのだ。


 そんな異世界生活に嫌気がさして、元の世界に戻ろうと色々と試してみたが駄目だった。

 どこかにあのラーメン屋の扉――元の世界に通じている扉が現れるのではないかと期待していたが、この半年で一度も目にしていない。


 いつものように冒険者ギルド裏の訓練場に帰る。

 半年間、ここが俺のねぐらだ。


 今日は仕事が早く終わった。

 訓練場には人がいる。


 俺は邪魔にならないように訓練場の隅へ移動して、木剣で素振りを始めた。

 この半年間、毎日木剣を振っている。

 ストレッチや筋トレも欠かさない。


 お陰で体も動くようになった。

 毎日、木剣を振るって運動した成果が出ているのだ。

 毎日稽古を積み重ねた事で自信がついた。

 今なら魔物だろうが何だろうが戦えそうな気がする。


 一人で稽古を始めて一時間位経っただろうか。

 俺に声が掛かった。


「訓練中すまない。ちょっと良いだろうか?」


 木剣を振るのを止めて、声の方に振り返る。

 上等そうな革鎧を着た女冒険者がいた。

 確かこの人は……訓練教官をやっている人だ。


「構いませんよ。何か御用でしょうか?」


「ちょっと聞きたい事があって……。君はどこかで剣術を習った事があるのか?」


「ええ。子供の頃に剣術を習っていました」


「ふむ……。君の剣術は対人に特化しているのか?」


「ええ。そうです」


 訓練場で半年も生活していると色々な戦闘方法を目にする。

 この異世界の剣術も見て来たが、日本の剣術とは大分違う。


 こちらの剣術は大振りで力任せなのだ。

 斬ると言うよりは、剣の重さで叩き割る感じ。

 魔物との戦いを想定した剣術で、魔物は皮膚や毛皮が厚く頑丈らしいから、力任せの剣術になったのだろう。


 日本で剣道を経験した人間からすると、随分と野暮ったい、無駄な動きが多い剣術に見える。

 魔物相手ならそれでも良いのかもしれないが……。

 人間相手では……どうかな? と思う。


「私は冒険者ギルドの訓練教官でアデリーナだ。名を聞いても?」


「ケンヤです」


「ケンヤ? 変わった名だな。剣術は誰に教わったのだ?」


「私の国、日本で祖父に教わりました」


「ニホン? 君の剣術は、ニホンと言う国の剣術なのか?」


「ええ。そうです。軽装で斬り合う事を想定した剣術です」


「なるほど……軽装で斬り合う……」


 アデリーナ教官は、納得したようだ。

 まあ、俺の剣術はこの異世界では異質だよな。


 彼女は異国の剣術に興味が湧いたのだろう。

 稽古、つまり練習試合を申し込まれた。


「少し稽古をつけて貰う事は出来るだろうか?」


「良いですよ。俺は防具を持ってないので、寸止めでお願いします」


「承知した」


 二人で訓練場の中央に移動する。

 他の人は帰ったようで、夕方の訓練場には俺とアデリーナ教官二人だけだ。


 アデリーナ教官は、大振りの木剣を両手で持ち右肩に担ぐようにして構えた。

 俺は正眼――剣道の中段に構える。


「ほう! さすがに隙がない!」


 言うが早いかアデリーナ教官は、右肩に担いでいた剣を斜めに振り下ろして来た。

 剣の勢いが凄い。これ、寸止めする気ないだろう。

 だが、その動きは予測していた。


 構えを見れば、わかってしまうのだ。

 右肩に担いだ大きな木剣は、真っ直ぐ振り下ろすか、右上から右下に斜めに振り下ろすかの二択だ。


 正眼の構えを崩さずに、体を右にずらし剣の予測軌道から回避する。

 アデリーナ教官の木剣が空を切る。

 同時に俺は迷わず真っ直ぐ歩を進めアデリーナ教官の首筋にピタリと木剣の切っ先を押し付けた。


「ぬう!」


「威力は認めます。ですが……当たらなければ、どうと言う事はない!」


「このっ!」


 俺の安い挑発にアデリーナ教官はのってしまった。

 斬撃が全て大振りになる。


 大きな木剣なので、ただでさえテイクバックが大きく木剣の軌道が予測しやすい。

 そこへ来て俺の挑発にのった怒り任せの大振り。


 いわゆるテレフォンパンチ――『これから殴りますよー!』と敵に教えるような大振りのパンチ――と一緒だ。

 かわすのは造作もない。


 唯一気を付けなくてはいけないのは、リーチの長さだ。

 アデリーナ教官は身長が180センチ以上ある。

 加えて大きな木剣を振っているので、リーチが非常に長い。


 剣をかわす時に後ろに下がってはいけない。

 リーチの長さにつかまってしまう。

 かわす方向は左右か、前方、つまり相手の懐に入る動きで対応するのだ。


 アデリーナ教官が大きな木剣を振り回し、俺が最小限の動きでそれを交わし、木剣を急所に添える。

 その展開が何度も続いた。


「はい。これで十回目です。アデリーナ教官は十回死んだ事になります」


「何だと! くううう! いや、参った! 強いな! 君は!」


 アデリーナ教官は、木剣を下ろした。

 俺も構えを崩す。


「その腕を見込んでケンヤに頼みがあるのだが……」


「なんでしょう?」


「盗賊狩りに参加しないか?」


「えっ!? 盗賊狩り!?」


 物騒な誘いに驚く。

 盗賊狩り!?

 どう言う事だろうか。


「数日後、この街の騎士団が盗賊のアジトを襲撃する」


「騎士団が……」


 この世界には貴族がいる。

 この街も貴族の領地だ。

 そして騎士団は貴族の部下で、平時は警察みたいに犯罪の取り締まりもする組織だ。


「騎士団だけでは手が足りないので、冒険者ギルドに応援依頼があった。私の所属するパーティー『鋼鉄の処女』が引き受けた」


「それに俺も参加しろと?」


「そうだ。臨時メンバーとして私のパーティーに入ってくれ! 私のパーティーは五人で、前衛が二人なのだ。対人戦なら、もうちょっと前衛の戦力が欲しい所だ。そこでケンヤが臨時で入ってくれれば頼もしい。報酬はもちろん出す!」


 なるほど……そう言う事情か……。

 正直対人戦は躊躇があるが、待ちに待ったまともな冒険者の仕事だ。

 これを逃す手はない。


「わかった。引き受けた。ただ、剣と防具が無いんだ。何か用意してくれるか?」


「任せろ。それからこれは極秘の仕事だ。他言無用で頼む」


「了解だ。それで決行はいつなんだ?」


「明日」


 アデリーナ教官は、獰猛な笑みをたたえた。

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