第9話 真犯人が出た!?
昼休みが終わった後、怜は戻ってこなかった。何か含んだような顔をしていたが、あいつが何を考えているのかさっぱり理解できていなかったと考えるのは今更だと思う。今まであいつの恋心が唐突なものでなく、中学のころからのものだなんて長く隣に居続けてたのに気づくことができなかったのだから。
一応俺にできることと言えば先生には保健室に行ってると言い訳をすることだけだった。
しかしカメラを仕掛けたのが瀬川でないというのなら、行った誰が……
そして最後の休み時間になっても怜は戻る気配を見せなかった。だがその代わりに直が眉間の皺を刻みながら携帯を凝視していた。
「どうした直そんなに険しい顔して」
「盗撮犯が出頭してきたって」
耳を疑った。教室内を見ると瀬川の姿がない。どういうことだ。
「どういうことだ。瀬川が盗撮犯だなんて証拠は」
「何を言ってるんだ? 管理作業員の西田さんが犯人だよ。今処分を先生たちで考えているところだ」
……西田さん。意外な人物の名前が出てきたときに瀬川が教室に戻ってきて「はいみんな、次の時間急遽自習になったから、教室で待機していてね」と通達してきた。まだ西田さんが自首してきたことを知らないのか瀬川には焦りの色が全く見せてなかった。
直感的に怜が仕組んだのだと悟り、教室から出ようとすると瀬川が俺を引き留めようとしたが「ちょっとだけトイレ」と子供のような言い訳をして振り切った。それ以上瀬川が追いかけなかったが、昼休みの件で強く言えなかったのかもしれない。
職員室に降りると、ちょうど西田さんが出てきたところだ。背筋はいつもと違い猫背気味で、普段の明るさが吹き消されたような感じだ。
「ようボーイ。ごめんな。私この学校から出て行かないといけなくなったわ」
自分がしたことは伏せていたが弁明することもせず処分のことを伝えた。
「なんで盗撮なんて」
「はは、もう話が回ってきたんだな。金だよ。ボーイぐらいの少年の裸でもネットの世界は需要が大きいんだ。まああぶく銭で稼ごうとして罰が当たったんだ。あのお嬢ちゃんには十分気を付けて幸せにしてやれよ」
右手を上げてトボトボしながら別れを告げたが、言い残した気を付けての意味が引っ掛かり余韻が埋まれなかった。
西田さんの背中が見えなくなってきたちょうどのタイミングで肩に柔らかい手が置かれると「ユ・ウ・キ」と喜びに満ちた声が上がった。怜だった。
「お前、今までどこに行ってたんだよ」
「ごめんなさい。その子とも含めてちょっと答え合わせしようと思って」
「答え合わせって」
「西田さんが犯人だった答え合わせだよ」
***
職員室から離れた階段の踊り場に移動した。他のクラスも自習なのか階上が少し騒がしい。だが誰もこの踊り場に降りてこないのは、まるで探偵が推理ショーをする異様な聖域にいるように感じられた。
階段を椅子がわりに腰を下ろすと、怜は西田さんが犯人である理由をまるでテストの答え合わせのように話し始めた。
「あのね、西田さんが犯人と勘付いたのは順番がおかしかったから」
「順番?」
「トイレに入ってきた順番って西田さん、瀬川さん、次に他のクラスの子で瀬川さんと入れ替わり入ってきた種田さん。個室のうち一つは西田さんが使用中ということが条件。でも瀬川さんがトイレにいたことは嘘だった」
「そう。だから最初に個室に入ったのはその他のクラスの子だって」
「勇樹、女の子がトイレに入るのは用足しするだけじゃないんだよ。勇樹以外の人に話をするの怖かったんだけど、勇気を出してそのクラスの子を探し出して聞いたの。それで、その時トイレに入っていた人から聞いてね。あの時はつけまつげが外れかけていたからあわててトイレに駆け込んで直したんだって」
まったくの盲点だった。男がトイレに行くというのなら用足しをするしか考えられないが、女がトイレに行くという意味が化粧を直すのであれば個室に入る必要はない。つまり隣の個室には誰も入っていないということになる。
「でも西田さんが更衣室に入ったのなら、どうやったんだ? 種田が見る前なら瀬川と出くわすはずだ」
「西田さんならできるよ。梯子を持っているし、鍵だって管理作業員なら鍵をもう一本持つこともできるし、外から見えないように大きなシーツを持っていたとしても違和感ない」
「カーテン?」
「今朝の私が女子更衣室には着替え用のカーテンがあるけど、男子にはないって言ったでしょ。西田さんはシーツをカーテンレールに乗せて姿を隠したんだ。瀬川さんは男子更衣室が女子更衣室とまったく同じ構造だと思って気づかなかったというわけ」
そのために怜が体育館から出て行ってしまった理由が分かったのだが、どうして西田さんの言葉が嘘だと勘付いたのかがわからない。それについて尋ねると怜はまるで俺の好みの味を知っているような当たり前だよって言いたげな顔をしてみせた。
「それはね。瀬川さんが勇樹のことが好きで盗撮をするなら、カメラの場所が悪すぎるからだよ。本当に好きなら、他の男子の姿を映したくないもの。それなら授業の前に勇樹のカバンや体操服にこっそりカメラを仕込むべきだよ」
あーなるほど。……っておい、そんな発想からよく思いつくな。
仕掛けた西田さんもそうであるが、瀬川も怜も想像もつかないようなことをよくポンポン思いつくなと嘆息を漏らした。
「ねえ勇樹はヤンデレは嫌い?」
「と、唐突になんだよ」
「西田さんが ヤンデレは好きな人から嫌われるぞと忠告されたの。どう思う?」
さっき考えていたことを見透かされたような台詞だ。今までの行動からして怜はほぼ確実にヤンデレだろう。けど人を傷つけるようなことはしていない。ただ俺のために人と接するのが苦手なのに、頑張って奮闘していたのは事実だ。だから俺は正直に言った。
「ヤンデレは怖い。刃物を振り回して人を傷つけるから。けど好きな人のために頑張る女の子は好きだけど」
「だよね。勇樹はそういうの嫌いだもの、私はそういう人間にはならないようにする。最低でも好きな人のために刃物を手にしない良いヤンデレにはなろうと思う」
「俺としてはそこ至らないようにしてほしいのだがな」
「そこは努力する。でも、勇樹を傷つけるような人は絶対に許さないから私」
ぎゅっと怜は拳を握りしめて階段から立ち上がると「そろそろ授業が終わりそうだから戻ろうか」と階段を上がろうとしたその時に、俺は一つわからないことを聞いた。
「ところで、よく西田さんを自首させるまでに説得できたな」
「ああそれはね。SNSで出回っている画像や動画を検索してここの学校と同じ場所を特定して警察に突き出すって脅した。事前にカーテンを持ち込むなんて何回かくりかえしているに決まっているだろうからね。そしたらあっさり出頭してくれたよ」
大人相手に躊躇なく脅しをしたというのに、恐怖の後味どころか達成感があふれるにこやかに階段を上がっていく怜にゾクッとした。
なるほど、刃物を振り回さない良いヤンデレであることは確かのようだ。今後も俺と怜との間を邪魔するような人間がいなければいうことを除けばだ。
入学式に告白した幼馴染が盗撮犯のヤンデレと疑われたから、無実を証明する チクチクネズミ @tikutikumouse
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