第2話 疑惑のヤンデレ
下校時刻となった間際、急にトイレに呼び出された友人の
「ヤンデレ? それはヤングでナウな人がデレデレとか、ヤンキーが
「入学式の告白の時から思ったけど、どうしてそんな至るのかわからん。病んだ人がデレデレするのヤンデレ。それもガチでヤバめの」
直は目の前にアホな人間がいて侮蔑しているような眼で見ている。いや俺だってヤンデレの意味ぐらい知っているからな。好きで好きでたまらなすぎて、他の人間をぶっ殺すような人のことをだってことは。
だけど怜がヤンデレだなんて。あいつはアリの行列が前を通っても跨がずに、列がなくなるまで待つような虫一匹も殺生したことがないような奴だ。それを刃物を振り回すようなヤンデレだなんて。
ありえない! 小学生の調理実習で俺が包丁を渡す向きを間違えて刃の方を出して、今まで見たことないほどしこたま怒られたことがある。それぐらい刃物の扱いを注意する怜がヤンデレのはずがない!
「怜は刃物振り回してみんな死んじゃえとすることなんて絶対にしないぞ」
「そんな殺人事件級のヤバさだったら、俺じゃなくて警察が強引にでも引きはがしているって。俺たちが体育で使っていた後の男子更衣室で、盗撮カメラが見つかったってLIMEで回ってきたんだよ」
「男子の方に? 物好きな奴がいるもんだな」
「呑気だな。その犯人はお前の体を狙っているんだよ」
……え? 嘘だろ。いやでもまさか。信じられなかった。俺の裸にそういう目で見ている奴がいただなんて。
「俺、あんまり筋肉ないけど、もしかしてそういう性癖持ちの奴だったのか。でももしいまからでも腹筋だけでも鍛えたほうが」
「まてっ話は最後まで聞け! お前の体云々はみじんも興味ないからな。うちの学校体育の時、必ず更衣室で着替えてその時鍵は男女のどちらかが代表して取り行ってから着替える……ということになっているよな」
「ということになっている」の言葉の裏には、それが形骸化していることを意味していた。
男女の裸をみないようにするための配慮であるが、体育の着替えというのは時間がかかる。ましてや、わざわざ職員室まで取りに行ってから更衣室で着替えてからだと完全に遅刻してしまう。特に女子はたいがい着替えるのが遅いから、最初のころは体育の先生に遅刻だと怒られていた。
だから体育の時はあらかじめ制服の下に体操服を着替えるか、トイレで着替えておいてから更衣室に荷物を置くようにして遅刻を防いでいる。ただトイレのキャパシティーにも限界があり、人数の少ない女子はともかく男子はどうしても何人かは更衣室で着替えるはめになる。
「もしかして今日の当番が怜だったから、更衣室に入って仕掛けたという結論なのか。他のクラスの男子がわざと仕掛けたかもしれないだろ」
「それがだな……更衣室には俺たちが入る直前、別のクラスの奴が入っていて、その時はカメラらしきものはなかったんだ。動機しても、安藤がお前に執着するほどのヤンデレなら、鍵を使ってお前を盗撮したい欲求を抑えられなかったと考えられる」
まるで探偵のように腕を組みながら推理をつらつらと述べると、最初に直が放ったことの意味が理解できた。犯人と付き合っていると俺に被害が及ぶぞとの警告だ。たとえ男子更衣室とはいえ盗撮は盗撮、犯罪に違いはない。しかも入学して早々噂になったカップルの片割れの怜が犯人だと知れ渡ったら、直接の被害者でない人間からも報復がくる恐れがある。もちろんそれはカップルである俺にも及ぶ。
だけど、怜が犯人だなんて俺は信じたくない。
「そんなの憶測だろ。第一、ヤンデレだってどうして決めつけるんだ」
「いや傍目からして結構ヤバめだと思うぞ。毎日休み時間の間でも連絡したり、他の女子よりも一歩近いところにいたりとか拘束するにしては少し常軌を逸脱している」
直の指摘は思い当たる節が多かった。それでも俺が反論しようとしたその時、携帯が鳴った。しかも電話の主は怜と最悪のタイミングだ。俺がすぐに電話に出ないことに直の目が座っていた。
「わかったよ。いちいち連絡するなって言ってくる」
「ああ、そうしたほうがいい」
「LIMEで済ませるより直接口で言った方が早いからな。携帯のデータ通信量もったいないし」
「そういう問題じゃない!! 何聞いていたんだ!?」
「うるさいヤンデレだどうかなんて関係ない。怜は昔からマンションの隣にいて、毎日電話で連絡取り合っていたんだから」
「それが異常なんだって。そうやって携帯でいちいち連絡入れるのもそうだし、それが行き過ぎて彼氏の動きを監視するのがヤンデレだって。本当にこのままだと一番の被害者であるお前まで犯人扱いされるぞ」
最後のその一言でキレた。
「知るか!」
直の制止を振り払い、肩を怒らせてずんずんとトイレから出いく。なにがヤンデレだ。最初に鍵を持っていたから犯行に及んだ? あいつがそんなことするはずない。
怜、お前が盗撮のヤンデレでない疑いを絶対に晴らしてやる。
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