第5話 筋肉フェチの瀬川委員長

 瀬川を発見したのは昼休みが四分の三ほど過ぎたころだった。いつも教室にいないためどこにいるのか見当がつかなかった。のだが。


「体育館の舞台裏ねぇ。なんで潜んでいるって知っていたんだ」

「前に勇樹をスト、いや探していたときにここの体育館で男子が遊んでいるのを瀬川さん眺めていたから」


 どうしてこの時間に体育館に……あっ、もしかして好きな人がここで遊んでいるのを眺めているのか。なかなか乙女らしい部分もあるじゃないか。


 体育館の舞台裏に回ると、頭隠して尻隠さずの逆というか瀬川の特徴であるポニーテールが舞台袖にある黒のカーテンの間からぴょこんと出ていた。瀬川に近づこうとすると、察知したのか後ろを振り向き引きつった顔を晒した。


「げっ、あなたたちどうして!」

「ちょっと聞きたいことがあって。でもこんなところにいるなんて、もしかして」

「知っているなら仕方ないわね。そうよ私、筋肉&汗拭きフェチだけど! それが何か!」


 返してくれ俺の純粋な心。


 瀬川の知りたくない性癖のことを置いて、トイレに行った時のことを質問するや否や、瀬川は腕を組みながら吊り上がった目がより鋭く、睨んだ。


「普通にトイレに行っただけで私を疑っているわけ? 人の性癖が暴走して犯行に及んだって推測なの?」

「そんなけんか腰に構えなくても」


こういうところが苦手なんだよな瀬川は。学級委員長に在籍していることもあってか気が強く、おまけにゴムで縛ったポニーテールが武士のようで厳つさを助長している。


「反論するけど、私はあくまで眼福程度で留めているだけ。体育の時もちょっと興味をそそられるけど、我欲を抑えてているからね。それに私の好みは、男子が体操着のすそを拭いたりする仕草とそこから見える鍛えられた薄っすら割れた腹筋一番の好みで、全裸は興味ないの。あの時も、私は本当にトイレに行っただけだから」


 ふんと変なこだわりを自信を持って言い張り、鼻息を鳴らす。


「じゃあ、トイレに行った時どこにいた。あの時管理作業員さんが点検に入っていたけど」

「そんなこと女の子に聞くってプライバシーの侵害じゃない」

「いちおうアリバイのためだって」

「どこの部屋にいろうが、女子トイレの入り口に清掃中の看板が置いていたのを覚えてる。これでアリバイ成立」


 こういうことのために怜を連れてきたのに、と後を向くと瀬川のようにカーテンの中に隠れながら俺が瀬川に詰められているのを眺めていた。ここに瀬川がいることを教えてくれた当の本人なのに。


 体育館の方で歓声が上がると、ちろりと瀬川がカーテンの隙間から体育館を覗く。

 今運動している生徒のほとんどがカッターシャツに前を開けるか下に体操服を着ている男子ばかり。しかも五月の春の日差しがこもってちょっと暑い体育館ともあって、みんな服で汗を拭きまくっている。それをするたびに瀬川は悶絶するようにカーテンを握り締めながら手を顔に当てて恍惚の表情を見せ始める。


「ああいいわね汗シャツ男子。特にベルトをしないスポーツはみんなシャツで汗をぬぐうからお腹が丸見えね。夏になればもっと汗をかく男子が増えるのはいいけど、足が見えるのはあんまりね。太いか細いかの違いだけだし」

「おい、聞き捨てならないぞ。俺も中学サッカー部に所属していたことがあるが、大腿四頭筋も大腿二頭筋が何の苦労もなく鍛えているわけじゃないぞ。それを言うなら腹筋なんて元々割れているものを筋肉で膨らませただけだろ」

「あら、腹筋の魅力をご存じでない? お腹の脂肪を削る努力の象徴みたいなもの。それに太ももってあんまり脂肪がつかないからあんまりわからないじゃない、筋肉が付いたら太って見えるし」


 瀬川が頑なに太ももについて譲ろうとせず引き続き反論しようとした時、ツンと背中に細い棒のようなものが押し付けられた。


「勇樹、私以外の子と私が理解できないことで熱中しないで。見捨てないで」


 押し付けられていたのはペン先が出ていないボールペンで、それを怜が背中に押しつけていた。話に熱中しすぎていて放置されていたのが溜まらなかったのだろう。

 だがその押し付ける仕草が、ヤンデレが刃物を押し付ける仕草に似てて、心なしか瞳が濁っているように見える。


「それに、トイレになら安藤さんと種田さんも授業中行ったじゃない」


 え?

 瀬川の口から出た証言に、怜は俺の背中越しにそれが事実であると答えてしまった。


「え、その。私はあの時体育館から出てそのままトイレに入ったよ」

「その時鍵は」

「男子の持っていた。トイレから帰った後、不便だからって両方の鍵瀬川さんに渡して終わりの時は種田さんが鍵を持っていた」


 まずい、また怜が容疑者に浮上してしまった。瀬川はもう用事は終わったでしょと、再び視線を体育館の方に落として俺たちの方に振り向かなかった。

 体育館から出るとき、俺は捜査をする人間としては不遜なことに種田が犯人であることを祈った。本当にこのままでは怜が犯人にされてしまう。

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