第4話 鍵の行方
事件の翌日、教室に入るとちょうど直と鉢合わせして犯人探しの件を伝えた。
「というわけで、怜が率先して盗撮犯探しをすることになった」
「……疑惑は深まった」
怪しむ感じであごに手を乗せて直は疑いの目を向けた。いきなり俺の目論見が傾くとは思ってなく、座っていた机の上から落ちそうになり慌てて軌道修正を図る。
「なんでだよ! 怜が犯人探して疑惑が深まるんだよ」
「探偵が犯人だという可能性はある。それに、犯人探しを自分からすれば疑われる心配が少ないとお前がそそのかしたんじゃないだろうな」
半分当たっていて、心臓が口から飛び出そうになった。出て来そうになった心臓をもとの位置に戻して喉を鳴らして、冷静に装う。
「違うって。怜がこのまま放っておくとまた犯人が盗撮をする恐れがあるかもしれないから捕まえたほうがいいって言ったんだよ」
「まだ犯人が捕まっていない以上その線は十分にある。運動部の方でも更衣室全部を捜索して同じようなカメラが設置されていないか調べているらしい。もしも同じカメラが発見されたら安藤の疑惑は少し晴れると思うが……」
盗撮犯が仮に直の言う通り怜であるなら、ヤンデレ目的上対象は俺一人。つまりほかの運動部が使う更衣室からもカメラが見つかれば怜が犯人である腺は薄くなる。だがその情報があったことを告げないということは、まだ見つかっていないということか。
「それで安藤は自分から聞き込みできるのか。さっきから姿が見えないようだが」
「さっき一緒に登校したはず」
教室を見ると怜の姿はなく、怜の机にはカバンすらもない。どこに行ったのかと見回すと窓の端っこにまとめられているカーテンが異様な膨らみをしていた。傍にいるクラスメイトは異様な膨らみをちらっと視線を泳がすが誰がいるか謎校としない。
誰も見ようとしないカーテンに近づくと、一センチ程度の隙間から声が漏れていた。
「どうして久米君とお話しているのかな。昨日も久米君と二人っきりで話して。勇樹がこの間にも狙われているかもしれないというのに……でもどうやって追い払うかわからないのがもどかしいというか」
もぞもぞと怪しい独り言をしゃべる膨らみに手をかけて覆っていた物をはがすと、体を縮こませていた怜がいた。
「何やってんだ怜」
「え、え~とこれね。勇樹が話している間、どこから見守り……じゃなくてちょっと外の天気がいいから、当たろうと思って」
「今日思いっきり曇りだぞ。しかもいや~にどんよりした」
「あっ、そう。このじっとりした天気がねちょっといい感じだと思って」
一貫性のないことをしどろもどろになっている。俺と居たいなら隣にいても問題ないだろうに。そういえば怜が怜が他の子と話しているの見たことないな。今まで俺の隣に居続けていたから他の子との関係を気にしなかったが、ヤンデレであるかという以前にちょっと心配になってきた。
***
昼休みになると、俺は怜を引き連れて事件のあった更衣室の前へ移動した。更衣室にはやはり盗撮事件があったということもあり人気はない。だがその隣に併設されている体育館は休み時間を運動に費やしたい生徒が集まっている。午前の体育が、更衣室の一件があって代わりに座学の保健体育に代わってしまった。退屈な授業の中で気晴らしになる体育がなくなりほとんどの男子が体育を夢の中で済ませていたが、それでも体力があまり余る高校生男子が昼食の時間を削ってでもこっちで発散しているのだろう。
怜が持ってきた二人分の弁当を広げて、卵焼きを一つ摘まむ。俺の分までいつも作ってきてくれる怜の弁当はこういう時でも本当にいい。卵焼きは俺好みの甘じょっぱさがあり美味いし、海鮮ふりかけご飯も冷たいが海苔の塩加減が米に浸透して美味しく仕上がっている。
「私が言いだしっぺなんだけど、探偵のまねごとなんてできるかなって今更に思ったんだけど」
不安げな顔で俺の方を向く怜。大事なのは怜が犯人ではないことを証明することだ。
「別に聞き込みをしなくても状況を思い出せばいい。俺も考えるから。あの時怜が鍵を持ってきただろ、更衣室を開けてその後どうしたんだ」
「更衣室の鍵を男子と女子の更衣室の鍵穴に刺して、私も更衣室に入ったよ。鍵当番は制服でないと校則破りだって怒られるから、急いで着替えないといけなかったし、他にも着替えていない女子もいたから」
前にクラスの男子が体操服で更衣室の鍵を借りに職員室に入ったら先生から高速破りだと怒られた経緯があり、それ以後男女とも職員室に入る前は必ず制服で入らなければならなくなった。まったくめんどくさいことこの上ない。
しかし問題は盗撮がいつ行われたかだ。体育の時間前に行ったのなら怜に疑惑が及ぶが、鍵を管理している先生が把握しているだろうし、なにより十分休憩の間に鍵を取りに行きつつカメラを仕掛けてみんなに合流するのは時間的に無理だろう。
ふと、ケチャップソースがついたハンバーグを挟んだ箸が俺の顔の前に出てきた。
「箸が止まっているよ。口開けて、私が食べさせてあげる」
「あ、うん」
満面の笑みを浮かべながら怜が持っているミニハンバーグを口に運ばせる。
「おいしい?」
「うん。いけるいける」
「よかった。さっきから箸が進んでいなくて私心配したよ。いつも勇樹が満足できるように平均ご飯二百g、肉七〇g、野菜類五〇gを目安に作っているお弁当、ほとんど口にしてないし、あんまり根詰めすぎて倒れないでよね」
やけに細かく作っているんだなこの弁当! あと心配の種は怜が犯人でないことを証明するために悩んでいるの。
しかし犯人探しをしてみたものの、本物の探偵のように閃きとか浮かばないものだな。もっと情報取集したいのだけど、約三十人もいるうちのクラス一人一人聞くのは疲れるな。
怜が弁当のおかずを次々口に入れてながら、どうやって調査を進めていくのか悩んでいるとハスキーヴォイスな女性の声が廊下に響く。
「よっ、入学式カップル。こんなところでデートは似合わなくないかい」
「西田先生」
「悪い悪い。あと私は先生じゃなくて管理作業員だから西田でいいっての」
長い髪を帽子の中に入れ込んだ西田さん、管理作業員というオッサンがやるイメージがある職業ながら、家の学校ではまさかの二十代後半の大人のお姉さんがやっている。お姉さん感が漂う性格に加え、職柄不釣り合いな緑の作業服と梯子を担いでいるギャップで、他の女性の先生よりも人気があるという。
「で、なにしてんの? 深刻な顔して弁当食べて」
「この前の盗撮犯がいつ更衣室に入ったか調査していまして、時間を割り出せれば犯人が誰であるか特定できそで。あの時間西田さん巡回している頃ですよね。何か知ってます?」
「ほほーう。入学式カップルの次は探偵カップルの座を狙うわけ? 学校の美味しいとこどり総なめだねぇ」
「別にそんな気はないですよ。ただ、もう一度犯行が行われないようにしたいだけです」
「それは殊勝な心掛けだ。けどそんな気がなくても、他の人間はそうじゃないこともあるんだぞボーイ。例えば同じ宝くじ売り場で誰かが賞金を当てて大喜びしたら、近くで見ていた人間はそれを奪いたくなる衝動に駆られるね。たとえそれが千円ぽっちでも」
「いやに具体的ですね」
「ああ、私の体験談だからね」
「千円ぽっちで嫉妬したんですか!?」
「百枚も買ったから一枚ぐらい一等や二等はあるかなと思ったけど、スクラッチ全部外れて悲惨なのに、隣の奴が一枚でも当たったら今生初めての屈辱と嫉妬を覚えたよ。ただでさえ安月給なのに、おかげで今月貧乏さ探偵ボーイ」
百枚も突っ込むとか今後の生活大丈夫なのかこの人、と最後に出た西田さんの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「いえ、探偵役は怜の方ですけど」
「ありゃ? ボーイが先に聞いたからてっきり、それにあの子もいつの間にか席外していたし」
振り返ると食べかけの弁当を残して怜の姿はなかった。だがよくよく見ると、廊下の角の壁から覗き込むように俺たちの方を見ていた。
「なんで二人っきりの所に現れるの。しかも女の人、せっかく勇樹とのお弁当タイムができない。早くどいてくれないかな。念力で動かすことができたらいいのに」
今朝と同じようにぶつぶつ呪詛のように怜はつぶやく。しかしこれ、怜の対人関係俺以外の完全にダメな状態だぞ。入学してから付き合って浮かれてて気にしていなかったが、クラスだけじゃなく管理作業員にまで臆病になっては大問題だ。
意を決して壁に隠れている怜を手招きして呼び寄せると、まるで犬のようにぴゅーっと俺の所へ飛んできた。
「怜、今こそ聞き込みだぞ」
「ふぇ!?」
次の時には、病院に連れて行かれることが発覚した犬のごとく震えあがった。
「自分が犯人探しをするって言っただろ。西田さんは管理作業員だから学校中を見回っているから最有力証言者になる」
「わ、私一人で?」
「頼む、同じ女同士なら聞きやすいと思うしさ」
本当はそんなことしなくても西田さんなら話してくれるのは知っている。だが、怜が俺以外を対人関係に恐怖しては今後の生活からして心配になる。
怜は少し嫌がりながらも手を下にして小刻みに震えながら、西田さんに聞き込みを始めた。
「あの……西田さん。あの時間体育館周り巡回していませんでしたか?」
「お~探偵さんのお出ましだね。たしか最後の授業が始まってすぐ女子トイレの見回りと点検をしていて、誰か入ってくる音が聞こえてたよ。その時は個室に入ってトイレの調子を見ていたから誰かは知らないけどね。その後はあの辺りをぐるっと見回ったけど怪しい人は見てないよ」
おおこれは有力な情報かも、怜よくやった。
「誰か授業中にトイレに行った奴知らないか? あの時間、男子は誰も行かなかったはずだが」
「たぶん瀬川さんかも、トイレに行くからって私鍵を貸していた」
「なんでトイレ行くのに鍵がいるんだ」
「ボーイ。そこは女の性にまつわる話だから口をチャックだ」
それ以上のことはあえて踏み込まなかったが、まず聞き込み対象が絞れたのは大進歩だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます