第8話 犯人は……

「またあなたたちなの。私の至福のひと時を邪魔しに来ないでよ。こうしてひっそりと男子たちの腹筋を眺めるのが大事なの」


 昼休み体育館の舞台裏に居座っていた瀬川が流し目で俺たちの方を睨む。前回と同じように怜も一緒に来ているが相変わらず前に出ず、俺の後ろに隠れていた。


「更衣室に侵入したの瀬川なんだろ」

「……どういう根拠? 私があの時持っていたのは女子更衣室の鍵だった」

「鍵のタグはすり替えられていた。そして男子と女子とが入れ替わったのを気づかないで、男子のを渡したんだ。そして最初に入れ替わった男子更衣室の鍵を受け取ったのは瀬川だ」

「その証拠は? タグが入れ替わったという証拠とか証言はあるの? 鍵のタグが入れ替わったという確固たる根拠がなければ探偵廃業よ安藤さん、三城君。それとも犯人は探偵だったという落ちもあるんじゃない」


 怜が犯人である可能性を暗に示唆するように挑発したが想定内の答えだった。

 鍵のタグが入れ替わっていた証拠はどこにもない。けどもう一件反論できる余地がある。すると後ろで制服のすそを握り締めていた怜が「勇樹ここは私に任せてくれない。いつまでも背中でいてられない、私がやらないと」と前に出て意外にも反論の口火を切ったのだった。


「……トイレに行ったのならわかるよね」

「何が」

「女子トイレに管理作業員の西田さんがどっちの個室を修理していたか」

「……えっ、修理」

「そうだよ。種田さんもほかのクラスの子も西田さんが清掃の看板を片付けていたのを見ていたんだから答えられるよね。授業の途中で鍵をまとめて瀬川さんに渡すように言ったの、入れ替わったタグを授業終わりや他の人に使われてしまう前に元に戻すためなんでしょ」


 ずりずりと怜がゆっくりを瀬川に歩みを進めながらどちらのトイレに行ったか詰め寄る。


「わかるよね。たった二つのうちの一つなんだから」

「…………わからないよ行ってないもの」


 ついに観念した瀬川は垂れ幕を閉じて、うなだれた。


「どうして更衣室に侵入なんか」

「好きだったからよ。あんたが」

「え?」

「入学式の前からサッカー部の三城のことは知っていたの、いい筋肉持っているから、どんな人か知り合いになりたくて」


 結局そこかい!


「でも、入学式でいきなり告白されてから安藤さんのおかげでなかなか近づけなかったの。最初はお近づきだけでもと思ってたけど、すぐ近くでイチャイチャしていたらなんだか悔しくなって、どうして私に振り向いてくれないのって三城に対してイライラしてそれで」


 ゆらりと怜の頭が揺れたその一瞬、ネズミのように素早い動きで瀬川を壁際に追い詰めた。そして鬼気迫る顔で瀬川の喉元に爪を刃物を向けるように突き立てた。


「瀬川さん。はっきり言って。あなたが仕掛けたのは」

「ちっ、違う。仕掛けたのは待ち針だけ! カメラなんて仕掛けてない!」


 いつも大人しい怜が急に怖い空気を醸し出して戸惑ったのか、それとも単純な恐怖からか意外な答えが瀬川から飛び出した。


「待ち針って、俺の右ポケットに入っていた」

「そう、それ。ヘアゴムの中に隠していたのを三城君のポケットに入れて。驚かすだけだったの。それにカメラも本当に安藤さんがまだ鍵を持っていたから、仕掛けていたのもそうじゃないかって思って」

「……わかっている。でも誓って、もう勇樹に近づかないで」


 瀬川の耳元で牙を立てたように鋭く告げると、瀬川は力が抜けてその場に腰を落としてしまった。


「勇樹まだこのことは言わないでね。本当の犯人は勇樹の手を汚さないで解決するから」


 そう言って怜は俺と瀬川を残して舞台裏から降りて姿を消した。一瞬向けられたその笑顔は、いつもの優しいものでなく何か裏があるような怪しげなものだった。

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