どんでん返しは止まらない

雅島貢@107kg

第1話

 春だ。完全に春だ。この暖かさと、雪解けの道。どう考えても春だ。人は雪解けを良いもののように言うが、実際の雪解けというのは単なるぐちょぐちょのでろでろだ。防水のブーツにもどこからか染み込む水に不快感を覚えながら、岩井幽也は文芸部のドアを開ける。

 そこには既に文芸部部長の則田ルルがいた。「文芸部部長」を絵に描いたような――というと、なんかしらのコンプライアンスに違反しそうな気がするが、これは岩井の主観的視点であるから、ご寛恕願いたい――三つ編みのおさげと、度の強そうな眼鏡、長いスカート。則田は岩井が入ってくるのを見ると、微笑んで言った。

「そこは地球だったのだ!」

「そんな馬鹿な。ここはまだですよ、部長」

 岩井がそう返すと、則田はつまらなそうに言う。

「反応が早すぎない? クスリでもやってんのか? ああ?」

「それはこっちのセリフですが。昨日『なんかどんでん返しの話を考えてよ』って言ってきたのは部長じゃあないですか」

「それにしても呑み込みがいいね。さすがオカ研」

「別にオカルトだからってしょっちゅうどんでん返しがあるわけじゃあないですけどね。ホラー映画の一部にそういうのがあるのは認めますが、オカルト全般で言うとなんかそんな明白なオチが無い方が多い気がしますけど」

「でもやっぱホラ、実は――とかさ」

「勝手に殺さないでください。まあ、でも、それ系統は確かにオカルト話であることは認めますね。部長、?」

「それ、話している対象が問いかけたらダメなやつじゃあない?」

「そうだったかもしれません」

 岩井はそう言うと、適当な椅子を引き寄せて座り、雑誌を読み始める。


「ちょっと。勝手に話をやめないでよね。ちゃんと考えてよ、どんでん返し」

「いや、だから昨日も言いましたが、それは文芸部の活動であって、オカ研の活動とは関係ないですよね」

「まあそうかもしれないけどさ。でもこの話の視点人物は岩井君なんだから、岩井君がなんかを記述しないことには『どんでん返し』は発生しないんだよ」

「何を勝手に。あっ、違った。実は!」

「事実じゃん」

「事実でした」

「でもそれは異例のパターンだよね、実際。つまりさあ、どんでん返しというのは、基本的に視点人物——この場合は岩井君ね――にとっては『当たり前すぎて記述していないこと』、あるいは『【読者・視聴者との】認識のズレ』があって、それが最後に分かるからどんでんが返されるわけじゃない」

「なるほど。例えば、ことは、僕——不本意ながら視点人物――にとっては当たり前のことなので、わざわざ記述しないわけですね。ただ、『三つ編みおさげで、スカート丈が長い人』は場合と時代によっては女性だと思われるかもしれない。それで、女性には不可能なことをなんかフックにして……なんでしょうね。殺人現場に精液が残されていたとか? でもその場合、犯人即バレしますよね」

「複数男性がいて、陸の孤島でDNA検査がすぐにできなかったとか」

「いや、陸の孤島ならできますよね?? まあ出来なかったしても、部長が疑われる描写がないとおかしくなるじゃあないですか。だからあんま良くないですね、これ。逆の方がいいかなあ。僕が実は女性だった方がまだ成立するものが増える気がする。そんで、『僕は女性です』なんてわざわざ宣言しませんもんね」

「それはでも、the ありがちだよね」

「確かにそうですね。一方、小説の登場人物が登場人物であることに気づいてびっくりするのは、これはまあ、言ったら誰でもびっくりすることだからちょっと違ったどんでん返しであると。まあ、そうかもしんないっスね。それでいいんじゃあないですか?」

「うーん、まあでもそれもそれであるんだよね。しかも、もう言っちゃったから、オチにならないし」

「それはなんかこう、工夫して話にしてくださいよ……。っていうか、そもそも、なんで『どんでん返し』なんてテーマにしようと思ったんです? 文芸部って別に文芸なんだからいらないでしょ『どんでん返し』とか。"文芸部の話なんてさ、なんかこう、いい感じの雰囲気で、素敵な表現を使って、なんかしんみりするなあ、みたいになればそれでいいんだから。捻りとかいらないいらない"って言ってたのは部長じゃあないですか」

「キミも言うようになったねえ。いや、別に私が決めたわけじゃあないのよ、このテーマ。カクヨムって小説投稿ができるWebサイトがあってね、そこで、なんかこう、お題に沿って書きましょうってやつのお題がそれなわけ」

「はあ。そんなん投稿してたんですか、部長」

「まあ、一応文芸部っぽいことをしないとね。機関誌の発行と、Web投稿、これが文芸部活動の基準だよ。知らなかった? あと、これお題に沿って投稿すると、ちょっとおかねがもらえるの」

「急に下衆くなりましたね。まあでも、書いたらそれだけで全員に稿料を払うっていうなら、結構太っ腹なサイトですねえ、どこが運営しているんです?」

「KADOKAWAっていうところだよ。偉大で素敵な会社だよね」

「本当ですね。よぉし、僕も今度本を買う時は、KADOKAWAから買っちゃうゾ☆」

「部長との、約束だよッ☆」

 則田は立ち上がって、窓を開け、空を見上げた。その空には、カクヨムのロゴが淡く輝いていた――。


 『カクヨム』を検索して、サイトに記載された要綱を眺めながら、岩井は言う。

「義理は果たしたんじゃあないですか?」

「そうそう、なので、ロボット三原則によって嘘もつけないから、本当のことを言っているし」

「しかもし」

「うーん、うーん、えーっと、し!」

「しかもだし」

「……それもだしっ!」

「それを書いていたのはだし」

「ううう。強いね、岩井君」

「この才能があったことに自分でも驚いています。でもまあ、こういうのって所詮知識の蓄積であって、それを詰め込めば本当にどんでん返しになるかって言うと微妙なところですよねえ」

「まあ、時間が過ぎるにつれて、本当にピュアなどんでん返しっていうのは難しくなるよねえ。後に生まれた人間の宿命なのかもしれないね」

「ああ、まあ確かにそうですね。あ、じゃあこういうのはどうです? 2020!! ホラ、見てくださいよ。『うるう年に誕生したカクヨムは、2020年2月29日にはじめての誕生日を迎えました。今年、2056年2月29日は、カクヨムの10回目の【本当の】誕生日です。それを記念して、1回目の【本当の】誕生日と同じテーマで盛大なお祭りを開催します!』ですって。2020、最近の『どんでん返し』も、新鮮なものというかオリジナルだったことに遡及的にできるのでは?」

 ふむ、と一つ頷いて、則田はノートパソコンに向かう。そしてしばらくキーをたたくが、ふと思いついたように検索をはじめ、残念そうにこう言った。

「岩井君、残念だけどそれは無理だね。なぜって、2020年の3月はね、covid-19っていうウイルスが流行っていたんだって。それで、全国の小中高校は一斉休校になっていたみたいだよ。だから、そもそも文芸部部室になんのエクスキューズもなく集まっている私たちは、


 そうだったのか。僕たちは、本当は、初めから、存在していなかったんだ――。










「どうすか? これだと、カクヨムとやらが少なくとも2056年まで存在することになって、結構ヨイショができると思うんですが」

「やるじゃん、岩井君。もちろん偉大なる我らがカクヨムは、2056年どころか、人類が存在する限りは元気に運営されると思うけど」

「という話が掲載されているこのサイトは、!」

「それはただの明白な嘘だよ」「今更?」


 

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