002 家出娘が甘えてくる
「そういえば、一緒に住むのにお互い名前も知らないな」
「ん。忘れてた」
「俺は水野悠(みずのゆう)。一応、社会人二年目」
「…私も、ゆう、だよ?」
「そうなの?」
「ん。結ぶに羽って書いて結羽」
「へえ、お揃いだな」
「んっ。おそろいっ♪」
か、かわええ…。
見えない尻尾がぶんぶん揺れているように見える。
心なしか目も輝いている気がする。
そんな上機嫌な彼女の腹の虫は不機嫌なようで、きゅるる…と可愛らしい音が鳴った。
「あぅ…」
瞬時に顔が真っ赤に染まって俯いてしまった。可愛い。彼女夕飯食ってなさそうだな。俺はもう食ったけど。時間も時間だし昨日の残りを軽く温めればいいかな。
「ご飯食べてないでしょ?温めとくからその間にお風呂入ってきなよ。脱衣所はそこ出てすぐね」
「…ん。わかった」
未だ赤いままの顔でこくりと頷くと、脱衣所のほうに歩いていった。
――と思ったら顔だけ出してこちらをじっと見つめている。
「のぞいちゃ、だめだよ…?」
「覗かんわ!」
「むぅ…」
なぜか不満そうに頬を膨らませながら、今度こそ脱衣所に向かっていった。
「なんだったんだ…?」
覗くなと言われたから覗かないと言ったら不機嫌になったし。
いや、もともと覗く気なんてないよ?
…と、できたな。
まだ入ったばかりだからすぐには出てこないと思うけど、一応できたって伝えとくか。
もちろんラッキースケベなんて起きるはずもなく、脱衣所の中に入ると、シャワーの音に混じって時折鼻歌が聞こえてくる。
あんまり表情に出ないようにみえて、思ったよりも表情豊かなのかも。
「ご飯、温まったよ」
「ひゃっ!?」
悲鳴とともにばたんと大きな音が中からした。
ずっこけたな?
「大丈夫?」
「うぅ…」
「…どっか痛いの?」
「大丈夫、だから。もう少ししたら出る…」
わかった、と返事だけして脱衣所から出た。
出るときに小さな声でなにか言っていたけど、ドアを閉めかけていたからさすがに聞き取れなかった。
「ばか…」
…でも、ご飯、楽しみ。
…着替え、忘れた。
あとで、借りよ…。
「あがった、よ」
「おう。じゃあ飯にする、か…?」
「…?」
「…なんでお前、服着てないの?」
「着替え、忘れたから…」
「先に言えよ…。ちょっと待ってろ、シャツ持ってきてやるから」
表面上はなんでもないように装ってるけど、あいつのバスタオル姿は破壊力やばいて…。
まだしっとりと濡れている髪に上気した頬、意識しないようにしてもそっちに目がいってしまう。
「ほら、あっちで着替えてこい」
「…ん」
数分後、なぜかTシャツだけ着た結羽が出てきた。いやなんで…?ハーフパンツ渡したよね?
「…ズボン、ぶかぶかだった」
「あ、サイズ合わないのか」
「ん。それに、これで、ちょうどいい…」
確かにミニスカワンピみたいになってるけど、ちょっと短すぎやしないかい?
でもあれ以上に小さなサイズはないから仕方ない、のか…?
「(こくこく)」
「ナチュラルに心読むなよ…」
「声に、出てたよ…?」
「ありゃ、マジか」
こくこくと頷きながら昨日の残りの肉じゃがとご飯をもきゅもきゅと頬張っている。
なんだかリスみたいでちょっと笑ってしまった。
「むぅ~」
「痛い痛い」
めっちゃ足蹴られた。ていうかもう食べ終わったのな。いつの間にか彼女の目の前にある皿にはなにも残っていなかった。
「ごちそうさま」
「はい。お粗末さまでした」
「ふゎ…」
「眠い?」
「(こくり)」
「じゃあ、お皿流しに運んでおいてくれる?布団出すから」
「ん。わかった」
少しふらふらとしながらも、お皿を割ることなく流しに置いてくれた。
使っていない布団を引っ張り出しながら、ひやひやしながら見ていた。なんだか妹ができたみたいだ。俺は一人っ子だからかすごく新鮮に感じる。
「ゆーくんも、一緒に寝る」
俺の服の裾をきゅっと掴んで結羽が見上げてくる。可愛すぎるだろこの生物…。
俺ももう寝たいけど、洗い物して風呂入りたいからな…。
「やること終わったら俺も寝るよ。だから先に寝てて」
「やぁ…!一緒に寝るのっ」
なんか幼児退行してない?てか気にしてなかったけどゆーくんで落ち着いたのな。
仕方ない、洗い物だけして寝るか。
「わかった、わかったから。洗い物だけしたら寝るから」
「ほんと…?」
「うん。だから先に布団入ってて」
「(こくん)」
おとなしく布団に入ってくれた彼女の頭を一撫でして、ささっと洗い物を片付ける。
そのあとトイレに行って布団に戻ると、結羽はもう夢の中だった。
「疲れてるよな、そりゃ」
「すぅ…」
しばらくは安心しきった顔で寝ていたけど、しばらくするとうなされているのかカタカタと小刻みに身体を震わせ始めた。
「ひっ、あっ。やぁ…」
無意識的になのか、なにかを掴もうと手を必死に伸ばしていた。
「大丈夫、ここにいるよ」
震える結羽の手を握ると、しだいに震えが治まっていって、またさっきのように静かに眠り始めた。
しばらく彼女のさらさらした髪を撫でていたけれど、いつの間にか俺も眠りに落ちていた。
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