004 家出娘と服を買う
翌日、改めて服を買いに隣町のショッピングモールに来ていた。あの後落ちついてから行こうとしたのだが、洗った服がまだ乾いていなかったから断念。
「どうしたの…?はやくいこ…?」
「ああ。ごめん。行こうか」
「んっ」
俺のコートの裾をちょこんと摘まみ、満足そうに頬を緩めている。可愛い。でも――
「こっちのが温かいだろ?」
手を握ると、彼女の体温が直に伝わってくる。
ちょっとキザすぎたかな…と彼女を見ると、もう顔が蕩けきっていて、とても人様に見せられる顔ではなかった。
「結羽。顔、顔」
「…はっ」
一瞬でいつも通りになった。
いつものこの表情をみていると、あまり表情を変えないのかな…と思うけど一緒に過ごしているとけっこうコロコロ変わっているのがわかって面白い。
それにしても結羽の手、柔らかいなぁ…。
「ゆーくん、いかないの?」
「あ、ごめん」
そして二人は駅に向かって歩きだした。
いくつか他愛のない話をしていると、いつもは長く感じる駅までの道のりがすごく短く感じた。
駅につくまでに、いつもお世話になっている八百屋とか肉屋のおっちゃんに『可愛い嫁さん』と言われて結羽がゆでだこみたいに赤くなったり、それを見たおばさま方が結羽のことを愛ではじめたりといろいろあって、いつもより時間はかかっているけれど、けっこう楽しかった。
本人は恥ずかしかったみたいだけど。
「あの人たち、容赦ない…」
「あはは…。すごく気に入られてたもんね」
「いやじゃない、けど…疲れた」
「まあ、悪い人たちじゃないから。駅でちょっと休憩してからいく?」
「ううん、大丈夫」
「わかった。疲れたら言ってね」
「ん。ありがと」
結羽のぶんの切符を買って、改札を抜ける。
ホームまでの階段を上がりきったらちょうどいいタイミングで電車がきた。
「~♪」
ほんとご機嫌だな。
俺の手を握る力を強くしたり弱くしたりしてる。彼女のぷにぷにした手がすごく気持ちいいから役得ではあるんだけど、どういう意図があるのかはさっぱり見えてこない。
『次は、横浜。横浜です。お出口は――』
「あ、降りるよ」
「んっ」
改札を抜けて、その足で駅ビルに入る。
やっぱり人多いな…。
「じゃあ、まず服見に行こっか」
「ん。こっち?」
「えっと…そうだね」
マップをみてからその店の方向に向かう。
なんか、だいぶ外観が可愛い感じの店だった。
一応、男性服も取り扱っているみたいだけど、女性服がメインっぽい。
「なんかいたたまれないんだけど…」
「…気のせい。探してくる」
――数分後、何着か服を抱えて持ってきた。
いや、選ぶの早いな。
「試着、する…?」
「…俺が?」
「…ばか、なの?」
「冗談だよ。サイズもあるだろうし、試着してきたらどうだ?」
「ん。じゃあ、こっちきて」
彼女に引っ張られて試着室の前まで連れてこられた。あ、俺が見て決めるのね…。
「…そーいう、こと」
「…俺、服のセンスないぞ?」
「だいじょー、ぶい」
そのネタ、知ってるんだ…。
こてん、と首を傾けながら、Vサインをうさみみみたいにぴょこぴょこ動かしている。いちいち可愛いなうちのお嬢さまは。
「わかった。着替えてきな」
「んっ」
がそごそと布擦れの音がして、すぐに試着室のカーテンが開いた。
そこには、水色のミニスカワンピに身を包んだ天使がいた。
「おぉ…」
「似合って、る…?」
「そりゃもちろん。すごく可愛い」
「…えへへ。次の、着てくるっ」
――という流れが何度か続き、結局着た服を全部買った。
結羽はさすがに全部買うとは思っていなかったらしく、ちょっと驚いていた。一応お金はそこそこ貯めているのでこれくらいなら大丈夫な、はず…たぶん。
「ゆーくん、ありがとっ」
「おう。次はなに見に行くんだ?」
「下着…?」
あそっか。替えないんだったよな。
俺はさすがに外で待ってるか。
「(くいくい)」
「ん?」
「一緒に、きて…?」
「いや、無理だろ」
「…なんで?」
「なんでってそりゃお前…」
むぅ…と可愛らしく頬を膨らませて拗ねてますアピールをしてるけど、今回ばかりはさすがにだめだ。男が女性のそういうのの専門店に入るのはマナー的にだめだろうよ…。
「俺は外にいるから、一人でいけるな?」
「(ふるふる)」
じーっ、と音がしそうなくらい俺のことを見つめている。
「…じーっ」
「…言っちゃったよ」
しばらくの間、居候してる家出っ娘に凝視されるというかなりきつい時間を過ごすことになったのだった――。
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