005 家出娘と服を買う2

結局、結羽のうるうる光線には勝てず、あえなくランジェリーショップに連行された。

うへえ、女の人ばっかりじゃん。当たり前だけど…。

店の入口から中までものすごい数の下着が展示されている。

正直、まだ大学を卒業したばかりの俺には刺激が強い。

店の中には少なくない数の女性がいるし、迷惑そうな目が俺に容赦なく向けられる。店員さんも少し困惑した表情を浮かべていた。

ほんとごめんなさい。


「じゃあ、選んでくるね…?」


「おう。できるだけ早めに頼む」


「ん。わかった」


さて、どうするかな…。当たり前だけどスマホはだめだし、だからといって物色するわけにはいかない。

というか、さっきから回りの目線が痛い…。

早くしてくれ…!

そんな俺の悲痛な心の叫びが届いたのか、彼女がとてとてと歩いてきた。


「決まったか?」


「…だいたいは」


よし、これでやっとこの地獄から解放される…。そう思っていた時期が俺にもありました。


「これとこれ、どっちのが似合う…?」


「…!?」


まさかの発言に俺だけでなく周りにいた他のお客さんまで凍りついた。

ほんとうちのがごめんなさい…!

当の本人は別になんとも思ってないらしく、こてん、と可愛らしく首をかしげている。

周りにいた若い女性たちが、ひそひそとこちらを指さして話している。


「ゆーくん…?」


「あ、えっとだな…。周りの目もあるから、な…?」


「ぁ…」


言われて初めて、自分たちが注目されていることに気づいたらしく、身体を縮こまらせてシュンとしてしまっている。

よっぽど恥ずかしかったのか少し涙が浮かんでいる。周りの人たちもさすがに気の毒だと思ったらしく、少しづつ俺たちから離れていく。


「ほら、さっさと買っちゃおうぜ」


「…ん」


さすがに堪えたのか黙々と選んでいる。

…うん。これはこれでなかなかシュールだね。無言でいろいろな種類のを取ったり戻したりしてる。

何種類か選んで満足したのか一人で会計に向かおうとしたのであわてて追いかける。

…君お金持ってないでしょ?

会計をすませて外に出ると、泣き出す寸前みたいな顔で、人目も憚らず俺に抱き着いてきた。


「ごめん、なさい…」


いっぱい迷惑かけて、ゆーくんは私にいろんなことしてくれてるのに、私はまだ何も返せてない。

そのうち捨てられちゃうんじゃないか、ってすごく、怖くて…。


それは、彼女の嘘偽りのない本心だった。たぶん彼女は、今まで誰かに必要とされることがないとは言わないけれど、とても少なかったのだろう。

なんでもないようにふるまっていたけれど、本当はもう壊れる寸前だったんだ、ということを今更ながらに痛感した。

とはいえ、彼女を捨てる気なんてさらさらないし、俺自身、この短い間でもう彼女がいるのが当たり前になってきている。

彼女と目線を合わせるために、手を優しく外し、頭に手を置いてもう一度、今度は俺から強く抱きしめた。


「ふぇっ…?」


「結羽。結羽が望む限り俺は結羽から離れたりしない。約束する」


「…ほんと?」


「おう」


ぐりぐりぐり、と俺の胸に強く頭をすりつけてくる。って、なんかだんだん強くなって…。


「ぐりぐり…」


「…痛いんだけど」


「ぐりぐりぐり…」


「痛い痛い!強すぎるって!」


「むぅ…」


ぷくっとほおを膨らませているけれど痛いもんは痛い。あと、周りの人の俺らを見る目がすごい。なんか微笑ましいものを見る目で見られてる。

…恥ずかしくなってきた。今さらだけど。

結羽はあまり感じていないようで、にこにこしている。


「おなか、すいた…」


「呑気だね君…」


あまりにも呑気すぎてずっこけそうになってしまった。

でもまあけっこういい時間だし昼飯にしようか。

ごく自然に手を繋いで、そそくさとその場を後にした。


「お昼、なにがいい?」


「…なんでも、いいよ…?」


「それが一番困るんだよなぁ…」


なんかないの?と尋ねると、じゃあハンバーグ、と控えめな声音で答えが返ってきた。

幸い、このビルのすぐ近くに有名なファミレスがあったので、そこに行くことにした。

さすがに専門店は近くになかったからね。


「そこにある、よ…?」


「…オレハナニモミテイナイ」


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