003 家出娘の傷跡

翌朝、差し込んでくる朝日で目を覚ました。

枕元に置いてある時計を見ると8時すぎ。

もう一眠りするか。また眠る体勢になると、ふとなにかが足りないように思えてきた。


「あれ、結羽は?」


隣で眠っていたはずの彼女がいない。トイレにでも行ったのかな…。

だけど微かに俺のものではない息づかいがどこかから聞こえてくる。


「あ、いた」


決して広くはない部屋を見回すと、なぜか結羽が台所のほうで寝ていた。

いや、なんで…?寝相悪いにしたってひどすぎないか?

あのままだと風邪ひくし、起こすか。


「結羽、朝だぞ」


「んぅ…。まだ眠い…」


「こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうぞ?」


「じゃあ、つれてって…?」


手を伸ばしてだっこをせがんできた。

…まだ寝ぼけてるな?

彼女のもちもちした頬をむにむにと揉んで遊んでいると、だんだんと意識が覚醒してきたのかむくりと起き上がった。


「…おはよ」


「おはよう。よく眠れた?」


「…ん。おなか、すいた」


…やっぱ寝ぼけてね?まだ会話が噛み合ってないぞ?と思ったら、やっと意識がちゃんとしてきたのかだんだんと顔が赤く染まり、ついには熟れたトマトのように真っ赤になった。


「あぅ…。恥ずかしい…」


「あ、思い出した?」


「(こくん)」


「だいぶ甘えん坊になってたね。可愛かったよ」


「~~~っ!」


涙目でぽかぽかと胸板を叩いてくる。でもまったく痛くないし、むしろ可愛いまである。

さっきから可愛いしか言ってないな…。ボキャ貧の極みか俺は。


「とりあえずご飯にしようぜ。パンでいい?」


「…ん」


まだ落ち着かないのか今度は俺の手をにぎにぎし始めた。ご飯を用意するために手は離してもらって椅子に先に座ってもらった。

焼いたトーストにバターを塗る。


「できたよ。食べようか」


「ん。いただき、ます」


うん。当たり前だけどうまいな。俺なんもしてないけど。

結羽は昨日と同じように口いっぱいに頬張ってリスみたいになっている。

そんなに一気に食べなくても、別に誰も取らないし逃げもしないのに…。


「(ごっくん)」


「うまかったか?」


「ん。ごちそうさま」


「はい、お粗末さまでした。それと、今日は結羽の服買いにいくよ」


「(ふるふる)」


なぜか嫌がられた。なんでだ?

というか君、着る服ないでしょ?


「私、一人でいくんでしょ…?」


「へ?俺も一緒に行くけど」


「…なら、いく」


盛大な手のひら返しだな!?

心なしか目もきらきらしている気がする。


「~♪」


「じゃあもう少ししたら出掛けるから準備しといてね」


「んっ!」


食器は片づけたし財布も持った。あとは結羽の準備を待つだけだけど…。女の子の準備は長いっていうし、もうしばらくかかるかな。

と、思っているとがらがらと結羽がドアを開けて部屋に入ってきた。

……なぜか、裸で。いろいろ見えてはいけないものが見えてしまっているが、結羽はあまり恥ずかしがった様子は見せず、かわりに困ったような表情をしながら言った。


「…着る服、なにもない」


「あ゛」


そうだ、こいつ着替えとかなにも持ってなかったんだ。昨日着ていた服は昨日洗ったばかりだから乾いてないだろうし…。


「お前、その痕…」


「…っ」


たぶん、前にいた家でやられたのであろう痛々しい痣が身体中に残っていた。それに、かなり痩せ細っている。結羽は泣きそうな顔で目をそらしたまま、微動だにしない。

彼女は身体にも心にも簡単には癒えない傷を負わされたのか。親ともいえないようなクズどもに。


「おいで、結羽」


「(ふるふる)」


できる限り優しい声で言うと、怯えたような表情で首を振り、少しずつあとずさっていく。

だんだん目に涙がたまり、そしてすぐに溢れだした。


「大丈夫。大丈夫だから…」


「うっ、えぐっ…」


彼女にゆっくり近寄って優しく抱きしめる。

だんだん安心してきたのか俺に体を預け、顔を俺の胸に埋めた。


「ごめん、なさい…」


「こういうときは、ありがとうでいいんだよ」


「…ん。ありがと」


背中に手を回していっそう強く抱きついてきた。

ちょっ、お前裸だからいろいろ当たってるんだって!

と、言えればよかったんだけど…そんなこと言えるはずもなく、悶々としながら抱きつかれ続けていた。

――これでまた結羽が幼児退行して、服を買いにいくのが翌日になったのはまた別のお話。

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