007 会社にて
あれからいろいろあって、彼女と過ごし始めてから一か月ほどが過ぎたころだった。
「なあ、お前最近元気になったよな」
「え、そうか?」
同期の仕事仲間の木崎が少しあきれたような嬉しいような表情を浮かべている。
「おう。前はなんかくたびれた感じだったのに、最近はなんか活力にあふれてるっつーか」
「ひどい言いようだな…」
「そうとしか言えないからなぁ…。なんかいいことでもあったのか?」
そう言われると心当たりしかないんだよな…。俺が変わったのだとしたらまず間違いなく結羽のおかげだし。
出会いかたはいいとは言えないけど、今まで一緒に住んできてよかったと俺は思っている。
「ちょっといろいろあってな」
「おっ、そんなはぐらかしかたをするってことは女か?そうなんだろ?」
急にダルがらみを始めた彼を適当にあしらって仕事に戻ると、それ以上の追及はしてこなかった。
――数時間後
「うっし。終わった~」
くっ、負けた…。
別に勝負しているわけではないんだけど、同期だからか妙な対抗心があるんだよな…。
「じゃ、お先~」
「おう。お疲れ」
木崎は同じ部署の人たちに声をかけて、なぜか急ぎ足で会社を出ていった。
もしかして、あいつも…?
あいつ見てくれはいいし、あんなんだけどちゃんと気配りもできるからモテるんだろうけど…。
なんだかなぁ…。
「あーっ、またため息ついてる!」
「あ、先輩。お疲れさまです」
静かな職場にはほとほと合わないであろう先輩の明るい声が部署中に響きわたった。
何人かが迷惑そうに先輩のほうを見たけれど、いつものことかとすぐに自分の仕事に戻っていった。
「むっ、なんかいつも以上に塩対応だ」
「いつも以上にってなんですか…」
いつもこんな感じなんだけど…。
ていうか俺まだ仕事残ってるんだけど。
「で、なにか用ですか?俺まだ仕事残ってるんですけど」
「あっ、そうそう!ため息つくと幸せが逃げるぞーって言いに来たんだった!」
「ならもう用は済みましたよね。お疲れさまです」
そう言って仕事に戻ろうとすると、先輩が俺の肩をつかんでぐるっと俺ごと椅子を半回転させた。
「もうっ、ここまでの流れで察してよ!久しぶりに一緒にご飯食べよって誘いに来たの!」
「…俺、たった今仕事残ってるって言いませんでしたっけ?」
「あー、あー。聞こえなーい!」
こうなると聞かないんだよなぁ…。
助けを求めるつもりでもう一度周りを見回すと、部長が鬼のような形相で彼女の頭を後ろから鷲掴みにした。
「…!?」
「伊原君、元気なのは結構だが…迷惑なんだ。出ていってもらえるかな?」
「痛いっ!痛いです!出ていきますから離して~!」
相変わらず嵐みたいな人だな…。
そんな感じで遠い目をしていると、部長がなんか疲れた顔をして戻ってきた。
「部長、いつもすみません」
「いや、構わんよ。…と言いたいところだが、いい加減学んでくれないものか…」
部長が頭を抱えるのも無理はない。なにせ毎日のようにあの嵐に悩まされているわけだし。
しかも、あんななのに仕事はできるんだから不思議なものだ。
部長に軽く会釈をしてから自分の机に戻り、まだ少し残っている仕事を片づけていると、いつの間にか7時を回っていた。
「水野君、そろそろ帰りなさい」
「わっ。部長、驚かせないでくださいよ」
「すまない。だが、もう7時を過ぎているし、君を待ってくれている人もいるのだろう?」
今日の話を聞いていたのだろう。
なんとなく気恥ずかしさを覚えながらも、帰り支度を始める以外に選択肢はなかった。
「じゃあ…お疲れさまでした」
「ああ。お疲れさま」
よほど仕事がたまってなければ定時で上がりなさい。という部長の言葉に頷き、俺は会社をあとにした。
あ、そうだ。結羽に連絡してないや。
家に電話をかけるとワンコールで電話に出た。
反応早いな…。
「もしもしっ!?」
「もしもし、俺、悠だよ」
「…連絡、遅いっ」
「ごめん。今から帰るね」
「ん。わかった。ご飯温めとく」
「ありがとう。じゃあ、あとでね」
「ん。気をつけて」
電話を切ってからはいつも通りの帰り道。この前みたいに家出娘を拾うこともなく家に到着した。
結羽のご飯が楽しみで、少し早足になっていたのは秘密だ。
「ただいまー」
「…おかえりっ」
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