Uターン紙飛行機
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
手渡された紙飛行機
「先輩!」
ちょうど校門から出ようとしていた俺の後ろから、後輩がポニーテールとジャージを揺らして走ってきた。その手には、すらっとした形状の紙飛行機が一つ。
「どうした?」
「あの、あの、今、私のクラスで、こういうのが、
「紙飛行機がか?」
「はい!」
後輩はおもむろに紙飛行機の折り目を広げて、一枚の白い紙に戻してしまった。なにやら、丸っこい文字で小さく文章が書いてある。
「これ、ラブレターになってるんです。これを飛行機の形に折って、地面に立って、適当に飛ばすんです。それで、これを拾った人が、またどこかで、これを飛ばすんです」
「なんだそりゃ? 初めて聞いたわ」
「ふふ、先輩こういうの興味なさそうですもんねー」
悪かったな。ブームがいつも俺の死角で発生するんだよ。俺は悪くない。
「それで、今日は私が拾いました。でも、投げるところを見られるのが、その、恥ずかしくって」
「まさか、俺に代わりにやれと」
「はい、ぜひ!」
後輩の小さな手の中で、一枚のラブレターがてきぱきと紙飛行に折り直されてゆく。
「誰にも見られないようにしてくださいね」
俺の胸に、紙飛行機をずいっと突き出してきた。尖った先端に、有無を言わせぬ圧力を感じる。
「お、おう」
「それでは! よろしくお願いします」
走り去ってゆくポニーテール。なぜだろう、俺は置いていかれたような心地だった。
うぬぬ。それにしても、一年の女子の間で、こんな遊びが。誰にも見られないようにって言われたけど、一人で紙飛行機を飛ばすぼっちなんて、痛くて誰にも見せられんわ。
うーん……ちょうど今、部活が終わって誰もいないし、久々に童心に返って、投げてみるか。誰か拾ってくれるかな。
ぽーい……っと。
あれ? 戻ってきたぞ。足下にかさりと落下したのを、拾い上げて、もう一度。今度はもう少し角度をつけて、ぽーい……痛っ!
ものすごい急角度をつけてUターンした飛行機の先端が、俺の眉間を強打した。
いって〜……地味に痛いぞ。
あ、これ、折り方がそもそも間違ってるわ。羽の形が左右で非対称だ。後輩が最初に持ってきたとき、こんな羽の形はしてなかった。すげえ折り間違いするんだな、あいつ。
ああ、きっと、俺にラブレターを読ませるために一度広げて、また紙飛行機に折り直したときに、うまく直せなかったんだな。
へえ、意外だな~。あいつ、こんなに不器用だったっけな。小学校の頃から、手芸とか夏休みの自由工作で、よく表彰されてたのに。しかも帰り道で俺を待ち伏せしてまで賞状を自慢してきて、くっそムカついてたのに。
ああ、あいつが幼稚園の頃は、俺の母ちゃんが趣味で開いてる折り紙教室に、熱心に通ってたっけ。そこでもあいつばっかり、周りから褒められてたな。
それなのに、この飛行機なのか?
あいつにも、苦手なもんがあったんだな。
これじゃあ、何度飛ばしても、俺んとこに戻ってくるだけだぞ。
ほら、まただ。戻ってきた。
……ん? ちょっと待て。これじゃ何度飛ばしても、俺の手元からラブレターが、離れてくれないわけだけど……。
え……? これって……?
まさか……でも、そんなわけない、よな? 俺の勝手な思いこみか?
でも、なんでもできるあいつにしては、いろいろと不自然な点が多い気が……。
…………。
ああ〜、先輩ってば、わざわざ折り直して、律儀に飛ばしてくれちゃって、も〜。
しかも木に引っかかってるし。そして取ろうともせずに、そのまま鞄ひっさげて帰ってくし。
……まあ、ほんのちょっと先輩の時間を、私のために使ってくれたってことで、許してやるか。
相手に何度も届いてしまう、かっこわるい紙飛行機。
こんな回りくどいやり方、絶対に伝わるわけがない。ヘンなやつって、思われただけだ。
でも、私の人生で一度でいいから、片想いの相手にラブレターというものを、贈ってみたかった。動機はそれだけ。
それで、ほんのちょっと、私の意味不明な行動に振り回される先輩の横顔が、見られるだけで、充分だった。
もう満足した。だから……私は平気。
先輩が律儀に手直ししてくれた紙飛行機を、木から取り戻す。うわ、角っちょまでぴったり合わせて、丁寧に折り直してくれてる……なんだか悔しい。思い切り、一枚の紙に広げてやった。
ヘンだな、前がにじんで、自分で書いた文章が読めないよ。勝手にヘンなこと始めて、勝手に傷ついて、ばっかみたい。
ああ、けっこうがんばって、言葉を選んで、書いてたんだな。自分で読み直してて、笑ってきちゃう。
あれ……? ラブレターの最後の行の下に、とっても小さく「おれも」って、書いてある。それはもう、針を使って書いたかのような極小サイズの、ひらがなで。
「え……? えええ!?」
なにこれ……え? は? え!? おれも、って小学生か! あ、「俺も」だと画数が多くて、小さく書きづらかったから?
って、そんなこと冷静に分析してる場合じゃない!
あああ! どうしよう!
どうしよう……。
……。
「もう……もう! 年上ならもっとでかく書け!!」
私は返ってきたラブレターをぐっしゃぐしゃに握りしめて、駆け足で小さくなってゆくヘタレ野郎の背中を、猛ダッシュで追いかけた。
おわり
Uターン紙飛行機 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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