風邪引きちゃんの夏祭り

羽間慧

風邪引きちゃんの夏祭り

「おみやげは何がいい?」


 夕飯を食べた後、ティッシュで鼻をかんでいたわたしにママは笑顔で訊いた。


「焼トウモロコシ? イカ焼き? りんご飴や綿菓子もあるわね」

「そんなのほしくない」


 自分の目と鼻でおいしいものを探さなければ意味がない。

 今夜は夏祭り。おニューの浴衣で屋台めぐりができないなんて悲しすぎる。


「つれてってよ!」

「自業自得でしょう? 冷たいジュース飲んで、お腹出して寝て。風邪引いちゃうって、ママは言いましたよ」


 ぐうの音も出ない。

 海にプールに、バーベキュー。小言に知らんぷりし、したいことばかりしていた。

 自分が悪いことは分かっている。だからこそ、絵日記に寝る姿を三日連続で描くことが苦痛だ。新学期早々、ゆり先生に心配されたくない。


「鼻水黄色くないから大丈夫でしょ?」


 わたしはママの腕にしがみついた。今日のページは絶対に夏祭りのことを書くのだと念をこめる。


「そうね」


 わたしは目を輝かせたが、ママの話は終わってなかった。


「でも外出させる気はないから」


 ママはわたしの手を払い、着替え終わったお姉ちゃんに視線を向けた。


「渚。甚平、似合ってるわ」

「牛車の柄が気に入った。盆に行くときは、おばあさまにすぐ礼を言わなくては」


 わたしと二歳違いの小学四年生とは思えない口調だ。むずかしい単語ばかりで取っつきにくいが、今日ばかりは歩み寄る。


「なんだ、 蛍? 過信は愚者のすることだ。貴様はおとなしく留守番をしていろ」


 お姉ちゃんのいけず!

 文句を言いたいところをこらえ、最後の望みにかける。


「ねぇ、パパ。お祭りに行くのだめ?」


 とびきりの笑顔を作り、パパを見上げた。


「~~~~っ!」


 あ、落ちるな。

 唇がふるえた次の瞬間。

 ママとお姉ちゃんは目配せして、パパを玄関まで引きずってしまった。


「八時には 戻るから、いい子にしているのよ」

「いってくるぞ」

「ごめん、蛍ちゃん! やっぱり安静にしてほしいな」


 作戦失敗だ。

 鍵のかかる音がむなしく聞こえる。

 鼻をすすりながら子ども部屋に向かう。

 わたしは布団に入り、ぬいぐるみを抱き締める。

 おみやげがいらないなんて、意地張るんじゃなかった。

 涙が渇く前に眠りについた。




 どれくらい寝ていたのか分からない。

 誰かの足音が聞こえる。泥棒さんだったらどうしようと思い、ステッキを持って階段を下りた。


「意外と難しいぞ」

「あなたったら。初見でできるほど器用じゃないでしょ。私が作るから貸して」


 リビングには、わたがしを作るパパとママがいた。

 床に座り込んだわたしに、お姉ちゃんが近寄る。


「ただいま。はぶて虫 」

「蛍だもん」


 袋には焼きそば、イカ焼き、焼トウモロコシ、はしまき、りんご飴が入っていた。わたしのおみやげにしては多すぎる。


「食べてこなかったの?」


 三人が頷いた。


「みんなで食べた方が美味しいでしょ」

「渚がおもちゃ屋に寄れってうるさいからな」

「なっ! それは、愚妹に高いわたがしを買うよりこっちのほうが安上がりだから」


 わたしはママが作ったわたがしを口にする。

 大きくてふわふわな出店のものには負けるが、甘くて美味しかった。


「射的と型抜きがしたい人!」


 お姉ちゃんはそう言って襖を開けた。

 畳に置かれた机には、ゴム鉄砲と型抜きがある。景品の中で一番目立つものは、去年パパが捕れなかった猫のぬいぐるみだ。


「みんな大好き!」


 七月二十四日 水曜日晴れ

 かぜが治ったわたしのところに、最高のお祭りが来てくれました。

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風邪引きちゃんの夏祭り 羽間慧 @hazamakei

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