【君に逢えたら】

ボンゴレ☆ビガンゴ

君に逢えたら

 ぼーっと空を眺めてる。今日は快晴で気持ちはいいけど少し物足りない。

 雲が出たり、そこから晴れ間が少しのぞいたり、雨が降ったり、雪が降ったり。そんな時の方が楽しい。

 スマホなんかで暇つぶしをする人が大半だけど、わたしは空を見ている方が好きで、日がな一日ぼんやり空を見ていることもある。


 公園の入り口の交差点。お気に入りの場所は公園の中の噴水広場だけど、動くわけにもいかないから、今日もここでわたしはぼーっと空を眺めていた。


 待ち合わせはしていない。けど、ここにいれば彼はきっと来る。


 彼は空を見ているわたしのことを「アホの子みたいで恥ずかしい」と笑うが、毎度花束を持って現れるあなたの方が恥ずかしいよ、とわたしは思う。


 信号が何度か切り替わって、公園に向かう家族とか人の群れが入れ替わって、時々、わたしのことを指差す子供とか、訝しげな目で見る人もいるけど、わたしは気にせず、きっと現れる彼を待ちながらぼーっと空を眺めてた。


 明日から三月が始まるけれど、まだまだ寒くて、コートを着て歩く人が多い。

 ふと、暖かい風が吹いて、わたしは視線を落とした。こんなふうに優しい風が吹く時、決まって彼が現れる。


 視線を動かすと、背の高い彼の姿が人混みの中に見えた。横断歩道の手前で信号が変わるのを待っている。スプリングコートの襟を立てて、びゅんびゅん走る車の間から彼はわたしを見つけて微笑んだ。

 嬉しさと恥ずかしさがこみ上げる。

 大事にかかえるように彼は花束を抱えていた。しかも薔薇の。


 まったく、自分のことを映画スターか何かだと勘違いしているのかな。背は高いけど足は短いくせに。

 女の子には花束を渡せば喜ぶと信じきってる。馬鹿の一つ覚えとはこのことだ。

 ……そりゃ薔薇の花、嬉しくないことはないけど。


 わたしは彼のことを気にしつつも、気にしてないようなふりで空を見ていた。

 信号が変わる。

 彼が横断歩道を渡る。一直線にわたしのもとに近づいてきた。


「やあ。やっぱりいた」

 飄々とした口調で彼が言う。

「どうせ、わたしは暇人ですから」

 わたしはそっぽを向いて答える。彼は笑う。

「まあそう言うなって。こうして逢えて嬉しいよ。仕事でずっと休みが取れなかったからさ」

「ふーん。忙しいならわざわざ来なくていいのに」

「君がこうして待ってるからさ」

「……何よ。仕方なく帰ってきてやってるって?」

「そうとは言ってないだろ」

 彼は困ったように頭を掻く。

「それにしても、あなたちょっと見ないうちにヒゲなんか生やして。老けてみえるよ」

「ははは。日本人は幼くみえるからね。ヒゲでも生やさないと舐められるんだよ。っていうか、実際老けてるよ」

「ふーん。もう四十路すぎ?」

「まだ三十代だよ。でも、ま。おっさんには変わりないか」

 月日が経てば人は変わっていく。それは仕方のないことだけど、少しだけ寂しくて。

「とりあえず、これ」

 彼は花束を差し出した。

「年々豪華になってない?」

「そうかな? でも、君に贈れるものってこれくらいだからな」

 わたしには似合わない薔薇の花束。わたしみたいな地味な服を着た地味な女が、こんな派手な薔薇を持ってもちぐはぐなだけだ。

「いいじゃないか。似合ってようが似合ってなかろうが。君は薔薇が好きだろ。僕も好きだし」

「ま、こんなのくれるあなただけだし。一応感謝しとくわ。ありがと。」

 ぶっきらぼうに言って、真っ赤な花束を受け取る。でも、心の中は少し高揚していた。


「いい天気だな」

 快晴の空を見上げて彼は言う。

「雲がないから見ててもつまんないよ」

 わたしが答える。

「そうか。そういうもんかな」

 彼はわたしにペットボトルの紅茶を渡して、自分は缶コーヒーの口を開けた。

 甘ったるいコーヒーの匂いがふわりと広がった。

 コーヒーは嫌いだけど匂いは好きだった。


「君が死んだ時もこんな空だったよ」

 空を見上げたまま、彼が呟いた。

「……そうだったかしら。だから青空が嫌いなのかな」

 わたしは暖かい紅茶の蓋を開けずに返した。開けたらすぐに冷めてしまう。だから開けない。

 彼はコーヒーを一口飲む。

 少しの間、二人で空を眺める。

「何年経ったの?」

「もう一二年さ。君にこうして逢うのも三回目だろ」

「そうだっけ。そんなに経ったのね。あなたも老けるわけだ」

「君は変わらないから羨ましいよ」

「そう? いいことなんかないよ」

「……そうかもな。でも、こうして君に逢えるのは嬉しいんだよ」

 彼は微笑んだ。寂しそうに。


「変よね。わたしはずっとここにいるのに、あなたにとっては四年に一度だけなんでしょ」

「そ。二月二十九日。君の命日だけど、閏年だからさ。法事とかどうしていいかわかんなかったんだけど」

「ごめんね。わかりにくい日に死んじゃって」

「君のせいじゃない。事故なんだから」

「ボーッと空見てたのがいけないんだけどね」

「君らしいよ」

 並んで二人、笑い合う。

「どうして、わたし。この日だけここに現れるのかな」

「さあ。きっと閏年で普段はない日だから、天国の事務員が処理し忘れてるんじゃないの?」

「……もっとロマンチックな理由考えてよ」

「ははは。ごめんごめん」

 でも、そのくらいの方がちょうどいい。だってわたしはもう死んでるんだもん。理由なんてない方が気が楽だ。


「再婚、してもいいんだよ?」

 意を決して。ってほどでもないけど、わたしは言った。

「わかってるよ。狙ってる女の子は何人かいるんだけどね」

 嘯いて彼は笑う。

「じゃ、次は再婚相手連れて来てよ。品定めしたげる」

「嫁さんが死んだ事故現場なんかに連れてきたくないよ」

「つまんないの」


 それからしばらく、どうということはない話をした。


「さて、そろそろ時間だ」

 彼が腕時計を見た。

「今度はどこ?」

「アイスランドのスルツェイ島ってところ。学会から同行が許可されてね。ちょっと火山の写真を撮ってくるよ」

「世界を股にかけてご活躍ね」

「ガミガミ言う嫁もいないから身軽なもんだよ」

「よかったじゃない」

「嘘だよ」

「どっちでもいいわよ」

「……じゃあ、また四年後に来るから」

「別に忙しかったら、来なくてもいいよ。四年後にわたしがまたここに居るって確証はないんだから。それこそ天国の事務員がミスに気がついて、右クリック一つで消されちゃうかもしれないし」

「わかってるよ。でも、来るよ」

 彼は柔らかく笑って言った。

「そう」

「じゃあ、また」

 彼はコートの襟を立てて去っていった。やっぱり映画スターには見えなかった。



 彼がいなくなって、またひとりぼっちになって、わたしは再び空を見上げた。

 晴れ渡る空。

 道ゆく人はわたしに気がつかない。


 ガードレールに供えられた花。薔薇の花束。

 その花言葉が胸に浮かんだ。わたしも、きっとそう。

 


「「あなたを愛しています。」」





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