空と海の交わるところ

遥飛蓮助

空と海の交わるところ

 居間の畳の上でごろごろしていると、玄関の引き戸のガラガラ音と、チカの声が聞こえた。

「ユウ、持ってきたよー!」

「はーい」

 起き上がって柱時計を見た。ちょうど午後五時。

 時間ピッタリだな、と思いながらチカを迎えにいくと、前髪をちょんまげ結いにした、Tシャツにハーフパンツの干物女がいた。しかも至近距離なのに「やっほー」とか言って、手にぶら下げたビニール袋を掲げている。

 あたしはつい及び腰になって、「お、おおう……」なんて変な声を出した。

「え、なにその反応」

「いやぁ、友達の中にこんな干物女いたかなって」

「どっからどう見てもチカちゃんでしょうか!」

 干物女――もとい、拗ね顔のチカに「ごめんごめん」と謝る。

「いやぁ、島のちび達みたいなカッコで来ると思わなくてさ」

「だってまだ暑いじゃん。ユウはよく制服着てられんね?」

「今日はたまたまだよ」

 あたしはセーラー服のスカートをはたくと、チカが「あ、そうそう」と言って、持ってきたビニール袋を渡してくれた。受け取った腕に、ずっしりとした重みがかかる。

「やっぱチカんちの梨もらうと、秋が来たって感じするわ」

「ふふん。今年は特に出来がいいんだから、心して食べたまえよ」

「ありがたき幸せ」

 チカのお母さんの実家は梨農家をやっていて、秋になるとたくさんの梨を送ってくれる。その梨を、チカが島のみんなに配って回るのが、いつの間にかこの島の恒例行事になっている。

「あ、チカさ」

「ん?」

 あたしは、格好いい台詞を置いて玄関を出たチカを呼び止めた。

「ウチに上がってかない? もう他には配り終わったんでしょ?」

「まぁそうだけど……え、なになに、このチカさんに勉強を教えてほしいって?」

「やっぱ良いですお帰りください」

 調子に乗ってにやけるチカを引き戸で遮ると、戸の向こう側から「調子に乗りましたごめんなさーい!」って声が聞こえた。


「で、さ。ホントのところ、ウチら勉強しなくて大丈夫なん?」

「一日くらいサボったっていいじゃん」

「でも『ローマは一日して成らず』じゃん」

「……ローマって何日で出来たんだっけ?」

「自分で調べろーい!」

 チカのかかと落としが、あたしのスネにドーンと炸裂した。

「ったい!」

 なんでかかと落としするかな。思わず飛び起きたあたしだったけど、チカは畳の上でごろごろしながら鼻を鳴らす。

「ふふん。そんな不良娘に育てた覚えはありません」

「あたしだって、急にかかと落とし食らわす人に育てられた覚えはありません」

「そうだねー。まだユウが物心付く前からだからなー」

 チカさん、あんたどこまでボケる気だ。

 なにが面白いのか分からなくなって、あたしはまた畳の上でごろごろし始めた。

「それにしても、ユウの家って良いよね。畳があって。窓から本土の頭が見えて」

「ああ、まぁね」

 顎を上げ、仰向けのまま窓の外を眺めるチカに、「あたしゃもう見飽きたけど」って言うのも悪い。あたしもチカに倣って、同じ体勢で窓の外を眺めた。

 空と海の交わるところから、本土で一番高い山が顔を出している。日没が早くなった今、空も海も山も、深い茜色に染まっている。本土にも、本州と同じ季節があったら、テレビで見たような紅葉とか見られるのかな。

「チカさんや。空も海も秋じゃぞい」

「そうじゃのう……ユウさんや。そんなにごろごろして、制服にシワ付かんのかい?」

「……そうじゃのう」

「ぷっ、あっはは! 今の時代、そんなおばあちゃんいないって!」

 いわゆる『あたまのわるいかいわ』の押収で、先にチカが噴き出した。ふふん、さっきのお返しだ。

「あーあ。でもさ、ウチら高校生になったら、本土の高校の寮に入るんだよね?」

 一通り笑い終わったチカから、それこそ今更な質問が来た。

「そのつもりで勉強してんじゃん、あたしら」

「高校卒業したらさ、ユウはこの島に戻ってくる?」

 あたしは、喉から出かかった返事を飲み込んだ。

 今は中二の秋。あたしもチカも、本土の高校へは今の成績でも問題なく合格できるって言われてるし、中三になるまで成績を落とさないように頑張っている。というか、この島には高校がないんだから、本土の高校に進学するしかないんだけど。

 違う。あたしとチカがいなくなれば、島には小学生のちび達と、あたしらの両親と、おばあおじい連中が残る。十五人ぐらいしかいない小さい島だ。長い休みになれば帰る予定だし、一日に二回、本土と島の間を船が行き来するから、寂しさとか別にないけど。

 違う。生まれた頃から一緒だったあたしとチカは、本土へ行ったら別々の高校に通う。あたしは普通の偏差値の高校。チカは進学校。チカには医者になるって夢があって、この島に一人しかいない医者のお父さんの跡を継ぎたいって言っていた。

 この島を出たら、あたしとチカはバラバラになる。

「えーい」

 あたしはチカのお腹に拳を落とした。地球の重力に従っただけなのに、チカが「ぶぐふぁ!」って声を出して悶えた。すごい威力だ。

「ちょ、ユウさん誤魔化さないでくださいよー!」

「うるさいばーか! 戻ってくるに決まってるでしょうが!」

 あたしとチカは、あの空と海が交わるところに行くだけだし。あっちに行っても、一緒にこうやって空と海を眺めるし。

 ていうか、あたしとチカが、そんな簡単にバラバラになってたまるもんか。

「そうならそうだって言えばいいじゃんかよー!」

「言ってるしー!」

 あたしは涙目になりながら、お腹を押さえて涙目になったチカと笑い合った。

 本人には口が裂けても言わないけど。

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