【お題5:どんでん返し】学園一の地味男子 〜氷の女神の素顔〜

 ありえない。ありえないことが起こった。

 なぜ。どうして。なにがあった。


 文芸部の部室の窓から、校門を出ていく同級生ふたりを偶然みつけた有木ゆうきかけるは愕然とした。カケルだけではない。校庭にいる陸上部やサッカー部など、運動部の男子たちもぼう然と立ちつくしている。


 平凡の代名詞。地味の権化。もしも地味男子選手権があったらぶっちぎりで優勝しそうな男子高校生、それが友殻始ともからはじめだったはずだ。それがなぜ、我が学年――いや、この学園のアイドル、長利ながとし希実のぞみと肩をならべて下校しているのだ。


 長利希実といえば、バスケ部のキャプテンも、サッカー部の次期エースも、空手部の主将も、生徒会長の告白ですら一撃で切り捨てた氷の女神。男嫌いであることでも有名なのに。


 いや、問題はそこではない。


 ――なぜだ友殻。


 おまえは。おまえだけは。

 仲間だと思っていたのに……!!


 義理チョコすらもらえないバレンタイン。

 恋バナなんて銀河のかなたの物語。

 それでもいじけずよじれず。

 じっくりコツコツ高校生活を送ろうと約束――は、特にしていないけども!


 けど、だけど……! おなじクラス、前後の席になったのもなにかの縁だと話すようになった。それ以来、ずっと地味仲間だと思っていたのは、自分だけだったのか……っ!


 この、裏切りものおおおおおおぉぉ……!!



 ◇



 その日、カケルは眠れぬ夜をすごした。


 はたしてあのふたりが一緒に帰る合理的な『理由』があるのか。この際じっくり考えてみる。


 可能性その一。じつは親戚である。


 ――ない。


 一瞬で却下した。入学してからこれまで、ふたりが一緒にいるところなど見たことがない。友殻から聞いたこともない。もう十一月もおわりである。今さらすぎる。


 可能性その二。近いうち、親が再婚して義理のきょうだいになる。


 ――ありえない。


 そもそも片親なのは長利希実だけである。友殻の両親は健在だし離婚もしていない。むしろ仲よしである。なぜカケルがそこまで知っているのか。友殻の両親は夫婦で個人スーパーを経営しているのだ。カケルもたまに利用している。


 ほかになにかあるだろうか。クラスはちがう。部活にもはいっていないし委員会活動などもしていないはずだ。すくなくとも友殻はしていない。


 考察は三十分もかからなかった。

 眠れぬ夜。意識はそこでとぎれた。



 ◇



 翌朝。カケルは真相をたしかめるべく、登校してきた友殻につめよった。


「友だちになってもらったんだ、きのう」

「……は?」


 聞きまちがいだろうか。もう一度聞いた。なぜ長利希実と一緒に帰っていたのか、と。


「だから、友だちになってもらったんだよ」


 トモダチ。ともだち。友。だち。


「はあああぁぁあ?」

「うるさいよ、有木」

「いやいやいや、だっておかしいだろ。友だちって。しかも『なってもらった』ってなんだよ。幼稚園児か」

「うるさいな」


 もじもじと頬を赤らめるのはやめろ。そう思いながら、カケルはくわしく聞いた。こんこんと聞いた。朝だけではたりず、昼休みにも聞こうと思ったら、友殻はいつのまにか教室から消えていた。もどってきたのは休憩終了時間ギリギリ。オトモダチとお弁当をたべてきたらしい。なんだか腹が立つ。


 それから数日にわたる事情聴取の結果。


 入学直後、友殻は長利にひとめ惚れをした。

 半年以上、何度か告白しようとしたもののいずれも途中で挫折。

 彼女が男嫌いになったのは、今は離れて暮らす、女癖が悪い父親のせいだというウワサがある。

 あたって砕けるのはイヤ。

 考えに考えて、いきなり告白するのではなく友だちになってもらおうとひらめいた。


 そして先日、ついに決行した。


 思いのほか、あっさりOKしてくれたらしい。ただし、友だち以上をのぞまない。それが絶対的な条件だと、ぐっさりと釘を刺されたのだという。


「おまえ、それでいいの?」

「いいもなにも、しかたないだろ」


 その条件をのまなければ、友だちになれない。友だちになれなければ、クラスメートでもない、選択科目すらかぶっていない今、話す機会をもつこともできない。

 なにより、友だちになりたいのは友殻であって長利ではない。いってしまえば、長利にとってはどちらでもいいしどうでもいいのだ。なかなかシビアである。


「なんか、イヤな女だな」

「ちがうよ」

「ちがわないだろ」

「ちがうんだ。たぶん、長利さんはすごく傷ついてる」

「意味わかんね」


 カケルからしたら、いくら美人だからって『おまえはいったい何様だ』という話である。けっして、女子全般から相手にされないやっかみなどではない。長利がきれいでカッコイイとか思ったことだって一度もない。断じてない。


「いいよ、わからなくて」

「……この、裏切りものおおおおぉぉお!!」

「ええ? 有木も友だちだよ。あとうるさい」

「くっ、おまえ、天然だったのか……」


 知らなかった。新たな発見だ。



 ◇



 やがて、校内で談笑しているふたりの姿がたびたび目撃されるようになり、学園一の地味男子は、いつしか学園一の有名人になっていた。妬まれるのではないかと本人は内心戦々恐々としていたらしいが、誰も攻略できなかったあの氷の女神をいとめた男子として、むしろ勇者あつかいされている。


 また、本人たちはあくまで『友だち』としてつきあっているが、まわりからは『カップル』と思われているし、特にそれを否定してもいない。それというのも、よけいな告白をされなくなって、長利がおおいによろこんでいるからだ。


 このふたりがいつか本物のカップルになる日がくるのかどうか、カケルは間近で観察してやろうと思っている。友だちの友だちということで、たまに昼ごはんを一緒にたべるようになったのは、あくまでそのためだ。

 すこしばかり人間関係に臆病なだけで、じつは長利が庶民的で親しみやすい子だったとか、おかげでちょっと好きになりそうで困っているとか、そんなことはまったくない。


 ほどなくして、カケルたちはそろって二年に進級。さらに、三人はおなじクラスになった。


 学園一有名な地味男子と、ただの地味男子。ふたりのあいだには学園のアイドル。通称、氷の女神。


 晴れてクラスメートとなった三人の青春は、まだはじまったばかり――かもしれない。



     (おわり)



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カクヨム4周年記念 KAC2020連作短編集 野森ちえこ @nono_chie

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