【お題3:Uターン】最初の目標、次の目標 〜目標変更〜

 今日こそ伝える。きっと伝える。


 息をおおきく吸って、吐いて、友殻始ともからはじめは、とじていた目をカッと見ひらいた。


 とりあえず、ちょっとふたりで話す時間をくださいというだけだ。まずは、まずはそれだけだ。なんてことない。大丈夫。


 昼休み。弁当を五分でかきこんで、目指すはとなりのクラス。呼びだす相手は長利ながとし希実のぞみ。ミステリアスな雰囲気と、からりとした飾らない空気感が同居している学年一、いや、もしかしたらこの高校一かもしれないクールビューティーだ。


 ――よし、行く。いざ出陣!


 力強く廊下に足を踏みだした――まさにその瞬間、目指す彼女がとなりのクラスから出てきた。なんというタイミング。

 ちらりと見えた横顔は今日も凛としていて、きらきらと光をまとっている黒髪は、背中までまっすぐ伸びている。


 購買にでも行くのか。いつもお弁当なのにめずらしい。いや、そんなことはどうでもいい。さいわい彼女はひとり。これはチャンスだ。


 ――行け、行くんだ、おまえなら行ける……!


 鼓舞する心の声に反して、身体はくるっときびすを返して勝手にUターン。

 スタスタと自分の席にもどり、くずれるように机につっぷした。


 ――くっ。まただ。また、ダメだった。


 ハジメはぐったりと思いをはせた。あれは、この高校に入学してすぐのころだ。となりのクラスにかわいい子がいると騒いでいる男子がいて、興味本位で見に行ったのだが……雷に打たれたみたいというのは、きっとああいうことをいうのだろうと思う。


 音もまわりの風景もすべて消えて、真っ白になった視界に、彼女の姿だけがあざやかに浮かびあがっていた。


 つまりは、ひと目惚れだ。


 日に日に思いはつのり、やがて告白を決意したものの、どうしたわけか彼女のもとにすらたどりつけない。いつもいつも、彼女の姿をチラリとでも視界にとらえれば、勇ましく踏みだした足はとたんにかたまってしまう。そして身体は勝手にUターンをしてしまうのだ。


 朝だったり、放課後だったり、今日みたいに昼休みだったり、もうかれこれ半年以上くり返している。いや、さすがに毎日やっているわけではない。

 いつもありったけの勇気をかきあつめ、今度こそはと意気ごんでいるだけに、不発におわったときのダメージときたら――なんというかもう、いろんなものが折れたりしぼんだりとけたりして、回復するにはそれなりの時間が必要になるのだ。よって、数としては三回、いや今日で四回目である。


 人はよく『あたって砕けろ』というけれど、ハジメは砕けたくないのだ。しかし、それはほとんど不可能かもしれない。


 なぜなら、彼女は男嫌いで有名なのだ。


 聞いた話では、彼女の父親がとんでもない女好きで、隠し子が何十人もいるとか、そのせいで骨肉の争いに巻きこまれて刃傷沙汰になったとか、まぁいろんなウワサが流れている。

 また、これまで彼女にあたって砕けた男子は数知れず、軽い気持ちで遊びに誘おうものなら、絶対零度の視線で射殺いころされるともっぱらの評判である。


 いずれも、どこまでほんとうかわからないが、男子を見る目がつめたいというか、厳しいのはまちがいないような気がした。

 実際、彼女に告白してフラれたという男子なら、ハジメもふたりほど知っている。

 ひとりは二年生の先輩でバスケ部のキャプテン。もうひとりは、一年生ながらサッカー部の次期エースといわれている同級生だ。

 ふたりともイケメンで、いつもは告白される側にいる人気者である。


 そのふたりすら『興味ない』のひとことでバッサリ切り捨てられたというのだから、ウワサもあながちまちがっていないのではないかと思う。


 はっきりいって、ハジメは地味だ。特別かっこいいというわけでもないし、背もそれほど高くない。成績もふつうなら運動もそこそこ。身長は今後に期待したいところではあるが、現状はとにかく平凡のお手本のような人間なのである。


 それでよく、なにかと評判の美少女に告白する気になったものである。まだ実現していないとはいえ、ハジメ自身かなり無謀だと思っている。しかも玉砕したくないなんて、厚かましいにもほどがある。だけど、気持ちさえ伝えられたらそれでいいなんて、そんなふうにはどうしても思えないのだ。

 じゃあどうすればいいのか。わからない。わからないけれど、彼女を思うとじっとしていられなくなってしまう。……わからないまま突撃しようとするからいけないのか。


 そこまで考えてハッとした。そうだ。いきなり好きだと伝えようと思うからダメなのだ。


 友だち。友だちならどうだろう。


 男嫌いだといわれているけれど、クラスメートとはふつうに話しているのを見るし、すくなくとも口をきくのもいやだというレベルではないはずだ。


 これまで、ハジメもハジメなりに情報を集めようとしてきた。だが、彼女はあまり自分のことを話したがらないらしく、ハジメの情報収集力では、たいしたことはわからなかった。せいぜい、お昼はたいていお弁当らしい――ということくらいだ。

 ほんとうは彼女と仲のいい女子に聞けたらいいのだけど、本人に伝わってしまうリスクを考えるとそれもできなかった。そもそも、ハジメのコミュ力は控えめにいってもだいぶ低い。


 でも、それでも、彼女とお近づきになりたい。仲よくなりたいのである。そして、できれば恋人になりたいのだ。



 ◇



 あれから一週間。『告白』から『友だち』に目標を変えたからか、いつもよりだいぶ回復がはやかった。


 高校生にもなって、わざわざ友だちになってくれと申しこむのもどうかと思うけれど、背に腹はかえられない。


 ただ、友だち『から』というのはダメだ。『まずは』というのも禁句である。恋愛に興味がなくて、女癖が悪い父親のせいで男嫌いになったのだと仮定したら、現段階でそういうものをにおわせてはいけないような気がする。たぶん、彼女はハジメの存在すら認識していないのだから。下心はまるごと封印するのだ。


 心頭滅却、煩悩退散――!


 もうUターンはしない。今日こそいう。絶対いう。なにがなんでもいうのだ。


 ――ぼくと、友だちになってください……!


 口のなかでくり返しながら、力強く一歩を踏みだす。


 しかしこのとき、ハジメはまだ気づいていなかった。


 初対面に近い男子から『友だちになってください』なんて、申しこまれる側からしたら、いきなり告白されたのとさほど変わらない――ということを。



     (おわり)



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