【お題4:拡散する種】失った友だち、これからの友だち 〜真逆のウワサ〜

 長利ながとし希実のぞみには、まことしやかに囁かれている、いくつかのウワサがある。どれも大袈裟ではあるが、完全なウソとはいいきれないのが本人にとっては厄介なところだ。


 たとえば、まわりには男嫌いであると思われている希実であるが、実際は『男』が嫌いなわけではない。女と見ればへらへらチャラチャラ鼻の下を伸ばすような男が嫌いなだけだ。


 また、希実が男嫌いに(ほんとうはちがうけれど)なったのは、父親が無類の女好きだからだともいわれている。それに付随して、じつは異母兄弟が何十人もいるとか、そのせいで争いが絶えず傷害事件になったこともあるとか、おもしろおかしく派手に装飾されて広がっている。


 父親の女好きにかんしては事実だ。が、異母兄弟は今のところあらわれていない。もちろん、骨肉の争い的なトラブルや傷害事件などもない。ただ異母兄弟にかんしては、父の素行を考えると『いない』ともいいきれない。現在は離婚している両親であるが、結婚のきっかけも母の妊娠だったというし、たとえ見知らぬ兄弟姉妹が突然あらわれても希実は驚かないだろう。


 なんにせよ、中学のときに流されたウワサにくらべれば、これくらいかわいいものである。すくなくともこの高校には、希実を中傷するような、悪意に満ちたものは広まっていない。



 ◇



 中学のときに起こったそれは、希実にとって、不可抗力としかいいようがない出来事だった。


 当時、親友だといっていいくらい仲がよかった浦峰うらみね多美歌たみかとは、小学生のときからのつきあいだった。


 その多美歌に恋人ができたのは、中学二年生のときだ。相手は高校一年生で、ひとことでいえば希実の『嫌いなタイプ』の男子だった。デート中のふたりと街なかでばったり出くわしたとき、希実は瞬間的にそれを感じとっていた。

 くわえて、多美歌とデート中だというのに『せっかく会ったんだから食事でも一緒に』としつこく誘ってくる。それだけで希実の男に対する評価は地に落ちた。

 けれど、そのときの希実にできたことといえば、誘いを辞退することくらいだ。角が立たないように『用事がある』と、やんわり、しかしきっぱりと断ってふたりと別れた。


 いつか多美歌がつらい思いをするのではないかと心配になったけれど、自分の印象だけで、どうこういえるほどの自信もなかったし、しばらくようすを見るしかないだろうと思った。


 しかし、これはそんなに簡単な話ではなかった。


 翌日から、多美歌が希実を避けるようになったのだ。



 ◇



 多美歌は彼氏から、希実をちゃんと紹介しろ。いやなら連絡先を教えろとしつこくいわれてケンカになり、その後別れたらしい。希実にそれを教えてくれたのは、多美歌との共通の友人だった。


 ときをおなじくして、下校途中の希実を男が待ちぶせしていた。本人は偶然を装っていたが、あからさますぎてうっかり感心してしまったくらいだ。とりあえず直接さわるのもイヤだったので、スクールバッグをおおきくふりかぶって顔面にガスっと一発お見舞いしておいた。ついでに『二度と顔を見せるな』と、口でも警告しておいた。それから姿を見ていないから、素直に聞きいれてくれたのだろう。


 多美歌は悪くない。希実だって悪いことはしていない。だから、すぐには無理かもしれないけれど、彼女だっていつかきっとわかってくれる。これくらいで壊れたりしない。だって、自分たちは親友だ。そう、思っていた。


 だけど現実は、真逆に進んでいった。



 ◇



 最初、希実を無視していたのは多美歌だけだった。それがいつのまにか、クラスの女子全員からシカトされるようになっていた。


 そして、自分にかんするウワサを知った。

 ウワサを流していたのは多美歌だった。

 


 ◇



 ウソに事実をまぜこむこと。それが真実らしく思わせるコツだと聞いたことがあるけれど、そのへん多美歌はとてもうまかった。


 希実が原因で彼氏と別れた。希実が彼氏を誘惑した。ずっと多美歌に隠れてつきあっていた。信じていたのにだまされた。希実は友だちの彼氏を奪うのが趣味。男狂い……と、そんな具合に事実をねじまげていく。

 そうして、口で、SNSで、せっせとまかれたウワサの種は、あちらこちらで芽をだし花ひらく。そうなれば、あとはほうっておいても種は勝手に拡散されていった。


 このとき、希実はあえて『鈍感』になった。そうしなければ、たぶんたえられなかった。自分に向けられる悪意のまなざしに。だから、人の目ではなく、自分の心の声を聞くことに集中することにした。そうすることで、意識からまわりの視線や雑音を追いだしていったのだ。


 希実がクラスの女子たちからハブられるようになって気がすんだのか、多美歌もそれ以上のことはしてこなかった。


 やがて、後半散々だった中学生活をおえ、多美歌は私立、希実は公立高校へと進学して――それっきりである。最後まで、口はきいてくれなかった。



 ◇



 希実には自分の顔立ちが整っているという自覚がある。初対面にもかかわらず、多美歌の元彼に目をつけられたのもこの容姿のせいだろう。だから、高校からはわざと地味に、野暮ったく見えるようにしようかと思ったこともある。でも、どうして自分がそんなことをしなければならないのか。そう思うとなんだか腹が立ってきて、バカらしくなった。

 結局、容姿はそのままに、高校では人と深くかかわることをやめた。女子とは広く浅くあたりさわりなく。男子とはクラスの仕事などで必要がなければかかわらない。告白もすべて断っている。


 おそらくそれが、男嫌いのウワサが広がった原因だろう。もしかしたら、希実がフった男子の腹いせなのかもしれない。男狂いだの淫売だのいわれていた中学のときとは真逆のウワサになっているのが、すこしおもしろい。


 そんなある日の放課後。


 帰ろうと教室を出たところで、希実は見たことのない男子に呼びとめられた。話があるというので、屋上につづく階段に移動する。カギがしめられていて外には出られないため、人がくることはほとんどない。


「話って?」


 また告白かと思いながらふり返る。なんというか、これといった特徴のない、のっぺりとした男子である。


「ぼ、ぼくと、と、と、トモダチになってく、ください……っ!!」


 がばーっと、土下座しそうないきおいで頭をさげられた。


 これは、どこからどう見ても告白としか思えないのだけど、なんか『友だち』と聞こえたのは気のせいだろうか。


「友だち……?」

「は、はいっ! と、友ダチ、デスっ!!」


 バッと顔をあげてぶんぶん首をたてにふる。緊張のためか、ちょいちょいイントネーションがおかしいけれど、聞きまちがいではなかったらしい。


 これは、はじめてのパターンかもしれない。


「友だちって……なにするの?」

「え、えーと、お昼を一緒にた、たべる、とか?」

「……それだけ?」

「い、一緒に帰る、とか……」


 今のところ、希実のダメンズセンサーは反応していない。


「とりあえず、あなたの名前、教えてくれる?」



     (おわり)



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