◆7◆ ドレスと、内装 (終)
「この店の店員としては、『皆のスミスさん』でも何でも良いです。そこにマリーさんがいても、困っているお客さんが声をかけてきたら、僕はそちらへ行きます。だけど、僕は、基本的に『マリーさんの僕』です」
「僕は本当にまだまだ未熟者だし、先走っちゃうし、焦っちゃったりして、全然余裕なんかもなくて、恰好良いところなんてまだ一つも見せられていないけど、これからもっと男を磨いて、マリーさんにふさわしい人間になるところなんです」
「それに僕は、僕の前で、誰かのことを悪く言うような人のことを好意的には見られません。僕は、僕自身でその人のことを判断します。僕は、僕自身で判断して、マリーさんのことを好きになったんです」
きっぱりとそう告げると、佐々木さん達は何だか泣きそうな顔をして震えている。ああ、もしかしたら、もうここへは来てくれないかもしれないな。そう思うけど、だけれども、大切な人をけなされて黙っていられる僕ではない。客商売としては、黙っていないといけなかったのかもしれないけど。
そして、その向かいに立っているマリーさんも何やら震えている。どうしたんだ、マリーさん。寒いのかな? あれ? エアコンは消してないはずだけど?
「マリーさん? どうした――」
「うがああああああ! やめんか! 恥ずかしいっ!!」
大股を開いて、マリーさんが絶叫した。顔が真っ赤だ。
「ちょっともう、馬っ鹿じゃないの然太郎! うおおおお、恥ずかしいんじゃあああ!」
「ちょっと、落ち着いてよマリーさん。どうしたの」
「そういうの言う? ここで言う? ていうかね、釣り合ってないのは、私の方! そうでしょう?! ねぇ、そうでしょう、あなた達! そういう話だったよね、完全に」
なんて佐々木さん達にそのテンションのまま問いかけて、急に振られた佐々木さんもその勢いに押されたのだろう、こくこくと頷いている。
「ほら見なさい、そうら見なさい。そういうことなの! 然太郎はもうとっくにすんばらしい人間になってんのよ。問題があるのは私の方なの!」
「そんな! マリーさんに問題なんてひとつもないよ、何言ってるの。そうですよね、佐々木さん!」
「あんたが何言ってんのよ。そう思うでしょ、ええと、佐々木さん?!」
と、2人でずいずいと迫ると、佐々木さん達3人は僕らを避けるように後退していく。
「も、もう良いです。そういうの、お2人で勝手にどうぞ。わ、私達もう良いです、ほんとに」
そして、何だか、怒ったような顔でそう言うと、それぞれの荷物とコートをひっつかんでバタバタと店を出て行ってしまった。
「あ、あれ……?」
「帰っちゃったね、コサージュさん達」
「コサージュさん達?」
「ああ、良いの良いの、こっちの話」
と、マリーさんはすたすたと長テーブルの方に向かい、その上に載っているビーズやら何やらを所定の場所へと片付けていく。
「ごめん、手伝わせちゃって」
「良いよ別に。楽しかったし」
「それなら良いけど……。でもちょっと嫌な思いさせちゃったよね」
「何が」
「名前のこと、揶揄われたりとか」
「ああ、高校生達めっちゃ笑ってたよね。もー、あの子達、馬鹿で可愛すぎる」
いや、そっちじゃなくて。
「でも、良かったね、然太郎。あの子達、また来てくれるって」
「そうみたいだね。でも進学とか就職とかあるだろうし……」
「あれ、聞いてないの? あの子達ね、皆、県立大みたいよ。ほら、ここの隣の市の」
「えぇ、そうなの?」
「あの子達、馬鹿だけど、頭は悪くなかったのねぇ。だからさ、落ち着いたら来てくれるでしょ。頑張りな、せんせー」
と、背中を強めに叩かれる。そこで本当に音が鳴るくらい強めに叩いてくれるのがマリーさんだ。別に僕はMではないけれども、しゃんとしろ、って激励みたいで、背筋がピンと伸びるのである。そして彼女は再び、ビーズの引き出しを持って店の奥の方へと歩いていく。
「あのさ、マリーさん」
「んー?」
このビーズ、どの引き出し? と聞かれ、それは3段目だよと答えてから、こほん、と咳払いをひとつ。
「こないださ、僕、おじいちゃんになっても一緒にいようねって言ったじゃん?」
「あ――……うん」
「その時は、別にあんまり深く考えてたわけじゃなくてね」
「うん」
「だけど、後から考えて、ちょっとプロポーズみたいだったなって思ったんだ」
「まぁ……確かに、ねぇ」
「それで、僕は、今日、マリーさんが真っ白いサテンを選んだ時に、ものすごくドキドキしてね」
「な、何でまた……」
「ウェディングドレスみたいだなって思って」
「ああ、そう……。まぁ、そう、見えるかも、だわねぇ」
ビーズの引き出しの前に立っているマリーさんは、ずっと僕に背中を向けている。もう一つの長テーブルの上には、マリーさんの作った真っ白いコサージュが置いてあった。それを手に取って、ゆっくりと彼女に近付く。
「ねぇ、マリーさん。今度ちゃんと採寸させて」
「何よ、こないだ言ってたスカート? まだ諦めてなかったの?」
「それもあるけど、違うよ」
と、そのコサージュを持ったまま、後ろからふわりと彼女を抱き締める。もちろん、ビーズの引き出しはきちんとしまわれているのを確認済みだ。これは床に散らばってしまったら、もう正直色々とアウトだから。
「ちょ、何すんの」
「マリーさんのウェディングドレスは、僕が作る。このコサージュがちゃんと映えるデザインにするから」
「――はぁ? んな、何言ってんの、ちょっとぉっ!?」
「僕に、作らせてよ」
「……それは、それを着た私の隣にいるのは然太郎って意味で言ってる?」
「当たり前じゃないか。マリーさんは僕のだ」
「人を物みたいに……。まぁ、然太郎くらいしかいないか、そんなモノ好き」
「え? 何か言った?」
「別に。ていうか、ウェディングドレスとか作れんの?」
ちょっとだけ首を回して、マリーさんが横目で僕を睨む。
「僕の通ってた専門学校、卒業試験がウェディングドレスだったんだ。期日までに作れなくちゃ卒業出来なくて」
「うげぇ、何それ。そんで、そのドレスはどうしたのよ」
「お父さんの方のおばあちゃんが欲しがってたから、あげちゃった」
「おばあちゃん?! まぁ、然太郎らしいといえばらしい、か。うん、それなら良いけど」
マリーさんは、ちょっとだけ口を尖らせて、ふん、と鼻を鳴らした。もしかして、ちょっとやきもちとかだったりしないかな? なんて。
「ねぇ、マリーさん。それで、返事は? 僕、待ってるんだけど」
「……それじゃ、新居の内装は私にやらせてよね」
「え」
「それが答え。わかって」
そう言って、マリーさんは、つん、と再び視線を正面に戻した。耳まで真っ赤にして。
「わかった。もう全部わかった」
嬉しさのあまりに、その無防備なうなじに軽く唇をつけた。
「――ひょえええ! ちょ、いま何した! ちょっとぉ?!」
ある意味予想通りの反応に、思わず笑みが込み上げる。
「ごめんって、マリーさん」
これからも僕達はこうやってじゃれ合って生きていくのだ。
おやつの時間には、和菓子をつまんで、あっついお茶を飲んで。
それで、来月には、マリーさんと一緒に仙台にも行くんだ。日帰りになっちゃたのはちょっと残念だけど。
「僕達、本当に和菓子とお茶が似合う年になるまで一緒にいようね」
もう一度、そう言う。
すると彼女は、まだ赤みの残る頬に手を当てて、ちょっと不敵に笑い、こう返すのだ。
「望むところよ」と。
手芸店『スミスミシン』の裏メニュー ~和菓子とお茶、あります~ 宇部 松清🐎🎴 @NiKaNa_DaDa
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