◇6◇ その『白』は
「あの、ほんと何なんですか」
そろそろお開きにしましょうか、なんて言って、然太郎がカップを片付けに2階へと行ってしまった後で、隣のテーブルの女性3名が詰め寄って来た。高校生達は、小さな紙袋に入れてもらったコサージュをつぶさないようにと鞄にしまわず手に持って、元気よく店を出て行った。山崎さんも「また次回、良さげなやつだったら参加するわね」と言って行ってしまい、店の中にいるのは、私と、それからアイボリーのスエードのコサージュの人と、ドットコサージュの人と、それから、ええともう一人は……あっ、すごい、何あれ、渋い赤のコサージュにパールがすっごく華やか! うっま!
じゃないわ。
コサージュはまぁ良いんだって。とにかく、私を含めて4人のみなのだ。
「え、何が?」
私のこの反応は間違ってないはずだ。と思う。だって全然身に覚えとかないしね。
「あなたでしょ、最近スミスさんの周りうろちょろしてるのって」
「う、うろちょろ……?」
「何か、用もないのにここに来たりしてるみたいじゃないですか」
「用がない……わけでは……」
まぁ、その『用』って、然太郎に会いに来たとか、美味しい和菓子を差し入れに来たとかそういうやつなんだけど。ああ、それは『ない』に該当するのか、この場合。
「スミスさんは、『皆のスミスさん』なんです。わかります?」
「まぁ、うん」
店員さんだしね。そういう意味では、まぁ、皆の『スミスさん』ではあるんだろう。
「誰か一人が特別になったら、争いになるの、わかりません? スミスさんって、いままでそういう女のギラギラした醜い争いに巻き込まれて来たんです」
「はぁ……」
良く知ってるじゃん。然太郎から聞いたのかな?
「だから、私達、皆で話し合って、抜け駆けしないように、って『皆のスミスさん』でいようね、ってそういう取り決めをしてるんです」
皆で、って。それはどれだけの『皆』で構成されているんだろう。まさかその3人じゃないよね?
「だから、あなたみたいな、『勘違いした日本女性』みたいなのがいると本当に迷惑なんです」
「『勘違いした日本女性』?」
何よ、それ。
私は確かに日本女性ではあるけれども。そりゃあもう縦から見ても横から見てもばっちりの日本女性であるけれども。となればむしろ、勘違いなんて全くしてないと思うんだけど。
「その野暮ったい黒髪とか、わざとらしいナチュラルメイクとかです」
「いや、これは……」
黒髪は仕方ないじゃん。茶髪とか信じられないくらい似合わなかったんだって。あなたちょっと脳内であの髪が伸びる日本人形を茶髪にしてみ? 絶対似合わないでしょ? そういうことだから! あとね、ナチュラルメイクで何が悪い! 私だって本当はあなた達みたいなぱっちり二重にキラキラしたアイシャドウとか塗りたいっつーの!!
「それにね、あなた知らないかもしれませんけどねぇ……」
そう言って、スエードコサージュさん(名前わからないから便宜上これで)は、くすり、と笑った。
「スミスさんって、『日本人』なんですよ?」
「――は?」
勝ち誇った顔していまさら何言ってんの、この子。
「生まれも育ちもずーっと日本なんですって。ですから、あなたのその作戦も全然効いてないんです。残念でした」
いや、残念でしたも何も。
え? 何これ。もしかしてあんまり知られてないやつなの? 然太郎が日本人だって。
ていうかさ、私ずっと『然太郎』って呼んでましたけど?
「そういうわけですから、スミスさんの気を引こうとしてこの教室に通うの、ほんとやめてもらえません? あなた、あの高校生達より下手くそだし、邪魔なんですよね」
それは否定出来ない。
まさか自分が一番不器用だとは思わなかった。山崎さんに何度「あらあら」って言われたかわからない。おかしいなぁ、私一応性別は『女』なんだけど。
「上手い下手は関係ないですよ」
と、然太郎が、トレイを持って階段を下りてきた。やば、とスエードコサージュさんが呟く。
「上手でも下手でも、楽しめるのが手芸です。僕はそう思ってますし、それに――」
まだ出しっぱなしになっている長テーブルの上にそのトレイを置いて、つかつかとこちらへ歩いて来る。ちょっと苦しそうな、悲しそうなそんな顔をしている。
「マリーさんが特に用もないのにここに来てくれるのは、彼女が僕の恋人だからです」
うぉい! お前!! 秘密だっつったろ!! なぜここで言う!
やだよ私刺されるのとか。大丈夫? 刃物とかない? って、ここ手芸店じゃん! 裁ちバサミとかあんじゃん! こっわ!
「え、ちょっと、恋人って……ええ」
「いけませんか」
「だってスミスさん、そんな……ねぇ、だって……」
と、スエードコサージュさんは、一歩後ろにいるドットさんと赤パールさん(もうこれで良いや)に同意を求めている。
「ちょっと釣り合わないわよねぇ」
「ねぇ、だって」
ああもうはいはい、ほんとわかってますよ。言われなくてもね。だから黙ってたんじゃん。そんなの私が一番わかってるっての。
「わかってます」
うん、しかし然太郎までそう思ってるとはね。わかりきってたけど、地味にショックよ私。
「僕がまだ全然マリーさんにふさわしい男になれていないことくらい、わかってます」
「――はああ?」
違う違う違う。逆逆!
3人のキレイドコロは、これがいわゆる『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』ってやつなんだろうな、っていう顔して、然太郎を見つめている。
ちなみに、結構強めの「はああ?」ってやつは私の声だ。
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