◆5◆ その『白』は

「せんせー、こっちも終わりました~」

「出来たー、うおおお、俺にも出来たぁぁぁ!」

「すっげぇ、でも近くで見たらやべぇ! ざつい!」


 わぁわぁと男子高校生達は自分の作ったコサージュを感慨深げにに見つめている。マリーさんも「案外それなりに出来るもんだわ」と結構満足そうだ。


「はいはい、お疲れ様。君達はココアが良いかな? 山崎さんとマリーさんはお茶で良い?」


 ざっとそう確認して席を立つ。

 

 あっちのテーブルの女性陣は、あれからちょっと大人しい。

 彼女達が、『マリー』なんて日本人らしからぬ――というのはまぁ失礼なんだけど――名前を揶揄おうとしていたのはさすがに僕にでもわかった。だけど、それを言うなら、僕だってこの顔で『然太郎』なのだ。それと何が違うんだろう。まぁ、彼女達は僕を『スミスさん』としか呼ばないけど。


 僕は女の子のそういうのがわからない。

 どうして、皆僕の前で他の女の子を貶めるようなことを言うのだろう。

 

「実はあの子にはこういう噂があってね……」

「あの恰好、全然似合ってないよね」

「私だったら、あんながさつなことしないのに」


 仮に僕がそれに賛同したとして、それによって彼女自身に何かメリットがあるのだろうか。同じ意見を持っているからといって、僕がその子を好きになるのとはまた別の話なのに。

 だけど、だいたいの場合、その噂、というのはあくまで噂だし、何なら彼女の評判を落とすためだけにその子がその場で作り出したものだったりもしたし、その子が酷評した恰好は案外よく似合っていたりした。がさつ、と評された女の子は、ただ単に男子と混ざって一緒にドッヂボールをしていただけだったし。


 僕は、そんな、自分だけは清廉潔白の、お淑やかな乙女だとでも言いたげなその女の子達の方が苦手だ。いや、普通に考えていつもいつも誰かを貶めるようなことを言っている女の子なんて、ちっとも魅力的じゃない。


 それよりは、美味しい和菓子のお店を見つけてね、とか、ちょっと見てこのデザイン、私絶対天才だわ、なんて言って楽しそうに笑って、それで、男子高校生達に茶化されながらも、自分の不器用さを隠しもせずに頑張っているマリーさんの方がずっと素敵だと思う。


 お客様用のカップ(ちなみにこれも常連さんからの寄付だ)にココアを山盛り3杯、それから急須にお茶っ葉を入れる。そして、先に急須の方にお湯を入れ、蒸らしている間にココアのカップにも注ぐ。


 マリーさんが真っ白なサテン地を選んだ時、僕はものすごくドキドキした。だってウェディングドレスみたいじゃないか。思わずその生地で彼女をふわりと巻いてそのまま教会に連れて行ってしまおうかと思ったくらいである。マリーさんの方では何か意味があるんだろうか、あの『白』に。


『僕達、本当に和菓子とお茶が似合う年になるまで一緒にいようね』


 自分の言葉を思い出して、かぁっと身体が熱くなる。

 

 いや、あれはその、その時はそこまで考えてなかったというか。

 ああ、でも、もちろん、そういう意味もあったりするというか……。


 そんなことを考えながら、ココアをぐるぐるとかき混ぜる。

 おっと、そろそろお茶も注がないと。



「はい、お待たせ。皆よく頑張ったね」

「うっす、せんせーの教え方がうまいからかなー?」

「あとザキヤマさんもいてくれたし!?」

「姉ちゃんは何の役にも立たなかったけどな」

「ちょ、私は純然たる生徒のつもりで参加してるから!」

「マリーちゃんはこれからよねぇ。これから覚えていけば良いのよ」


 そんなことを言ってやいやいと盛り上がっているが、高校生達の視線はずっと自分達の作ったコサージュに注がれっぱなしだ。それがまた何とも微笑ましい。この子達がここに来てくれるのはもうこれっきりかもしれないけど。


「ねぇ、せんせー、この教室って毎月やってんすか?」

 

 と、中村君が挙手をした。何だか本当に教室みたいだ。


「うん、まだ次回何をやるかは決まってないけどね」

「時間は? 今回みたいな感じ? 午後すか?」

「そうだね、もし今後人数が多くなったり、参加者のレベルに差がありすぎるようなら2回に分けたりなんていうのも考えてはいるんだけど」

「ふうん。そんじゃあ、また今度来ても良いっすか?」

「おい、マジかよ中村。お前が参加すんなら、俺もやるし」

「待て待て安彦あひこ。俺のこと忘れんなって。盛東せいとう高3-Bの絆は永遠にウメツっつったろ」

「ウメツって何だよ! 不滅だろ! 馬鹿かよ!」

「馬鹿だよーん」

「ぎゃはは」


 何とも騒がしい子達だ。でも、すごく嬉しい。


「でも、そんなに若いのに手芸とか、どうなの~?」


 なんて悦に浸っているところに、また佐々木さんだ。

 どうなの、と言われてしまうと、手芸男子である僕としては何ともいたたまれない。まぁ、彼らに比べたら全然おじさんだけど。


「え? 恰好良いじゃん?」


 男子生徒達よりも先にそう返したのはマリーさんだった。本当に、さらりと。何も特別な事じゃない、といった感じで。


「ねぇ、恰好良いよねぇ? ただの布から、色々作れるとかすごいじゃん」


 なんて男子高生達に振る。


「うっす。まぁ、恰好良いかは……」

「ばっか、中村。お前ほんと『馬鹿村』かよ。せんせー見ろって」

「ああ、そっか! すんげぇ恰好良い! 恰好良かった!」

「ほんと馬鹿村は」

「うるせぇ、『あほこ』!」

「あほこ言うな、安彦あひこだ!」

「お前らそれやめろよな」

 

 と、橋本君が呆れたように大きなため息をつく。


「ご、ごめん橋本……」

「ちょっとふざけすぎたわ」

「あのな、俺だけ寂しいんだからな。俺だってそういう……『馬鹿村』とか『あほこ』とか、そういうのやりたいんだぞ。『橋本』なんてどうにもならないんだぞ」

「そっちかよ!」

「橋本お前!」


 どうやらこの3人はいつもこうやってじゃれているらしい。

 そんな姿を見て、マリーさんも山崎さんも楽しそうに笑っている。


 まぁ、佐々木さん達だけは笑ってなかったけど。


 

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