◇4◇ 力作揃い
「ただ待ってるだけというのも何ですし、お茶淹れますね。緑茶か紅茶かコーヒーもしくはココアですけど」
と隣のテーブルに残っている3名の生徒さん(どうやらよく参加している人らしい)に向かってそう言うと、然太郎はバックヤードの方へと歩いて行った。
「せんせー、俺らの分はー?」
と
「そっちは、テーブルが片付いてからね。糸くずが入っちゃったら大変だよ」
なんて、こちらに対してはもう『先生モード』の敬語じゃなくなっている。
「ほらほら、安彦君、ちょっとここ押さえてて。後ろ留めるわよ」
山崎さんは、孫くらい……というのはさすがに言いすぎなんだけど、まぁ年の離れた高校生達が可愛くて仕方がないようで、せっせと彼らの世話を焼いている。ううう、私のお世話もしていただけませんでしょうか。
「よっしゃ、出来た! 出来ました、せんせー!」
そんな中、高校生達の中で最初に声を上げたのは、中村君だ。この子、案外器用なのかも。いや、この中では、この中では、ってレベルかもだけどね?
彼が選んだのはアイボリーのサテン生地。彼だけ唯一「当日母ちゃんが何色着るのかまだわかんねぇ」だったのである。彼以外の2名は、母親の部屋に忍び込んで、クローゼットにかけられているセレモニースーツをチェック出来たようだが。どうやら彼のお母さんは最近になって体型が大きく変わったとかで、近々新調する予定らしい。
「だったら、アイボリーにすると良いよ。だいたいどんな色でも合うから」
そう言って勧めると「さっすがデザイナー!」とよくわからないお褒めの言葉をいただいた。いや、私別にカラーコーディネーターじゃないからね?
そして、私は、というと、真っ白のサテン地である。高校生達が皆サテンを選んだからついついその流れに乗ってしまったけど、こんな真っ白のバラを、一体どこに着けていけば……。
ま、まぁこれはほら練習みたいなものだから? ねぇ。
ちょっとウェディングドレスみたい、なんて思ってしまったのは内緒だ。いや、私だって一応そういうのに憧れってやつもね? あったりするわけだから。
「中村君、ビーズも付けたら?」
「ビーズっすか。俺、そういうのちょっとわかんねぇっす」
「例えばさ、ここにこんな感じで、ちょびちょびって透明なやつとパールのやつをさ、グルーガンで付けてみ。然太郎、グルーガンも用意してるはずだから。もう向こうのテーブル終わったみたいだからさ、ビーズの箱ごとこっち持って来てくれない?」
「うっす」
と、中村君が立ち上がると。
「『然太郎』だって。馴れ馴れしくない?」
「ねぇ。知り合いだか何だか知らないけどさ。何ていうの? 『私は特別』みたいな?」
「ね、そんであの黒髪もね。わざとらしいよね。ほら、外国人には日本人のああいうのってウケが良いらしいじゃん?」
「わかるー。いかにも、だよねぇ」
……あのね、全部聞こえてるからね?
もういちいち突っ込むのも面倒だし、然太郎のお客さんだから我慢するけどさ。私だって結構傷つくんだからね。
「ああいう人ってさ、同年代とか年上からは相手にされないのよ」
「そうそうわかるわかる。だから年下に手を出すのよねぇ」
「だからって高校生はなくない?」
「ありえないよねぇ」
私だって高校生はありえないよ! どんだけ年離れてると思ってんの?
「お話、盛り上がってますね。僕も混ぜてくれますか?」
と、そこへトレイを持った然太郎が戻ってくる。
うわぁ、聞かれてなかったかなぁ。別に私に対してあれこれ言われるのは良いけど、然太郎に聞かれるのはやだなぁ。
「どうぞどうぞ。はぁい、座って座って」
さっきより2トーンくらい明るい声で、女性達がキャッキャと然太郎を迎える。ご丁寧に椅子まで引いて。ちょっと然太郎、あんた仮にもいまこの教室の『先生』なんですけど? まぁ、良いけどね。山崎さんもいるし。ていうか、あとはもう皆ビーズつけ作業だし。
「持って来たっす」
「おお、どうもありがと。よっしゃ、皆ちゃっちゃと飾りつけしてさ、こっちも何か飲も。山崎さんもほんとありがとうございました」
「良いのよ、マリーちゃん」
ぷ、と私の背後で誰かが吹き出した。
然太郎なわけはない。あの中の誰かだ。
「ごめんなさい。マリーって、珍しいな、って」
「いや、本名じゃないですよね? あだ名でしょ、さすがに」
その言葉にくるりと後ろを向くと、髪をゆるふわに巻いた可愛らしい女性が、こちらを見て笑っていた。黒地に白のドット模様のコサージュを、もう胸元に着けている。何それ、めっちゃ可愛いじゃんか。
「ああ、はい。えっと。マリーです。全然、本名ですけど」
はいはい、わかってますよ。顔と合ってないって言うんでしょ? 慣れてます慣れてます。どうぞ笑ってくれ。話のネタでも何でもしてちょうだいな。
「マジかよ、姉ちゃんの『マリー』って本名だったんだ? 俺あだ名かと思ってた」
「俺も俺も。えー、何、漢字で? 『ま り い』って?」
「いや、全然カタカナだけど」
「かっけぇ!」
明らかに小馬鹿にしたように笑っている女性陣とは対照的に、なぜかノリノリで食いついてきたのは高校生達だ。
「な? 何かグローバルな感じするよなぁ。な!」
「わかる!」
「いや、私全然グローバルなことしてないけど」
「え~? これからこれから。だって姉ちゃんデザイナーなんだべ?」
「ううん、まぁ、専門はインテリアだけどね」
「ほら、インテリア! 英語じゃん! グローバル!」
「お前グローバル言いたいだけだろ」
「バレた! ぎゃはは」
一体何が楽しいのか、高校生達はゲラゲラと笑っている。これくらいの子達はきっと笑いの沸点が低いのだろう。箸が転がっても~、なんて言うしね。いや、それはもっと小さい子かな。いずれにしても、ちょっと気が楽になった。同じ笑われるにしても、こっちの方がずっと良い。
「ほらほら、笑ってないで、作業作業。そんなんじゃいつまでもお茶出せないよ、僕」
然太郎も、ちょっとホッとしたような顔で笑っている。気を遣わせちゃったなぁ。
ただ、女性達の射貫くような目がひたすら怖かった。
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