ラビィと新たなおかゆ

※本編時系列の話です。


 最近ではなんとか身体が動くようになってきた、とラビィはそっと自身の拳を掲げた。細っこい腕は、以前まではホネホネの身体であったが、今はホネ、くらいの説明でも許されるんじゃないかしら、とニマッと笑う。後ろで使用人が「ヒャァ」としていた。


 ***


 相変わらずの深夜の厨房にて現在ラビィは調理台に両手をつきながら、じいっと材料を見下ろしている。


「お嬢様どうしました? そろそろいつもの魔女タイムいっちゃいます?」

「そんな習慣を持った覚えはないわ……」


 ぴよぴよ後ろ髪を揺らしつつ真面目な顔をして問いかける使用人にそろそろつっこむこともめんどくさくなってきたこの頃。くわっとラビィは瞳を見開いた。「さぁお目々がぎょろっとなさってきましたよ……!」使用人は距離をあけて実況中継風味にこそこそ声を出しているが、全部聞こえているわよ、とラビィは背中で語っている。


「牛乳!」


 どどん、と眼前にある椀を呼び指しラビィは覚悟の声を叫ぶ。


「そして、ちょっと硬めのパン!」


 ばっ、ばっ、と細い指をつき出し、指し示す。そうした後で、少しはしたなかったかしらと心の中のお嬢様がひょこっと顔を出し、そそくさと口元を引き締めそっと瞳をつむり、ふう、と息を吐き出した。


 がたがた、がたがた……。


「ひいいっ、なぜか今度は手をついた調理台ごと小刻みに震えていらっしゃる……!」「実況中継はもういいわ……」 はあはあと息も荒くなってくる。じっきょうちゅうけいってなんですか! と背後で使用人が叫んでいるが、もちろん無視だ。頭の中で自身の思考を整理した。


「おかゆ……そう、おかゆ。おかゆよ。おかゆはね……お米だけじゃないわ……知っているのよ、知っていた……。パンと! 牛乳! からも! 作ることはできるのよ! でもね……!」


 くわ、と指先とともに天(具体的には天井)を見上げて、ああと呻く。


「牛乳が、怖い……!」

「でもお嬢様の方がずっと怖いので大丈夫だと思いますよ」


 全然でもじゃないわよ、とラビィの心の声も荒れてくる。

 牛乳を飲んだらお腹がぐるぐるするかも、と心配になるのは日本人だったころの彼女の記憶からだろうが、そこはそれ、体質に寄るものだとわかっているし、そもそも火を通すので問題ない気もする。


 が、理解と心情は別だ。弱っちくてへにょへにょボディにインするストマックである。現実を見たくなくて思わず横文字で思考してしまったが、つまりは軟弱なラビィの胃だ。何かがあったときに耐えられる自信など小指の先どころか微粒子ほどにもない。弱った身体を引きずりながら学園に行くことになるかもしれない、と考えると、笑い話にもならない。怖さと戦いながらパン粥を作る勇気などどこにもなかった、が、しかし。


「同じものばかり食べていては進化がないわ。まずは色んなものを口にしなきゃと、もちろん考えてはいるのよ……!」


 なにせラビィには時間がない。ネルラからの逃亡のために、できる限りの体力、知力、財力もろもろ全部がほしい。勢いというものの重要だ。「ダアッ!」と気合のままにお椀に入れた牛乳を鍋にぶち込む。「ダァ、ダアッ!」火にかけ、沸騰しかけたところでちぎったパンの白い部分を投入した。周囲の皮はのちほど使用人のお腹へ入る予定だ。無駄がないということはハッピーだ。ラビィは材料を大事に使いたい系令嬢である。


 鍋にこびりつきそうなパンをヘラでかき混ぜ、「ひひひ……」と出来上がりを想像して微笑んだ。 「とうとう行ってしまわれたのですね……」と全てを見ていた使用人はそっと涙したが、どこに行ったと言いたいのよ、と問い詰めたくてたまらないが、そうこうしている余裕などどこにもない。


「そうだ、忘れてたわ……」


 できればベーコンなど塩っけのあるものも炒めたかったが、まだまだお腹に自信がないラビィである。シンプルイズベストを求めたために入れた材料はパンと牛乳のみだ。それだけだと味気ないので、そっと塩をふった。さらり、さらり。


 こうして出来上がったいつも以上にどろっどろな何かを見て、「うわぁ……」と使用人は何かを言いたげな声を出していた。ラビィはラビィで、皿に載せて、スプーンでそっとすくいながら、心臓がばくばくだった。自分のお腹が爆発したらどうしよう……とどっきんどっきんである。


 部屋に戻って、ゆっくり食べたいところだが、万一何かあったときに人がいた方がいい、という思いからごくりとラビィは唾を呑み込み覚悟を決めた。そして、万一、と思えるほどには少しは信用している使用人に、ちょっとだけのありがたさを持って。

 いざ。


「……んっ、ん、んん~~~!!!」

「い、医者を呼びますか……!?」

「お、おい、おい、おいしい……」


 染み渡る……ともともとうさぎのような赤い目をさらに赤くして涙目になるラビィを目にして、「はぁ……」と使用人は曖昧な返答だが、そんなものどうでもいい。


「五臓六腑に栄養が運ばれていくわ……勇気を出して、本当によかった……!」

「よくわからないですけど、まあ、なんかよかったですねぇ」


 と、幸せの中に部屋に戻って眠りについたわけだが、お腹を壊してしまったらどうしよう、というどきどきはいつまでも続いた。




 翌日になっても特に変化はなく、乗り越えた! とラビィは両手を広げて朝日を浴びた。マリが入室してきた際も、ベッドの上で同じポーズを続けていたため、びくっとされた。元気になっておいしい、パン粥最高、次は砂糖も入れたい……と夢は膨らみ続けていくばかりである。


「でも、やっぱりどきどきし過ぎちゃうかもしれないわ。やっぱりお米は裏切れないわ。しかしたまには裏切るわ!」


 と決意を固めて今日もラビィは元気に、そして貧弱に学園へと向かって行くのだった……。





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強制的に悪役令嬢にされていたのでまずはおかゆを食べようと思います。 雨傘ヒョウゴ @amagasa-hyogo

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