優しい音で塞ぎ続けた耳を解放して、きっと新しい旋律を未来へ紡いでいける

生まれつき左耳の耳朶を持たない少年と、ピアノ講師の母親の物語です。
類稀なほど端麗で繊細な表現に彩られた、耽美でありながら「生」の力強さも感じる、味わい深い作品だと思いました。
まるで、優しいピアノの音色にも似た。

「みんなと違う」ことで、心に深い傷を負った主人公・ラルム。
息子を「みんなと違う」身体に生んでしまったことで自分を責める母親。
互いに思い合うからこそ外に出せずにいた想いが、巡り巡ってある一つの幻想的な「夢」を作り出します。

ラルムの中に培われてきた「母の音」と、目映い舞台で紡がれる「ラルム自身の音」。
物語中盤にあった演奏のシーンは圧巻でした。漲るような生命の力がありました。

夢から醒めた現実で、前に進んでいくための力も、母子それぞれがちゃんと自分で持っていたのだと思います。
動き出した時間と、変化していく心と、新たな出会いと。
彼らが奏でる「生きた旋律」が、未来を切り拓いていくラストシーンに、胸が温かくなりました。

選び抜かれた文章表現も素晴らしいです。
丁寧に、大切に読みたい、素敵な作品でした!

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